第12話 獣人族の長

 あの後、大狼に化けていた少年は、腕と足を縄で縛り、メティスの地下室に閉じ込める事になった。

 ここであれば、また大狼に変身されたとしても、地下なので動けなくなるという算段である。

 殺すべきでは? という意見が無かったわけではない。

 しかし、まだ子供であるということ、そしてオルマルさんの「獣人族なら、心当たりがあるから、少し待って欲しい」という事により、一旦捕縛するという事で決定した。


「義父さん、どこに行ったのでしょうか?」


「心当たりって何なんでしょう……?」


 オルマルさんはそのまま、どこかへ出かけて行ってしまった。

 アティナとメティスは2人とも心配そうな表情でそわそわしていた。




 夜が明けた頃、オルマルさんが戻ってきた。


 彼の後ろには3人の男達がいた。

 2人は背の高い若い男。そして、前を歩いていたのは背の低い中年の男だった。

 全員が獣人族だった。

 彼らの頭には少年と同じ、犬のような耳があった。そして、同じくやせ細っていた。


「大変申し訳ない。この度は我々の同族が迷惑をかけた」


 一番前の男が村に入るなり、膝を付き、深々と頭を下げた。続いて、他の2人も同じように頭を下げる。


「そ、村長。この方達は?」


「獣人族だ。若い者達は知らないだろうが、今から15年ほど前までは、この村は彼らと交流があったんだ」


「こ、交流!? 獣人族とですか!?」


「獣人族の長、ロウボだ。我々はフォミナの森の奥に住んでいる」


 ロウボと名乗った男は立ち上がると、前髪をかき分けた。

 彼の額には大きな古傷の痕があった。


「私は昔、テュース殿のハイポーションによって、命を救われた」


「テュースって……お母さんの……」


 アティナは驚いたように、口を抑えた。

 ロウボはアティナのほうをちらりと見て、「面影があるな……」と優しく微笑んだ。


「私がまだ若いころだ。狩りをしている最中に、誤って崖から落ちて、瀕死の重傷を負った。それをたまたま薬草を取りに来ていたテュース殿が助けてくれたのだ」


「その場には俺もいた。ケアノスと3人で薬草採取に出ていた帰りに、ロウボさんに会ったんだ」


 オルマルさんはロウボの肩に手を置きながら、村人達に話しかける。


「彼の傷が治った後、俺達はしばらく交流を続けた。我々は彼らにポーションや穀物を。その対価に彼らが獲った獣の肉や毛皮を受け取っていたんだ」


「テュース殿が亡くなるまで交流は続いていたが、ドーラがこの一帯の領主になった事で、我々は森の最奥まで隠れなければならなくなった。それ以降、我々はこの村との交流も無くなった」


 ドーラ。異種族の死体を好む死霊使い。そして、アティナ達の両親を殺した男か。

 獣人達の村にも奴が関わっていたのか。


「村長。連れてきました」


 縄で手を縛られた状態の少年が、村人によって連れられてきた。

 少年はロウボさん達を見ると、バツの悪そうな顔で、視線をそらした。


「フエル。やはりお前だったか」


 彼を見て、ロウボは落胆した表情を浮かべた。


「ロウボさん。この子は大きな狼に変身しておりました。獣人族にあんな能力があるのは初耳です。貴方達も同じ能力を持っているのでしょうか?」


「いや、普通の獣人は出来ん。この子は特別でな。獣の血が特に濃く、満月の夜のみ変身魔法が使えるのだ」


 ロウボはフエルと呼ばれた少年の元へ向かうと、彼の頭を掴み、怒鳴りつけた。


「馬鹿者が! 他の村に略奪に行くなぞしおって。獣族の誇りはどこへやった!」


「………………。誇りなんか知るかよ。誇りで腹が膨れるのかよ!」


 フエルは反抗的な表情で睨み返す。


「母さんには食べ物が必要なんだよ! じゃなきゃ……母さんは……」


「そんな事をして食料を得たとして、エルザが喜ぶと思っておるのか?」


「喜ばねぇよ! でも……それでも……オレは母さんに生きて欲しい! 母さんだけじゃない……このままじゃ……お腹の中にいる弟や妹も……」


 涙を流しながら、フエルは項垂れた。


「ロウボさん。貴方の所も食料が……」

 

「あぁ。森の奥地のみでは獲物も木の実もロクに取れん。最近は川魚や木の実を食べていたのじゃが、出産を控えたこの子の親には肉が必要でな……」


「それでこの村を……」


 話を聞いていた村人達、誰もが言葉を発せなかった。

 獣族の者達も、この村と同じくひもじかったのだ。

 飢える辛さ。それを理解していたからこそ、恨みの言葉を1つも発することは出来なかった。


「オルマル殿。今回の件での怪我人は?」


「……骨を折った者が3名。打撲や擦り傷を負った者が11名だ」


「そうか……。わが村には賠償をするような貯えも無い。本来なら、こやつに責任を取らせたいところじゃが、まだ子供じゃ。お願いを出来る立場では無いのは重々承知じゃが……」


 ロウボは、腰に付けていた短剣を抜き、それを自分の首に突き付けた。


「この老いぼれの命で償う形で、怒りを収めてくれんか?」


「なっ!? ふざけんなクソジジイ! 子供扱いするんじゃねぇ!」


 自害しようとするロウボを見て、フエルは慌てて叫んだ。


「やったのはオレだ! 殺すならオレを殺せ! ジジイは関係ねぇ!」

 

 暴れるフエルと自害しようとするロウボ。オルマルさんは彼らを交互に見た後、困った顔でため息を吐いた。


「…………少し話し合いの時間をくれないか? 俺の一存で決めて良い事ではないからな」


「承知した。それまでの間、我々はここで待たせてもらおう」


「むぐっ!」


 ロウボに付き添っていた獣族の男達2人が、暴れるフエルを抑え込み、口を抑えた。


「カール、バルドゥル、ダミアン、エルマー。会堂に集まってくれ」


 オルマルさんは村の重役達に声をかける。

 彼らで話し合いをするつもりなのだろう。


 このあとは僕の出る幕ではないな。そう思った僕は、家に戻ろうとしたのだが


「シノノメさん。アンタも会議に出てくれないか?」


「へ?」


 オルマルさんの言葉に、僕は素っ頓狂な声をあげたのだった。

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