第11話 決着

※この章はオルマル視点になっております。ご注意ください。




「喰らえ化け物!」


 トーマが大狼へと石斧で殴りかかる。しかし、大狼はそれをひらりと躱すと、お返しと言わんばかりに尻尾で彼を吹き飛ばした。


「ぐぁ!」


 石斧とトーマの体が地面を転がった。


「一か所に固まるんじゃない! 囲むように動け!」


 おかしい。村人達に指示を出しながら、俺は大狼の動きに違和感を感じていた。

 何故、とどめを刺さない?

 大狼とこちらの戦力差は明らかだ。こちらの攻撃は全部いなされ、相手の攻撃はもろに喰らっている。


 なのに、致命傷を負った者が1人もいないのだ。

 

 爪や牙を使えば、致命傷を負わせられるはずだ。

 しかし、大狼は突進や尻尾での薙ぎ払いをするばかり。

 いたぶって楽しんでいるわけでもない。どちらかというと、俺達を傷つけるのをためらっているようだった。


『力の差は分かっただろう。最後の忠告だ。食料を置いて、村を出ていけ』


「くそっ……」


 村人達も心が折れかけている。いつ大狼の手加減が終わるか分からない。

 勝ち目は限りなくゼロに近い。

 村長としての判断はどうすべきか。

 汗を拭いながら、最善手を必死に考える。


 その時だった。



「根源たる魔力の聖霊よ。原初の海、虚無の森、母なる大地……」


 呪文の詠唱をする女の声が聞こえた。

 メティスが家から出てきて、呪文を唱えていたのだ。


 あの呪文はたしか、ディスペル《魔法解除》だ。

 だがしかし、何故ディスペルを? 相手は魔物だぞ。


『!』


 しかし、その様子を見た大狼の表情が一変した。明らかな焦った表情で、メティスのほうを睨みつける。


『させるか!』


 大狼はメティスに向かって突進を始めた。。まずい! 彼女を守れる者が誰もいない!

 もし、ディスペル《魔法解除》が効くとしても、詠唱破棄の出来ない彼女では到底発動が間に合わない。

 何故、家から出た!? 何故、シノノメさんと逃げなかった!?


「メティスー!!」


 腹の底から、彼女の、娘の名前を呼んだ、その時だった。


「うおおおおおおおおおおお!」


 シノノメさんが、家の窓から飛び出してきた。

 手には薪割りに使う為の斧を持っている。

 彼は横から、大狼へと突進し、斧を振り被った。


『どけ!』


 しかし、シノノメさんの攻撃は当たる事は無かった。

 薪割りもロクにしたことが無いのだろう。筋力が足らないせいか、へっぴり腰のノロノロした攻撃だった。

 彼が斧を振るよりも早く、大狼は鼻先でシノノメさんの胴を薙ぎ払った。

 

 ぶちゃり。


 シノノメさんの体が宙を舞った。しかし、その際、何かが潰れる音と、黒い液体がまき散らされた。

 血!? いや、違う。なんだ!? あの黒茶色の液体は?


『ぐええええええええええ!?』


 突然、大狼が悲鳴をあげながら、悶絶しはじめた。

 奴の顔には、シノノメさんと衝突した際に巻き散らかされた黒い液体がびっちゃりとついていた。


「げほっ……はは……うまくいった……」


 シノノメさんがむくりと起き上がる。


「シノノメさん! あんた、何を……くさっ!?」


 シノノメさんのほうに近づくと、とんでもない腐臭が鼻を突き刺した。

 魚の腐ったような臭いを何倍にも濃縮したような、形容しがたい酷い臭いだった。

 シノノメさんは服の中に手を突っ込むと、黒い液体が入っていたであろう透明の袋をずるりと取り出した。


「な、なんなんだソレは?」


「くさや液です。これをビニール袋に入れて、腹の中に仕込んでいたんです。斧を振り被って、胴をがら空きにすれば、そこを必ず攻撃すると思ってましたから」


「く、くさや?」


 聞いたことのない言葉に俺は困惑した。だが、その液体は大狼には効果が抜群だったようだ。


『おご……ガアア……』


 大狼は涎と鼻水をまき散らしながら、白目を剥き、もがき苦しんでいた。人間でもえずきそうになるくらいの酷い臭いだ。奴はそれを顔面に受けたのだ。


「姉さん! お願い!」


 アティナがそう叫ぶのと同時に、メティスの詠唱が完了した。


「その壮麗たる抱擁の力を以て、その災いを打ち払わん。ディスペル《魔法解除》!」


 彼女の右手から、白銀の光球が発射され、大狼へと命中した。


『あ……あぁ……』


 すると、大狼の体がみるみる縮んでいった。3メートルはあった巨体は、半分以下へと縮んでいき、そして……


「これは……」


 皆、茫然と立ち尽くした。



 結論から言うと、大狼の正体は、獣人族の男だった。

 白銀の髪に、ふさふさの尻尾。ガリガリで貧相な体。


 しかし、驚いたのはその幼さだった。

「まだ子供じゃないか……」


 彼はどう見ても、11、2歳の少年だったのだ。

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