第5話 転生者
「ただ、1つ心当たりがあります」
メティスは本棚から本を1冊取り出すと、それを僕達に見せるように開いた。
文字は読めなかったが所々絵のようなものが描かれている。伝記のようなもののようだった。
「これです」
メティスはページをめくっていた手を止める。そして、本に大きく描かれていた紋章を指さした。
「確かに……似てるね……」
ただ少し違う。
僕のはフォークとナイフが交差しているような形状だが、本に描かれていたのは二本の刀が交差している紋章だった。
「これは魔神フェルマを倒した者が持っていたとされる紋章です」
「魔神?」
「えっと、大昔にいた、とっても悪い人です」
アティナが説明してくれた。
なるほど。詳細は全然わからないけど、分かりやすい。
「そのフェルマを倒した者が、似たような紋章を持っていたそうです。彼も魔力は無かったのに、様々な武器を作り出したと言われています。刀、銃、槍、斧。彼の作り出す武器はとても質が良く、中々壊れることはなかったと」
武器を作り出した……。物は違うが、僕と同じだ。
そして、次にメティスが言った言葉に、僕は驚かされることになった。
「名をソウザエモン」
「!?」
明らかに日本人の名前だ。それも江戸時代以前の。
「知っている方ですか?」
驚いた僕の反応が気になったのか、メティスはそう訊ねてきた。
「僕達の世界の名前なんだ。それもかなり昔の」
「昔……。そうかもしれません。彼がフェルマを倒したのは、今から200年以上前の事ですから」
「ねぇ、その勇者の事についてもっと詳しく教えてくれないかな?」
「はい。ですが、彼には謎が多いんです。出身や身分は不明。アルネシアという小さな村に住んでおり、能力で作った武器を売って暮らしていたそうです。彼の作った剣は名剣と言われ、高値で売れたと聞きます」
「へぇ。鍛冶師みたいな事をして稼いでいたんだね」
「はい。ただ、本人は鍛冶師と呼ばれるのは嫌がり『拙者はブシだ。鍛冶師ではない』とよく言っていたと」
「…………………………」
武士……。間違いない。彼は江戸時代の人間だ。200年前というのも時代的に一致している。
「彼はエルフの女性と結婚し、慎ましく暮らしていたそうですが、フェルマ討伐戦の際は最前線で戦い、彼女と相打ちとなり死亡したそうです」
「そうか……。死んでいるのか……」
いや、そもそも200年も前の人間なら、生きていたとしても寿命で死んでいるか。
だが、これは大きな情報だ。
転移者が僕以外にもいた。そして、彼も僕と同じような能力を持っていた。
彼は武器を生み出すのに対し、僕は食材を生み出す。
何者かが与えた能力だ。神か、それともこの世界の誰かなのか。
くぅ。
僕が考え込んでいると、またお腹のなる音がした。
アティナかと思ったが、彼女ではなかった。
代わりにその隣、メティスが顔を真っ赤にして申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめんなさい……。私です……」
メティスはおずおずと手をあげた。
「そ、そうだよね! 姉さん、まだ晩御飯食べてないもんね!」
「うぅ……。見ないで……」
アティナがフォローしようとしたのが逆効果だったのか、メティスはうつ向いて両手で顔を覆ってしまった。
「…………」
僕は左手の紋章をじっと見つめた。
ソウザエモンは武士だった。そして、巨悪を倒して死んだ。
もしもだ。彼がこの世界に来た理由があるのだとするなら、僕にも何か理由があるはずだ。
自分は料理人だ。そして、お腹を空かしている人がそこにいるなら、やることは一つだろう。
「少し待ってて。命を助けてくれたお礼をしたいんだ」
僕は腕まくりをし、ニッと笑った。
「2人とも。僕の世界の料理を御馳走するよ」
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