第6話 はじめての料理
「やった! 成功だ!」
膨らんだ鞄を開き、中身を確認した僕はほっと胸を撫でおろした。
コックスーツ、包丁、まな板など、調理器具を取り寄せることに成功したのだ。
汝……食ト其ニ通ズル物ノ創造ヲ許可スル。
それがこの紋章に書かれている言葉らしい。
なら、調理器具も召喚対象に含まれるんじゃないかと考えた。
「やっぱりこれがしっくりくるな」
台所を借りると、僕はコックスーツを身にまとった。
「それがシノノメさんの世界の服なのですね」
「うん。僕の仕事着だよ」
アティナとメティスは興味深そうな表情で僕を観察していた。
そういえば、メティスも地下室の外に出ている。
事情は知らないが、地下にいないといけないという訳では無いらしい。
「姉さんの事は村の外の人には、言わないでください」
アティナがそう言ったのには何か理由があるのだろう。後で聞いてみよう。
「さて、何を作ろうかな……」
条件は30分以内で作れるもの。
村人達にも振舞いたいので、10人前以上は用意したい。
皆、食料が少なくてお腹を空かしていた。慢性的な飢餓状態ということは、消化器の状態もあまり良くないだろう。
ならば消化が良く、栄養が取れるものだ。
「よし。あれにするか」
僕は中華鍋にオリーブオイルを引くと、生米をベーコン、エリンギ、刻みニンニクを投入する。
それらに火が通ったら、水とコンソメを投入し、弱火で15分加熱する。
火加減の調節が難しいので、底は焦げるだろうが、おこげも一種のスパイスだ。
米が芯まで通ったのを確認し、生クリームと粉チーズ、卵を投入し、混ぜる。そして余熱で卵が半熟になったら、パセリと黑胡椒を散らす。
「完成だ」
磁器製の白い皿によそうと、クリームと玉ねぎ、コンソメの良い香りがあたりに漂った。
「こ、これは何という料理なんですか?」
「ベーコンとキノコのクリームリゾットだよ」
これは僕がよくまかないで作る料理である。リゾットと言っているが、作り方はパエリアやカルボ飯を参考にしている。
テーブルに座った彼女達の前に置いてやると、2人とも目を輝かせて前のめりになった。餌を待つ時の犬みたいだ。
「す、すごい……」
「に、においだけで美味しいものだとわかります」
「どうぞ。召し上がれ」
彼女達が木匙で掬うと、溶けたチーズがとろりと糸を引いた。
ふーふーと息を吹きかけると、それを口に入れた。
「っーーーーーー!?」
彼女達の細い体がピクンと跳ねた。
小さな口で何度も咀嚼し、ゆっくりと飲み込んだ。
「シノノメさん! これ! 凄く美味しいです!」
「こんなの食べたことがありません……。噛めば噛むほど酸味と甘味が口の中に広がって……」
「なんて言えばいいんでしょうか……。とにかく美味しいです! いつものご飯の何倍……いえ、何十倍も!」
彼女達は必死に美味しさを表現しようとするが、言葉に困っているようだった。
当たり前だ。
この村には調味料なんて塩くらいしか無かったのだろう。
クリーミーとか、濃厚とか、そういう言葉と無縁の食べ物を今まで食べてきたんだ。
「君達の反応を見れば分かるよ。ご飯は逃げないからゆっくり噛んで食べてね」
「はい!」
ゆっくり食べてと言ったのだが、彼女達はものすごい勢いで匙を動かし始めた。
おしとやかな彼女達がここまで豹変するとは……。
我ながらとんでもないものを食べさせてしまったかもしれない。
「…………」
彼女達が美味しそうにご飯を食べるのを見て、なんだか懐かしい気持ちになった。
レストランの厨房に立っていると、作った料理を食べる客の様子を見る事は出来ない。
だから、自分の料理を美味しそうに食べて貰うのを見るのは久々だった。
そういえば、僕が料理人になりたいと思ったのは、子供の頃、自分が作った料理を師匠が美味そうに食べてくれたからだったな……。
童心に返った気持ちになり、僕のほうこそ彼女達にお礼を言いたくなった。
「おいおい。何やってんだ? 美味そうな匂いが外まで来てんぞ」
入り口のドアが音を立てた。
オルマルさんが帰ってきた。オルマルさんは台所に入ってくると、ぎょっとした表情をした。
「め、メティス。お前、なんで台所に……」
「お義父さん! この料理、凄いですよ!」
「お義父さんも食べてみてください!」
「な、なんだ!? どうした。落ち着けお前ら」
匙を持って、ぐいぐい来る2人に驚いたのか、オルマルさんはたじたじだった。
「なるほど……。食材を作り出す力か……」
僕はオルマルさんに能力のことと、それを調べるためにメティスの知識を借りたことを伝えた。
オルマルさんは余った食材の山を見てなにやら考え込んでいた。
「なぁ、アンタ、その力、どれくらいまで使えるんだ?」
「さぁ。試したことがないのでどれくらいかは。ただ、限界はある気がします」
食材を出すごとに、少しずつ体力が削られる気がするのだ。実際、今は徹夜した後のような倦怠感が体を襲っている。
「そうか……なら……。いや、それはまた後の機会に話そう」
オルマルさんは食卓に座ると、匙を手に取りクリームリゾットを口に入れた。
「……………………」
オルマルさんは表情を変えず、2口目を口にする。
「あれ……」
「父さんの口に合わなかったのでしょうか」
反応が薄いオルマルさんの反応を見て、アティナ達は不安そうな表情を浮かべた。
だけど、僕は理解していた。
美味しいものを食べた時の反応は大きく分けて二つだ。
こんな美味しいもの食べたことが無いと騒ぐ者。
そしてもう1つは無言で2口目を食べるものだ。
「……………………」
半分ほど食べたところで、オルマルさんは手を止めた。
「…………10年以上前に、一度だけ王都に行ったことがある。貯めていた貯金をはたいて、高級店の料理を食べたんだ。その味が忘れられなくて、いつかもう一度行きたいと思っていた」
オルマルさんは感極まったような声で呟いた。
「だけど、その料理より美味ぇ……。なんなんだこりゃ……」
ここまで味に差が出るのは、料理の腕だけではない。
僕達の世界と最も違う所は、《素材の質》だ。
米は甘味が強いものに品種改良され、精米されている。
この米をベースに、チーズの酸味と生クリームのまろやかさ、そしてコンソメによる旨味、最後に黒胡椒がアクセントとなっている。
オルマルさんが食べ終わるまでそう長い時間はかからなかった。
「おい。勝手に入ったら怒られるぞ」
「だってよ……。気になるだろ。旨そうな匂いがするんだからよ」
入り口のほうを見ると、数人の村人達がこちらを覗き込んでいた。
匂いの強い食べ物だ。近くを通った人達が気づいたのだろう。
「彼らにも振舞っていいですか?」
「あぁ。全員腹減らしてる。喰わしてやってくれないか」
オルマルさんの許可を取ったので、村人達にもリゾットを振舞った。
はじめは見たことのない料理に少し警戒の色を見せていた彼らだったが、一人が食べ始めると、他の者達も次々とガツガツと食べ始めた。
「う、うめぇ! うますぎる!」
「お、おい! おかわりは! おかわりはあるのか!?」
「今作ってますのでもう少しお待ちを」
「俺、女房と子供達を連れてくる!」
「くそ! なんで晩飯を喰っちまったんだ! もっと喰いてぇのに入らねぇよ……」
それから僕は、村人全員が腹いっぱいになるまで、料理を作り続けた。
彼らが満腹になり、恍惚の表情を浮かべて家に帰っていくのを見て、僕はやっと恩返しが出来たと嬉しい気持ちになったのだった。
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