第4話 アティナとメティス


「よいしょっ……と」


 アティナは台所の端にある壺をどかす。

 壺の下には隠し扉のようなものがあった。


「ついてきてください」


 そう言って彼女はランプを手に、隠し扉の中に入っていった。

 中を覗き込むと、人ひとりが通り抜けられる程度の縦穴に、梯子がかけられていた。


「こっちです」


 梯子を下りると、更に扉があった。


「地下室……?」


「はい。ここに姉さんがいます」


 まるで幽閉しているみたいだ。そう思ったが、口には出さなかった。

 もしかして、その姉というのは危険な存在なのだろうか?

 しかし、その予想は見事に外れる事となった。


「姉さん。起きてる?」


「起きてますよー」


 アティナがノックをし、話しかけると、ドアの向こうからゆったりとした優しい声が返ってきた。


 ドアを開くと、部屋の奥から花のような香りが流れてくる。

 地下室は四畳半くらいの広さだった。

 電球のような光を放つ球体が幾つか浮遊しており、それのおかげでやや薄暗いものの辺りを見渡すことが出来る。

 原理は分からないが、この世界特有のランプのようなものだろうか?

 部屋の中にあるのは机と椅子とベッドが置かれており、彼女はそこに腰かけて本を読んでいた。


「あらあら。お客さん?」


「……………………」


 そのあまりの美しさに言葉を失った。

 白銀の髪に、パールのような白い肌。まつ毛が長く、瞳の色は殆ど分からない。一目でエルフと分かる耳の長さ。

 小柄で細身。雪細工のような触れると壊れてしまいそうな儚さ。


「姉さん。この方はシノノメさんと言って、危ない人ではないので安心してください」


「えぇ。アティナ。貴方が連れてきた人ですもの。心配はしてないわ」


 彼女は僕のほうを見ると、にこりと微笑んだ。


「はじめまして、姉のメティスです」


「ど、どうも。東雲です」


 と、ここで僕はある違和感に気づいた。

 彼女はどう見ても12、3歳程度にしか見えない。背が低いだけではなく全体的に幼いのだ。

 姉? 妹ではなく?


「えっと、本当に姉さんなんです」


 僕が2人を交互に見ていると、アティナは苦笑いを浮かべながら言った。


「ふふ。こう見えて一応、20歳なんですよ」


「に、20!?」


「ハーフエルフは、エルフの血が薄い、濃いがあるんですよ」


 アティナはメティスと肩を並べると、髪をかき上げ、小さく尖った耳を見せた。


「私はエルフの血が薄くて、耳も少し尖っているだけです。ですが、姉さんはエルフの血が濃い。だから、耳が長く、体の成長も遅いんです」


 そうか。エルフは長寿だと聞く。なら、成長速度が遅いのも納得だ。

 人間と同じで、父親似か母親似か、どちらの血が濃いかで体質が決まっているのだ。


「それで私に何か用があったのでは?」


「えっと……説明するね」


 アティナは僕の事を説明してくれた。

 村の外で血まみれで倒れていたこと。

 別の世界から来たこと。

 僕の治療をするためにハイポーションを使った事。

 そして、僕の手に突然紋章が現れ、食べ物を鞄から出すことが出来るようになった事。


「ごめんなさい……。姉さんに相談せず、ハイポーションを使って……お母さんの形見だったのに……」


「いえ、よくやったわ」


 メティスはアティナを抱きしめると、優しく彼女の耳元でささやいた。


「『困っている人を助けなさい』母さん達がずっと言っていた事よ。私も同じ状況なら、貴方と同じことをしたわ」


「姉さん……」


 アティナは涙声を出しながら、体を震わせた。


「本当にありがとう……。そして、君達の形見を使ってしまって本当にごめん」


 僕は彼女たちに深々と頭を下げて、改めてお礼の言葉を言った。


「気にしないでください。貴方が助かって本当に良かったです」


 メティスはそう言って小さく微笑んだ。

 あぁ。もし、女神の絵を描けと言われたら、僕はきっと彼女達を描くだろう。


「それで手の紋章の事でしたね。シノノメさん。私に手を見せてください」


 彼女は僕の手に顔を近づけて、腕の紋章をしばらく眺めたのち


「汝……食ト其ニ通ズル物ノ創造ヲ許可スル……と書かれています」


 と言った。


「……………………」


 食とそれに通ずるもの?

 言葉の通りに訳すなら、


食べ物とそれに関係するものを創造することが可能


 という意味になる。


「ありがとう。アティナが言ってたんだけど、僕は召喚術士ってのになったって事でいいのかな?」


「いえ、召喚術士とは少し違うと思います。召喚術師は召喚陣を描き、そこから生き物を召喚します。ですが、食べ物は魔法陣の描かれていない鞄から出現したんですよね?」


「うん」


「それに、シノノメさんには魔力がありません。召喚術は魔力無しでは発動出来ませんから」


 じゃあ、いったい何なんだコレ。

 急に怖くなってきた。

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