第3話 食材スキル

「ん?」


 そういえば、机の上に料理の入った皿がもう1つある。オルマルさん、アティナ、そして自分。3つでいいはずなのに。


「ねぇ、この家って他にも住人がいるの?」


「え、い、いませんよ」


 アティナはぶんぶんと首を横に振った。

 そうか。なら、明日の分だったりするのだろうか?


「じゃあ食器を洗ってきますね」


「僕がやるよ」


「いえ、お気になさらないでください。傷が治ったばかりなので、安静にしないと……」


 彼女は食器を重ねると、それを持って立ち上がった。


「あっ」


 歩き出そうとした時、彼女の体が前のめりになった。 

 テーブルの角に足を引っかけたようだ。


「あぶない!」


 僕は咄嗟に彼女の体を受け止めた。

 右手で彼女の肩を、左手で彼女の頭を支える。


「あ、ありがとうございます。つまずいちゃいました……」


「いや、無事でよかった………………ん?」


 ふにっと左手に何か柔らかい突起のようなものがあたった。

 彼女の耳だ。

 だけど、形がおかしい。

 僕の手が支えているのは彼女の側頭部だ。耳はもっと下のはず……。


「っ!」


 アティナは慌てて僕から離れる。

 その際、髪が乱れ、彼女の耳があらわになった。


「その耳……」


 彼女の耳は、僕達とは違った。

 尖っていたのだ。まるでエルフのように。


「あ………………」


 アティナは咄嗟に髪の毛で耳を隠そうとする。

 しかし、僕の反応を見て、ごまかせないと観念したのか、絞り出すような小さな声で


「隠していてすみません……。私……ハーフエルフなんです……」


 と言った。


 凄い。この世界、エルフがいるんだ。

 異世界ものの漫画や小説で見たことはあるが、実際に会ってみると耳を見るまでは普通の白人の少女のようにしか見えなかった。


「…………」


 彼女は怯えているようだった。

 この世界では、ハーフエルフだとバレるとまずい事があるのかもしれない。彼女のあまりの怯えように、理由は聞かないほうがいいと思った僕は


「えっとね。僕達の世界にはエルフはいないんだ」


 と話をそらすことにした。


「え」


 アティナは驚いた表情で顔をあげた。


「僕達の世界にいるのは人間と動物だけ。人種って言って、肌の色や骨格が違ったりすることはあるけど、基本的に同じ人間って扱いになってる」


「で、では、ドワーフや獣人もいないんですか?」


「うん。いないよ」


「じゃあ、ドラゴンやワイバーンなどの魔物は……」


「いない……って、こっちの世界、ドラゴンいるの!?」


「いますよ。ただ、この村の近くには生息していないですけど」


 洗い物を終えた後、僕とアティナは情報交換をすることにした。


 僕の世界にあって、世界にないもの。僕の世界にはなくて、この世界にしかないもの。

 その会話の中で、アティナは僕の世界の事に興味を持ったようだった。


 僕は彼女に色々と話した。

 電気やインターネットなど、この世界に存在しない技術。

 中でも一番興味を示したのは、料理の話だった。


「わぁ……わぁぁぁぁ……」


 特に彼女は甘いものが好きなようで、デザートで良く作る洋菓子の説明をした際は、おもちゃの山を前にした子供のような無邪気な顔をしていた。

 そして


 くぅ。

 と、彼女のおなかから可愛らしい音が鳴った。


「っ!」


 ワンテンポ置いて、それが自分の出した音だと気づいた彼女は、顔を真っ赤にして


「あ、ご、ごめんなさい。お見苦しい姿を……」


 と頭を下げた。


「いや、そうだよね……。足りないよね……さっきのだけじゃ」


 まだ成長期の彼女にとって、さっきの食事は少なすぎる。

 やっぱり僕の分をあげるんだったと後悔した。


「私もいつか、ケーキやパフェというものを食べてみたいです」


「そうだね。材料があれば作ることは出来るだろうけど……」


 食糧難のこの村に、砂糖や牛乳、バターなどはないだろう。きっと砂糖は高級品だ。

 いや、それ以前に薄力粉を手に入れる事さえ難しい。


「もどかしいな……」


 もし材料があったら、彼女に食べさせてあげられるのに。

 もどかしい思いを噛み締めながら、そう思った時だった。


 ブゥン。モコモコ。


「!?」


 突然、僕のリュックが虹色に輝きだし、膨らみ始めた。


「わっ!? な、何か入ってますよ! シノノメさん!」


「え!? ど、動物!? ネズミとか!? この世界のネズミ、発光したりする!?」


「しないです!」


 リュックには財布やメモ帳、充電器くらいしか入れていないはず……


 少し経つと、リュックの光はだんだん弱くなり、消えた。しかし、膨らんだままだ。


「なにこれ怖い。ば、爆発しないよね?」


「いや、シノノメさんの持ち物ですよね!? 怖いのはこっちですよ!」


 僕達は不安げな顔でお互いの顔を見合わせた。


「か、確認してみる。離れてて」


「は、はい。気を付けてくださいね」


 へっぴり腰で僕は、恐る恐る、リュックを開けてみた。


「これは……」


 リュックの中に袋詰めされた薄力粉が入っていた。


「なんで薄力粉が……」


 どういうことだ? 

 しかも、この薄力粉は僕が良く料理で利用するメーカーのものだ。

 つまり、この世界にあるものではない。


「もしかして……」


 僕は薄力粉を全部鞄から取り出すと、目を閉じ念じた。

 そして、さっきと同じように、●●があったらなぁという願いを込めてみた。


 リンゴがあったらなぁ。


 ブゥン。モコモコ。


「!」


 またリュックが光り、膨らみ始めた。中を見ると赤く熟れたリンゴがリュック一杯に入っていた。

 間違いない。このリュック、欲しいと思ったものを取り寄せられる。


「あ、あの……これもシノノメさんの世界では普通なんですか?」


「いや、ないない! 僕もこんなこと初めてで……」


「そうですよね。今のは召喚術の光です……だけど、召喚陣は無い……どうして……」


 アティナはぶつぶつと呟きながら、リュックを隅々まで確認する。そして、確認を終えると今度は僕の周りをぐるぐる回り始めた。


「あった! これです!」


「?」


 彼女は僕の右手を握ると、手の甲を指さした。


「なんだこれ……」


 僕の手の甲に黒い紋章のようなものが刻まれていたのだ。

 はじめは十字架かと思ったのだが、よく見ると、ナイフとフォークを交差させたようにも見える。その周りを象形文字のようなものが円状に包んでいる。


「召喚陣ですよ! これで食べ物を召喚しているんです!」

 

 アティナは興奮した顔で話し続ける。


「凄いです! シノノメさんは召喚術士だったのですね! しかもこれだけの量……。王国研究所にだって入れますよ!」


「し、召喚術士? 研究所? いや、僕はただの料理人で……」


 こんな能力、あっちの世界では無かった。

 つまり、この世界に来て得た能力だ。


 召喚陣をこすってみるが取れない。油性ペンで描いたように、いやタトゥーを入れたかのように皮膚に刻まれている。


「ねぇ、これなんて書かれているか読める?」


 召喚陣?の周りに書かれた象形文字。恐らくこの世界の文字なのだろう。


「いえ、古代語のようですが、私は古代語は読めなくて……」


 アティナはふるふると首を横に振った。


「…………。だけど、姉さんなら読めるかも……」


「姉さん?」


「…………………………」


 アティナは考え込む。十数秒の沈黙ののち、なにかを決心したような表情で僕を見た。


「あの……。シノノメさん。貴方を信じて頼みごとがあります」


「頼み事?」


「その古代文字ですが、私の姉さんなら読むことが出来るかもしれません」


「本当!?」


「はい。ただ、姉さんの事は絶対に、絶対にこの村以外では話さないでください」

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