第2話 クレスタ村の食事情

 異世界に来てしまった。

 そう結論付けるのに、1時間を要した。


「二ホン……トウキョウ……ジャパン……?」


 まず、国について聞いてみたが、2人とも首を傾げるばかりだった。

 僕が知る限り、ありとあらゆる国や地域の名前を出したが、何一つピンと来るものがないのか、ずっと首を横に振っていた。


 次に考えたのがタイムスリップである。

 歩けるようになった僕は、村を案内して貰ったのだが、驚きの連続だった。

 風が吹いただけで壊れそうな木の小屋、不衛生なトイレ、電気やガスなどの設備は欠片も無い。

 僕のいた2020年ではありえない生活環境で彼らは過ごしていたのだ。


 しかし、タイムスリップという線もすぐに否定されることとなった。

 理由は、僕の怪我を治したハイポーションという液体。

 聞けば飲むだけで傷が治るという。そんなもの、僕達の世界にはどこにもなかった。


「つまり何か? アンタは別の世界の人間だと言うのか?」


 オルマルさんは信じられないと言った表情でため息を吐いた。


「信じられない気持ちも分かります。僕も混乱していて……」


「何か証明できるものは持っているか? 無いなら俺は信じない」


 鋭い目つきでオルマルさんは僕をじっと見続ける。

 警戒しているのだろう。彼はひと時も僕から目を離そうとしなかった。


「義父さん。そんな言い方……」


 アティナがオルマルさんの服を引っ張った。しかし、オルマルさんは首を横に振った。


「俺は村長として皆を守る義務がある。疑わしい者は村から追い出さねばならない」


 オルマルさんのいう事は最もだ。

 見ず知らずの怪しい自分をこうして怪我の治療をしてくれただけでも感謝すべきだろう。


 彼の言う通り、村を出るべきかもしれない。


「………………」

 

 でもなぁ……

 僕はまだ何も彼らにお礼を出来ていない。

 それに、彼女が使ったハイポーションという液体。あれは恐らくとてつもなく価値のあるものではないだろうか?

 なのに何も返さず、さようならというのは僕のポリシーに反している。


「そうだ!」


 僕はポケットに手を入れ、スマホを取りだした。


「証拠と言えるか分からないですけど……。これを見てください」


 よかった。少しヒビは入っているが、壊れていない。スマホのロック画面が表示されるのを見て、ほっと息を吐き出した。


「なんだこれは?」


「僕達の世界の……なんて言えばいいかな……」


 説明しようと思って言葉に詰まった。恐らくこの世界には電話は無いし、ネットもなさそうである。

 しばらく考えた結果、僕はスマホのカメラを起動すると、二人の写真を撮った。


 カシャリ。


「お、おい。何をしている? 音がしたぞ」


「これを見てください」


 スマホの画面を見せると、二人は目を丸くした。


「す、すごい。私達の顔が写ってる……」


「これは近くの景色を一瞬で絵にしてしまう道具です」


 電波の無いこの世界では、スマホはカメラくらいにしか使えない。そういうものだと思って貰ったほうがいいだろう。


「たしかに。こんなもの、見たことも聞いたことも無い」


 オルマルさんは顎髭をいじりながら考え込み、観念したように息を吐き出した。


「疑って悪かった。とりあえず、アンタが別世界の人間だという事は信じよう」


 そう言って彼はぺこりと頭を下げたのだった。




 それから僕は色々と彼らに質問をした。


「ここはエルシア国の最西にあるクレスタという村だ」


 オルマルさんは地図を広げると、右上にある大陸の最西端を指さした。

 村人は全員で30人。

 子供が10人ほどで、老人と呼べそうな人はたったの3人。最年長は56歳。


 ちなみにオルマルさんは42歳。アティナは17歳とのことだった。


「それでどうするんだ? 元の世界に帰る方法を探すのか?」


「はい。ですが、その前に何かお礼をしたいです」


 命まで助けて貰って、お礼の言葉だけでは申し訳ない。何か自分に手伝えることはないだろうか?


「何か仕事などあるのであれば、それを手伝えないかと」


「仕事か……。前の世界ではどんな仕事をしていたんだ?」


「コック……料理人をしていました」


「料理人……。ということは、そっちの世界じゃ、かなり高い身分だったんだな」


「え」


「この世界じゃ、料理人なんて王都にしかいないんだよ。俺達みたいなのは食べていくだけで精いっぱいだからな」


「ま、見てもらったほうがわかりやすいな」とオルマルさんは立ち上がった。


「丁度夕食が出来たところだ。疑ったお詫びだ。食っていけ」




 そう言って彼に案内された台所。木で作った大きな食卓があり、木皿が置かれていた。


「これは……」


 木皿に入っていたのは麦がゆとスープだった。

 中世ヨーロッパの農民の食事みたいだ。

 中世のヨーロッパでは、白パンを食べられるのは上流階級だけ。一般市民は大麦と小麦の混ざった質の悪いパンで、それよりも更に貧乏な人達はオートミールを食べていたらしい。

 スープのほうはわずかな根菜とキノコのようなものが入っていた。


「どうだい? 質素だろう。これが俺達の標準食さ」


「……………………」


 あまりのことに言葉を失った。

 オルマルさんもアティナもかなり痩せていると思ったが、原因はこれか。

 恐らく村レベルの食料不足が起きているのだろう。


「えっと、僕は食べないほうが良いんじゃ……」


「あ? いいっていいって。疑った詫びだ。食いな」


 そう言ってオルマルさんは僕の背を押し、食卓に座らせた。

 丸い食卓に3人で座り、手を合わせる。


「いただきます」


 どうやら、こちらの世界も食べる前に食材に感謝する風習はあるようだ。

 僕も手を合わせ、「いただきます」と言う。

 木の匙を取ると、まず麦がゆに口をつける。そして、次に根菜とキノコのスープをすすった。


「…………………………」


 不味い。かなり不味い。あやうく吐き出しそうになった。

 麦がゆは脱穀が甘いせいかイガイガした触感だし、味も無い。スープは塩が利いておらず、野菜のえぐみだけが口の中に残る。

 僕が顔をしかめていると、オルマルさんは「ははは」と笑って


「はは。どうだ? まずいだろう?」


 と言った。


「い、いえ、そんなことは……」


「無理をしなくていい。俺達もこれが美味いと思っていないしな。


 オルマルさんは流し込むように料理を食べ終えると、上着を羽織った。


「俺はこれから会合に行ってくる。洗い物は頼んだぞ」


「うん。行ってらっしゃい」


 オルマルさんはちらりと僕のほうを見た後、外へ出て行った。

 娘を残して外に出たという事は、ある程度信用してくれたということだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る