村の動乱編

第1話 目覚め

「駄目だ! 使ってはならん!」


「だからと言って見捨てられません」


 なんだ……?

 目を開くと、少女とその父親と思しき男が言い争っていた。

 ここはどこだろうか? ぼうっとした頭で必死に思考する。

 病院ではない事は確かだ。

 全身から鈍痛がする。動こうとしても指一本動かせない。


「それはお前の母の形見なのだぞ! 他の人間に……ましてや村の人間でもない奴に使うなど……」


「村の人間じゃないのは、母さんの時も同じだったはずです。だけど義父さん達は母さんを助けてくれたじゃないですか!」


「それとこれとは話が別だ! そのポーションはお前に……お前達の為に残したものなんだ!」


「何もしなければこの人は死んでしまいます! 母さんだって、今使う事を望んでいるはずです!」


 少女は手に持った小瓶の蓋を開くと、躊躇うことなく、僕の口にその中身を流し込んだ。


「お願い……。飲んでください」


 甘くてやや苦い。ぬるい栄養ドリンクのような液体だった。

 力が入らない僕は言われるがまま、それを飲み込んだ。


「!?」


 なんだこれ……。

 痛みが和らいでいき、苦しさが引いていく。

 干からびた土に水を流し込んだような感覚。

 赤黒く滲んでいた視界がはっきりとし、体が動かせるようになった。


「良かった。間に合った……」


 僕の様子を見た少女は、ほっと胸を撫でおろした。

 視界がはっきりしたおかげで、彼女の顔が良く見える。

 セミロングのブロンズの髪に翡翠のような大きな瞳。まだ幼さが少し残っているから恐らく成人はしていないだろう。

 歳は16歳くらいだろうか。


「君は……」


「あっ! 起き上がらないでください! まだ傷は治りきってないので」


 僕が体を起こそうとすると、少女は慌ててそれを止めた。


「ここはもう安全ですから落ち着いてください」


 そう言って彼女は優しく微笑んだ。




「頭の怪我は大丈夫ですか? 自分の名前は分かりますか?」


「東雲……。東雲律樹です」


「シノノメ……? 変わった名前ですね……」


 少女は小さく首を傾げたあと、慌てて


「ご、ごめんなさい。変わった名前とか言ってしまって。お気を悪くしたらすみません……」


 と言って、ぺこりと頭を下げた。


「私はアティナと申します。それと……」


「オルマルだ。この村の村長をやっている」


 彼女の後ろから、強面の男が顔を出した。長身で細マッチョ。ブロンズ髪のオールバック。腰は短刀を携えていた。


「アンタ、この村のすぐ外で倒れていたんだ。ウッドボアにでも襲われたのか? 酷い打ち傷だったぞ」


 ウッドボア? 聞いたことのない単語だったが、それよりも気になったのは彼の「村」という言葉だった。

 僕はさっきまで東京の赤坂にいた。倒れていたのも駅前の交差点の上だ。


 それともう一つ気になることがあった。

 アティナとオルマルさん。彼らが喋っている言葉は日本語ではない。

 英語やフランス語でもない。僕の知らない言葉だ。

 なのに、彼らの言葉が何故か理解できるのだ。

 そして、こちらの言葉も通じている。

 僕は夢でも見ているのだろうか? しかし、夢にしてはリアルすぎる。


「あの。いくつか質問をしてもいいですか?」


 僕はおそるおそる手をあげた。

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