第8話 飢餓の元凶とハーフエルフの秘密


「あの……どうして、メティスは地下室にいるんですか?」


 ずっと気になっていたことを、僕はオルマルさんに聞いてみた。

 このタイミングで訊ねたのは、アティナやメティスがいないときに聞いたほうがいい。そう思ったからだ。


「それは……」


 オルマルさんは少し言い淀んだが


「いや、アンタはもう信用できる。話そう。この村の事。そして、アティナとメティスの事を」


 そう言って匙を置いた。


「この村が飢えている原因、わかるか?」


「…………不作ですか?」


「いや、今年はどちらかと言えば豊作だった。原因はある男のせいだ」


 オルマルさんは眉をひそめた。


「この村の領主はドーラという男でな……。豊作だと知った途端、税を2倍にしてきた。そのせいで、収穫量の8割を持っていかれるんだ」


「8割!?」


 江戸時代の年貢で七公三民とか六公四民は聞いたことがあるが、それよりも酷い。


「そして、メティスが地下室に隠れている理由もドーラのせいなんだ」


 ドーラという男の名前が出るたびに、オルマルさんの眉間に深いしわがよった。


「ドーラは死霊使いの呼び名のつく魔術師でな。様々な種族の死体をコレクションにし、操るのが趣味の変態野郎だ」


 死霊使い……。そんな奴が領主なのか。


「生きた人間を殺し、そのままコレクションにする。そういう事も平気でする外道だ。そして、奴が上級種族以外で唯一、手に入れられてない死体がある。それが……」


「ハーフエルフなんですね」


 話の流れから予想した僕の推測は当たっていたようで、こくりとオルマルさんは頷いた。


「アティナはエルフの血が薄い。髪で隠せば耳はごまかせる。だが、メティスはそうはいかん。一目見れば、ハーフエルフだとすぐにバレる」


 そういえば、アティナは昨日、僕に言っていた。

 メティスの事を村の外の誰にも言わないで欲しいと。

 あれは、ドーラにメティスの事がバレるのを恐れての事だったんだ。


「だから地下室に……」


「あぁ。ドーラにバレれば、間違いなく殺され、連れていかれる……。村の人間は皆、メティスを庇ってくれているが、外から来る旅人や行商人にバレれば、噂になるからな」


 それに……とオルマルさんは続けた。


「もうあんな思いは沢山だ……」


 ギリッとオルマルさんは歯を噛み締めた。

 彼はアティナが地下室からまだ戻ってないことを確認し、小さな声で言った。


「彼女達の父親と母親は、ドーラによって殺されたんだ」


「!」


「俺は彼女達の本当の父親ではないんだ。父さんと呼んでくれるが、彼女達の本当の父親はケアノスという男だ。俺の親友で、この村に住んでいた」


 オルマルさんは昔を懐かしむような遠い目で、ぽつりぽつりと話し始めた。


「昔、一人のエルフの女が血まみれで倒れていた。

 彼女は吟遊詩人で、名をテュースと言った。野盗に襲われ、命からがら逃げていたそうだ。

 俺達は村に彼女を匿った。

 彼女は何日も生死の境を彷徨ったが、ケアノスの熱心な看病のおかげで、なんとか一命を取り留めた。


 元気になった彼女は礼をしたいと言った。彼女は薬草の知識に長けていて、ポーションを沢山作ることが出来た。

 アンタを治したハイポーションも、彼女が作ったものだ。

 村人達も彼女を仲間と認め、この村の一員となった。


 やがて、彼女はケアノスと夫婦になった。そして、子を成した。

 人間とエルフで子を作るのは禁忌だ。2人は村を出ていくのも厭わないと言った。

 だが、私達は信じる事にした。ケアノスとテュース。彼らの子が災いをもたらすとは思わなかったからだ。

 メティスが産まれ、更に3年後にアティナが産まれた。

 幸せだった。決して豊かとは言えなかったが、私達は慎ましく暮らしていた。


 しかしある日、村の領主が変わった。それがドーラだ。

 ドーラは重税を課すだけではなく、この村にやってきて、テュースを「コレクションにする」と言って連れ去ろうとした。

 ケアノスは彼女を取り戻そうとドーラと戦ったが……」


 そこまで言って、オルマルさんは口を止めた。

 オルマルさんの表情は辛そうだった。怒りと悲しみ、そして後悔の混ざったような表情をしていた。


「…………」


 僕は何も言えず、彼の話をただ聞き続けるしかなかった。僕達の世界ではあり得ない程の横暴に、言葉に詰まった。


「復讐を何度も考えたよ。親友を殺し、その妻を攫った男だ。ドーラの屋敷に乗り込んで、斧で頭を叩き割りたい衝動に何度もかられた」


「……………………」


「だが、俺はこの村の長だ。そんなことをしたら、他の村人達もただでは済まない。それに、2人は言っていた。『もし私達に何かがあったら、この子達を頼む』と」


 丁度、そのタイミングでアティナが地下室から戻ってきた。


「あれ。私の話をしていました?」


「いや。ちょっとした昔話だ」


 オルマルさんはそう言ってはぐらかした。


「…………」


 立派に育った彼女達を見て、彼が2人の両親の約束を守ったのだなと理解した。

 僕より10歳程度しか変わらないのに、立派な人だ。改めて、そう思った。


 この人の力になりたい。素直にそう思った。


「あの……。僕は元の世界に帰る方法を探そうと思います。だけど、その前にもっと恩返しをしたい」


「恩返し?」


「この村の飢饉の解決です。僕の力を使えば、解決できるかもしれません」

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