第9話 村での生活

 この世界に来てから1週間が経過した。

 僕がまず目指したのは、村人達の健康状態の良化である。

 ビタミンが不足すると伝染病にかかりやすくなる。それを解消するため、タンパク質とビタミンが豊富なメニューを考え、昼と夜に彼らに振舞った。


「皆、料理が出来たよ」


「「待ってましたああああああ!」」


 僕が晩御飯を作ると、家の前に集まった村人達が歓声をあげるようになった。

 時間になると、オルマルさんの家の前に行列ができ、子供から老人まで、皆が木皿を手に並んでいる。

 中には真っ先に食べたいがために、1時間前から並ぶ者まで出始めた。


「ねぇねぇ! 今日もお肉入ってる!?」


 一番最初に並んでいた少年のマトが目を輝かせて聞いてきた。


「あぁ。たっぷりと入ってるよ」


「やったー!」


 僕が今日作ったのは子牛のポトフ。肉の旨味を最大限に生かし、昆布だしを使う事でスープに甘味を持たせている。スパイスには黒胡椒とハーブを少々。

 具材は他ににんじんと玉ねぎ、そしてほくほくのじゃがいも。じゃがいもには仕上げにマスタードバターを塗っておいた。


「シノノメさんのおかげで、寿命が10年は伸びただよ」


「はは。ありがとうございます」


 最年長のヤラックさんはそんな冗談を言っていたが、あながち間違いでは無いかもしれない。

 この1週間だけで皆、5キロほど太った気がする。

 皆、やせ細っていたのがだいぶ健康的な顔色になった。ヤラックさんも実年齢は50代なのに初めて見た時、70代後半かと思ったほどだ。

 それが今では実年齢相当に見える。


 たった1週間だが、皆、僕を村の仲間と認識してくれたようだ。

 食べ物のお礼にと、大人からは手彫りのアクセサリー。子供達からは近くの野原で作った花輪をプレゼントされるようになった。


 皆にご飯を配り終えた後は、アティナ、メティス、オルマルさんと4人で一緒にご飯を食べる。

 メティスはご飯を食べる時だけ、地下室から出てくるようになった。


「美味しいです! 芋はホクホクで……。特に、このちょっと辛いソースを付けて食べると、味が変わって……。何なんですか? このソースは?」


「マスタードバターだ。粒マスタードに塩とバターと黑胡椒を混ぜたものだな」


「く、黒胡椒……。そんな高価なものが食べ放題だなんて……」


 アティナは本当に美味しそうに食べるなぁ。

 今日の昼は、おやつでホットケーキを作ってあげたのだが、彼女はそれを5枚も食べた。なのに、夕食も完食する勢いだ。

 オルマルさん曰く、本来の彼女は食いしん坊らしい。村の備蓄が少なかったので遠慮していた分がリバウンドしたのだろう。

 こんなに喜んでくれると、作りがいがあるなぁ。


「あの……。シノノメさん……。今日もいいですか?」


 横に座っているメティスがくいくいと僕の服を引っ張った。

 彼女のお誘い。これは、ご飯の後、地下室に来て欲しいと言う合図である。

 無論、いやらしい意味ではない。

 アティナが食欲の権化だが、メティスは知識欲の権化だった。


 彼女は地下室でずっと本を読み、知識を蓄えていた。元々勤勉なのだ。

 そして、彼女は僕の世界の知識に興味を持ったようだった。


 特に興味を持ったのが天文学だ。この世界ではまだ天動説が有力であり、地動説は定義さえされていないらしい。

 空の上には天界が存在し、神が住むと考えられているそうだ。星の動きや太陽などが神が動かしているとされている。


 そんな彼女にとって、宇宙空間、オゾン層、銀河系などの新しい知識は、僕の料理よりも美味だったらしい。

 地頭がとても良いのだろう。彼女は僕が話す知識をどんどん吸収していった。


 まぁ、この世界に宇宙があるかどうかは分からないのだが、太陽のようなものや星があるのたから、僕達の世界とさほど変わらないんじゃないかと予想している。


「ちょっと散歩してからでもいいかな? 食事をした後だと頭が上手く回らなくて」


「わかりました。私はまだご飯が残っているので、ゆっくりで大丈夫ですよ」


 ご飯を食べ終えた僕は、オルマルさんの家を出た。


「…………そういえば、こっちの世界にも四季があるのかな」

 

 この1週間で、やや気温が上がった気がする。

 気温にして25度くらいだろうか? おそらく6月くらいの気温だ。

 それにしても夜風が気持ちいい。


 僕は大きく深呼吸をした。空気が美味くて、土の匂いや草木の匂いが感じられる。

 田舎に旅行に行った時を思い出した。


 その時だった。


「……………………?」


 どこからか視線を感じた。

 昔から、僕が料理をしている際、よく後輩達が技術を盗もうと、遠くから眺めている事があった。

 それと同じ感じがしたのだ。


 しかし、誰だろう? 村人たちは皆、家の中で夕食を食べている最中だ。


「シノノメさん。外は冷えるので、そろそろ中に入っては?」


 心配してくれたのか、アティナが家から出てきた。手にはランタンを持っている。


「なぁ、この村の外って、何かいるのか?」


「え。どうしたんですか、突然」


「何かに見られている気がして……。野犬とか熊とか」


「いるとは思いますが……。村の周りは柵で囲われているので、侵入されることはないと思いま……」


 ひゅっとアティナが息をのむ音が聞こえた。

 彼女は目を見開き、ある一点を凝視していた。

 

「っ……!?」


 彼女の視線を追いかけた僕も、目を見開き、体を硬直させることになった。


『グルルルル……』


 村の入り口近くにある大広場。そこの中央に、3メートルはあろうかという巨大な狼が立っていたのだ。

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