第12話  渋谷の挑戦

 土曜の朝、リビングで妹は後ろからレモティアに近づくと、「レモちゃん、良い物あげる。」とふわっとしたエンジ色のベレー帽を被せる。


「レモちゃん、やっぱりよく似合うわ。これなら、耳も隠れるし、渋谷に服を買いに行かない?」


「ありがとう。でも。」


「渋谷か、折角東京に来たのだから、行ってくるといい。」


「流石お父さん、ついでにお小遣いも奮発して。」


「わかった。相変わらず令華は調子が良いな。二人で服でも買っておいで。」


「ありがとう。お父さん大好き。」と後ろから父の首に手を回しながら、ベレー帽入手のコストをかけた甲斐があったと、冷静に計算していた。



 レモティアは、妹と魔法道具デンシャに乗って渋谷に向かう。駅のホームで近づいてくるその姿に圧倒され、ドキドキしたが、横から見ると、モルルキ王国で見たカルハ大アゲハ蝶の幼虫に似ていると思い、少し可笑しくなった。


 渋谷に近づくと、デンシャの乗客は増え、駅ごとの出入りも激しく、レモティアは人に酔ったのか、いささか気分が落ち着かなかった。


 レモティアと妹は、渋谷のスクランブル交差点の前に到着。歩道には多くの人たちが、溢れ、信号よ早く変われとの念が渦巻いている。


「ここが有名なスクランブル交差点よ。」


「スクランブル?」


「え~と、こんな風に交わることよ。」と手でバツ印を作りながら言う。


 信号が緑っぽい青に変わり、多くの人が渡り始める。


「さあ、レモちゃん、行きましょう。」と妹が先導して進む。しかし、人が交わり出すとレモティアは人を避けてよろけてしまい、膝をつく。


 レモティアの回想。


 平原を見渡す小高い丘に王様や、レモティア、ヨヘイ魔導士長、近衛兵等が本陣を置く。平原にはワララド軍の歩兵が整列、その数約千人、5百mほど離れた向かい側には敵歩兵が対峙、その数は見たところ、ワララドより若干多いように見える.


 王様が指示すると、歩兵は「ガーシャ!!」と雄叫びをあげ進軍する。敵兵も遅れて進軍を開始し、中間点で激突、両軍とも前衛は槍を、後衛は剣を武器に闘っている。


 二つの集団はやがて混じり合い、その混戦を抜けて、敵兵が一人、ワララドの本陣に向かって走りだした。そこで近衛兵たちは守備隊形を取り、その敵兵に備えた。


 レモティアは、初めての戦場で、先程から心臓の鼓動が早くなり、なかなか落ち着かず、不安げな視線で、その敵兵の挙動を追っている。


 敵兵は、まず盾を捨て、次に剣まで投げ捨てると、槍を抱えて加速した。そして、本陣まで後50m程のところで、その敵兵は持っていた槍を王様に向かって投げ、レモティアは驚いて声をあげた。


 槍は放物線を描き、近衛兵たちの上を抜け王様に向かって飛翔した。


「ケツメーツ」ヨヘイが両手を広げながら呪文を唱えると、王様の前の空間に畳大の薄い寒天の膜のような物が現れた。槍はその膜状の物を突き抜けていったが、王には届かず、消えてしまった。


「ほう、大した奴だ。生け捕りにして連れて参れ。」



 戦闘終了後、近衛兵が先程の敵兵を縄で縛り、王の前へ連れてくる。


「先ほどは見事な動きであった。名はなんと申す?」


「バララシュ王国傭兵 カリア オザ」


「そうか、戦いは我々の大勝利で、おまえの雇主は既に敗走しておる。元はといえば、おまえの雇主が無謀な戦いを挑んできた結果であるが。カリア オザとやら、余はおまえが気に入った。余に使えぬか。」


 敵兵は黙って返事をしない。


「王様、よろしければ私が服従の魔法で。」


「ヨヘイ、余はそのような偽りの忠誠は好かぬ。」


「出過ぎた真似をいたしました。お許し下さい。」


ヨヘイは下がると王に見えない所で不満の表情をするが、横にいたレモティアはそれに気づき、心がざわついた。



 他の人たちは通り過ぎ、「レモちゃん、信号が変わるから早く。」と妹はレモティアの手を取り、小走りに渡る。


「レモちゃん、大丈夫?人に酔っちゃった?」


「大丈夫。私もう一度、参戦する。」


 信号が緑っぽい青に変わると、レモティアは、腕を上げながら「ガーシャ」と声を上げ渡り始める。神経を研ぎ澄まし、交わる人々の速度を計測、軌道を予測し、自分も早く遅く、右に左に少しずらして、隙間を抜けて行く。そしてそれを繰り返す。


 今度は何とか渡りきり、王様褒めて下さいとの充実感とお父様に会いたいとの寂しさを感じるレモティアであった。


「レモちゃんやったね。ハーイ。」と妹が、ハイタッチをしようとするも、意味が分からない。


「これは手のひらを二人であてて、ハーイと喜びを表すの。」


「わかった。ハーイ。ハーイ。ハーイ。ハーイ。ハーイ。ハーイ。ハーイ。ハーイ。」


右手をさすりながら、次回からは2回までにしようと思う妹であった。


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