第10話  ゴキアの誘惑


 大型総合スーパーに到着し、魔法道具ジドウシャを降りたレモティアは興奮冷めやらぬ風情で、新たな好奇の対象である巨大な建物に向かって足早に進んでいた。母は何とか後ろから付いて来ていたが、息を少し荒げている。


 入口に着くと、目の前のガラスの扉がいきなり左右に開き、「デンファ!」と声をあげた。


「レモちゃん、もう少しゆっくり歩いてちょうだい。」


「ごめんなさい。ゆっくり、歩く。」


 それからは、店舗ごとに興味を示し、遅々として進まないレモティアに、いささか焦りを感じる母であった。


 レモティアは先程からずっと、この大規模な魔法道具を眺めていた。それは、次から次に、階段を生み出し、人を上に運んで行く、とても便利なもので、見飽きることがなかった。きっと、土魔法を使っているのだと思う。


 母は回復魔法が使えないので、近くのソファーに座り、体力の回復を図っている。


「あら、時田さん久しぶり。」母の知人が横に座り、二人は話始める。


 レモティアの目の前を小さな女の子が一人、その大規模魔法道具に乗ると、「ママ、こっち。」と声を上げ、女性が後から続く、レモティアはその声に誘われるように、その魔法道具の魅力に惹かれるように、生み出された階段の一つに足を乗せた。


 体がすーと登っていく感覚、浮遊するような感覚にいささか恍惚としていたが、やがて階段が消滅する場に近づくと不安感が生まれ、振り向いて母の姿を確認しようとした。


 しかし、母は知人との会話に気を取られ、レモティアがエスカレーターに乗ったことに気づいていない。


 レモティアは、パニックを起こし、慌てて大規模魔法道具を降りると、足早に1階への階段を捜した。やっと階段を見つけ、1階へ降りるも、先程の場所はわからず、広い店内を歩き回っているうちに目眩がしてきた。


レモティアの回想。


 森の横の平原でピクニック、天幕や椅子、テーブルを並べ、王様やお妃、数人の貴族夫婦と子どもたち、ヨヘイや警備の兵士がいる。快晴でポカポカ陽気、今は昼食後、多くは昼寝をしている。


 先月10歳になったレモティアは、森で何かが光るのに気がついた。しばらくその光を見ていると、無性にその正体が何か知りたくなってしまい、森に近づかないようにと言うヨヘイの言葉を忘れて、フラフラと森へ入って行く。


 光の正体は、木の枝に置かれた、手のひら大の水晶で、レモティアが手に取り、「綺麗。」と眺めていると、「それは私のもの。」と6歳ぐらいの少女が声をかけた。


 レモティアは、驚いて、「ごめんなさい。とても綺麗だったのでつい。」


「綺麗でしょ、それはあげられないけど、すぐそこにいっぱいあるのよ。良かったら取りにいかない。」


 レモティアは、躊躇するも、少女が手を取って強引に連れていく。気分がふわっとして、少女に抵抗することができなかった。


「こっち、こっち。」しばらく歩くと樹齢三千年は超えているような大木の大きな虚の中で水晶が光っている。


 レモティアは、「わあ、すごく綺麗。」と中に入ると、少女は、ぶつぶつと何か呟く、すると虚にフタが現れ真っ暗になり、慌ててフタを開けようとするも動かない。


「わーい、捕まえた。友だち捕まえた。」


「嫌だ、怖い、出して。」


「うん、わかった。その内また遊びたくなったら出してあげる。じゃあ、またね。」


 フタをたたき、声を出すもまったく反応がない。諦めて「ヴォシューレ」と呪文を唱え、手にピンポン玉くらいの火の玉を出し、虚の中を見ると、水晶らしきものは見当たらず、キノコが生えているだけ、奥に何か白い物が見えたので、近づくと、それは何か動物の骨だった。


 驚いて、泣きながらフタをたたくも、虚しく、手が痛くなるだけだった。


 泣き止んだレモティアは、しばらく考え、意を決し、虚の奥に行き、骨を1本取ると、虚とフタの間の隙間を探し、その骨で削り始める。


 しばらくして手が出るぐらいの隙間ができたところで、キノコを取って隙間から外に出し、「ヴォシューレ」キノコは燃え出し、煙があがった。


 数分後、外で呪文を唱える声がして、フタが開く。「姫様、大丈夫ですか?」眩しくて、表情はわからなかったが、ヨヘイが助けに来てくれていた。



「おねえちゃん、大丈夫?」との声に我に返るレモティア、通路の端でうずくまっている。目の前に6歳ぐらいの少女、驚いて「ゴキア!」と声をあげた。


「おねえちゃん、外国のひとなんだ。」


 少女の母親が寄ってきて、レモティアをサービスコーナーに連れて行く。


 館内放送が流れる、「時田十和子様、お連れ様が1階サービスコーナーでお待ちです。」


 数分後、母がサービスコーナーにやって来て、「レモちゃん、ごめんなさい。」


「私がいけない、ごめんなさい。」


「おねえちゃん、よかったね。」と手を振り去っていく少女の姿が、レモティアには一瞬、ゴキア(妖精)の少女に見える。






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