第3話 夜景は絶叫と共に

『特例特殊工作員に通達。都内ビルにて、殺人組織のアジトを発見。この組織の頭は数年前より指名手配となっている。見つけて逮捕せよ。』


「……え?」

 異形能力者が住まう村、通称〝スラム〟のとある小屋。

 つい先程まであった和んだ雰囲気を切り裂くように、無機質な声が響いた。

 楽しそうに会話していたメンバー達も、静まり返って真剣な表情をしている。

 一方の僕は、ただ状況が理解できなくて皆の様子を伺うばかりだった。

 不意に、ほむらさんが不敵に微笑んだ。

「ごめん風紀ふうき。パーティーより初仕事のほうが先かも」

「初仕事って、今の、仕事なんですか?!」

 驚きを隠せなかった。こんな危険な事を、子供だけでやるなんて。

「そ、わたしたちの仕事は人間達に解決できない事件・事故を解決・予防すること。たまに捜索もやらされるけど、今回は自分等で見つけられたみたいだね」

 明花めいかさんの目から光が消えている。死んだ魚のような目のまま笑っているあたり、これは本当のことなのだろう。

「さ、どうするリーダー」

 いつの間にか、メンバー全員がりゅうさんの周りを囲んでいて、ソファに寝転がっていた彼も又、起き上がって考え事をするように目を細め俯いていた。

「……明花とあん、あと音々ねね。状況報告。なるべく近くにいて。炎と雷磨らいま、ビルの下から潜入。上は俺と風紀で行く」

「「「了解」」」

「え、あ…の……」

 状況を飲み込めずあたふたする僕をよそに、メンバー達は声を掛け合って準備を進めていく。

 全身から血の気が引く。僕も行くなんて、そんなの足手まといになるに決まっている。

「……何してんの」

「あ、り、流さん」

「何で震えてんの」

 突然後ろから話しかけてきたのは、引き気味に僕を見下ろす流さんだった。

「だ、だって、殺人組織って、そんなの」

「そんなことで」

「僕、やっぱり無理で、えっ」

 入れて貰ったことは本当に感謝しているし、ここを出れば行く所なんてないけど、もうこう言うしかないと意を決したところで、右手首を掴まれる。

 そのまま彼は歩き出した。

「この作戦にはお前が必要だ。あと現場慣れも兼ねてるし」

「……流さ―」

「行くぞ」

「え、わあっ」

 突如強い風圧と浮遊感を感じ、ぎゅっと目を閉じる。

 数秒後、風が和らいだところで目を開けると、そこには綺麗な夕焼けの景色が広がっていた。久しぶりに自然を見て感動した。

 しかしその感動もつかの間、足元に広がっているビル街を見て僕は悲鳴を上げた。

「わあああああああああ?!」

「うるさい」

「と、飛んでる?!」

「だから何だよ。あ、お前飛べないのか自分で」

「飛んだことありませんよ!わああっ!」

 体制を立て直した流さんに僕もつられる。まるで空気の塊の上に立っているような感覚がして震えが止まらない。風が冷たい。雲が凄く近い。

「う、浮いている……」

「忘れてたな」

「さっきの今で……」

 流さんって、存外抜けた方なのだろうか。

 その時ふと気付いた。僕の手首を握っている流さんの手。

 線が細く華奢で、白く骨があまり目立たない。まるで――――

「……女性みたいな」

「は?」

「あ、い、いえ……」

 無意識に口に出ていたらしい。気をつけなきゃ。

「はあ……タカイ……」

 再び一人高さに怯えていると、流さんの身体が後ろに傾き始める。

「まあ、慣れてね」

「……え?わっ?」

 足の下にあった塊がなくなって、身体が中に投げ出される。そのまま頭から、真っ逆さまに落ち始めた。

「いやああああああああああああああああ!」

 凄い速さで地面が迫って来る。このまま地面に突っ込んでしまうのではないか。怖い、怖すぎる。もしかしたらこのまま―――

「しにたくなああああああああああい!!!」

「流!風紀!」

「っふぇ?」

 落下が止んで再びバランスが保たれる。

 風圧で溢れた涙を拭うと、そこにはスラムで分かれたばかりのメンバーが揃っていた。僕らも地面に足を下ろす。

「み、皆さん……」

「早かったな」

「今日は割となんとかなった!」

 と明花さんが笑う。その額には大きなゴーグルがかかっていた。

 ――ぺちっ

「あてっ……?」

 突然流さんによってデコピンが施された。風で厚い前髪が無くなり顕になった額に、僅かに衝撃を感じる。痛い。

「お前流石にうるさすぎる」

「す、すみませんでした……」

 切れ長の青い瞳が細められている。本能的に恐怖を感じ、カタカタ震える顎をなんとか動かして謝罪した。

 すると横から、鬼の形相の雷磨さんが迫ってくる。それにもまた肝が冷えた。

「おい流、新人を危険な目に遭わすな!」

「別に危険じゃない。いずれ一人でできるようになるんだから変わらない」

「一人で?!」

 さっきのを一人でなんて、一生かかってもできない気がする。というかやりたくないです。本当に。

 非難するように未だ言い合う二人を見つめていると、炎さんは二人の肩を持った。

「まあまあ二人共、そのあたりにして。流、ちょっと風紀の扱い丁重にね?」

「うん」

 流石炎さん、火花を散らすような二人の言い合いを一瞬で収めるなんて。

 未だ流さんに噛みつく勢いの雷磨さんを制して、炎さんが視線を僕に向ける。

「風紀、大丈夫?」

「は、はい。あの……ここって…?」

「「「現場の近く」」」

 流さんと暗さん以外の全員の声が揃った。凄い。これが長年(想定)連れ添った仲間の力なのか。

 しかしおかしい。さっき流さんに飛ばされる直前まで彼らはスラムにいたはず。そしてここまでも、かなりの距離がある。それを、この短時間で移動したなんて――

「皆さんどうやってここに?かなり距離があったように感じたんですが……」

「$#&%”!?*%$#”*!>$!」

「え、なんて?」

 さっきまでの一体感は何処へ行ったんですか。

「特例特殊工作員」

 突然、僕らに近いビルの隙間、細い暗がりから声がした。

 見てみると、そこから長身で無精髭の生えた、気だるそうな雰囲気の男性が現れた。

「出た。じっさん」

「し、キレられるよ」

「うるせえ聞こえてんだよ。……ったく」

 雷磨さんと炎さんの小言に目ざとく反応し舌打ちをする。そして彼の視線は僕に向けられた。鋭い眼光に思わず後退りする。

「あ、何だ新入りか?」

「今日付けで入社した風紀だよ!」

「いじめないで下さいね」

「お前ら俺の扱い先に考えろよ?」

 明花さんと暗さんに紹介してもらったため自己紹介は必要なさそうだ。やり取りを聞いている限り、どうやらこの男性とメンバー達は顔見知りらしい。

 男性がまた口を開いた。

「今日の現場はこのビルだ。奴らは恐らくまだこちらには気付いていない。丁重に頼む」

「報酬は」

 流さんが聞く。

「いつも通りだ」

「今日の内容に見合わない」

「俺に言ったって何も変わりゃしねえよ。劣等種のくせに金貰えてるだけ、良いと思っとけ」

 ―――――あ

 自分たちに向けられる心無い言葉。異形能力者が迫害されていることは身を通して分かっていたつもりだった。だが実際に言われると、ここまでダメージが強いとは。

 ああ、自分は変わってしまったんだな。ずっと前から分かっていたけど。

 俯きかけたとき、誰かにぽんと肩に触れられる。音々さんだった。

「やっぱあの人、いつ会っても最低ですね」

「ホンットサイテー!」

 明花さんも髪をなびかせながら叫ぶ。他のメンバー達も「何とでも言えば良い」と言っているような、強い意志を感じる表情をしていた。

 ああ、僕もこれくらい強くとらわれないで居られるようになりたい。そう、強く思った。

 太陽が姿を隠した時、流さんは振り返った。

「……全員、配置で」

「「「了解」」」

 メンバー達はそれぞれ散ってしまった。

 僕は急いで前を歩く流さんを追いかけた。

「あの、僕は……」

「俺と上。その前にこれ」

 立ち止まった流さんに黒い紐のようなものを渡される。

「ありがとうございます。……これは?」

「小型トランシーバー。耳につけて使う」

「へえ……」

 これ、耳につけられるんだ。確かに引っかかりそうなところがあるし、邪魔にならない軽さだし。これが俗に言う文明の利器……

「壊したらに怒られるから、気をつけてね」

「は、はい……」

 今の一言でちょっと重く感じるようになってしまった。〝じっさん〟さん、怖い。

「行くよ」

「え、わっ」

 今度は腕を掴まれて宙に浮く。〝現場〟だというビルは大体五十階位ある大きなビルだった。周りには何故か住宅が広がっている。

 ビルの屋上に僕を下ろすと、流さんはトランシーバーの電源を入れた。僕もそれに倣う。

「暗、標的は」

『今は中央階層に集まってる。大体三十から五十人。動きなし』

「炎、雷磨は」

『いるよ。突入準備OKです』

『そっち大丈夫か。主に風紀』

「大丈夫、です」

『ホントか?』

 本当は全然大丈夫じゃない。足も手も恐怖で震えている。それでも挑みたい。僕を必要としてくれている人がいるなら。

『では総員、静かに突入してください』

 暗さんの合図で流さんが扉を開ける。中は真っ暗で、扉の窓から差し込む月光でかろうじて下へ階段だけが続いているのが見えた。

「……静かだな」

「風の音さえしない…」

「降りるよ」

「は、ハイ」

 暫く、長い階段を音を立てぬように下った。そして突然流さんが僕を手で制した。

「どうしました?」

「気配がする」

 確かによく聞いてみると、下から人の足音がする。どんどん向かってくる音に体がこわばった。

 そして次の瞬間、ガタイの良い男が踊り場に現れた。

「だ、誰だおま―」

 一瞬だった。

 流さんの手に鞠程の水が生じたと思えば、それは男の顔面を覆い、その身体を硬い踊り場に倒した。

「……っ!」

「殺してない。叫ぶな」

「っすみません」

 倒された男は少したりとも動かない、殺していないと言われても信じられない。

 トランシーバーから再び声がする。

『こちら炎。敵二人と遭遇。嫌な予感がする』

「暗」

『調べます』

『あ、みんな散り散りに!』

 明花さんが叫んだ。もしかして、作戦に気付かれてしまったのか。

「風紀、急ぐよ」

「はい!」

 僕は音を立てないようにしながら流さんを追いかけた。


 何度か踊り場を過ぎたところで、今度は二人の男と鉢合わせた。二人共武器を持っている。

「いた」

「あ、青髪――」

 バットを持った男が、さっきの男のように伏せられる。

「お、オラぁ!」

 残った男がピストルを構える。それを流さんは水の塊で粉砕し、同じように倒ししてしまった。

 そして彼がこちらを振りかえる。その時、倒したと思っていたバットの男が起き上がり、流さん目掛けて思いっきりバットを振り下ろした。

「流さん!」

 ガンッと重い音が響くも、男の背中で青い髪も見えない。もしかして―――

「……何」

 そう声が聞こえた後男はゆっくり倒れ、平然とした様子の流さんが現れた。さっきの音は流さんが水でバットを弾いた音だったらしい。

「い、いえ、無事で何よりです……」

「え?」

『流!風紀!』

「どうしたの」

『中央階層に誰もいない!多分全員上に向かってる!』

 炎さんが焦ったように言った。

「上?なんで」

『わかんねえ。上に何かしら出口があんのか、それかそっちが倒した側の人間から情報が回ったか』

 倒した人間。確かに一人意識があった人はいたし、他の人が目を覚ました可能性も全然なくはない。だとしても何で。

 ―――――あしでまといがいるから?

「……あ」

「行くよ」

「は、はい……」

 きっと僕のせいだ。さっきからずっと流さんにばかり負担をかけて、僕は何もしていない。

 僕も、ちゃんと役に立たなきゃ。


 音も気にせず二人で階段を駆け下りた先にあったのは、広い吹き抜けだった。所々壁にガラスの嵌っていない穴が空いており、部屋全体が明るい。階段はその壁に這うように建てられ、途中いくつか広めの踊り場がある。

「うわ……」

「何だここ」

「あ、流さん!」

 僕が指差した先、吹き抜けの一番下の扉から三十人程の男が現れた。

 先頭にいた男が僕らを指差す。

「いたぞ!」

「バレてるな」

「ど、どどどどどどうするんですか?!」

 男達は階段目掛けて走り出している。慌てる僕をよそに流さんは柵に飛び乗った。

「倒す」

「あ?!流さん!!」

 何ということか、そのまま彼は飛び降りてしまった。

 慌てて下を見ると、地面に降り立った流さんに進路を変えた男達が、今に彼に襲いかかりそうになっている。

 まずい、僕もいかなきゃ―――と走り出した時。流さんの手に光る水滴が集まるのが見えた。思わず足を止めてしまう。


「――――――――海奇カイキ


 それがコンクリートの床に落ちた瞬間、男達の足元から巨大な水の棘が現れ、彼らの大きな身体に突き刺さった。

 棘が刺さった男達は傷一つなく地面に転がり、声一つ上げることはなかった。

 ぎりぎり当たらなかった十人が流さんに襲いかかる。それを彼は避けながら次々に倒してゆく。恐ろしい程の、強さ。

「すごい……」

「風紀!」

「あ、炎さん!雷磨さん!」

 彼らは下からやってきた。僕と同じように流さんをみて驚嘆する。

「わー、今日もすげー……」

「風紀、今日の流の横に居てよく生きてたね…」

「え?あの、流さんって」

「おー、流石は〝あおの絶望〟だよな」

「何ですそれ?」

「界隈ではそう名が広まってるんだって。凄いよね」

 凄い。俗に言う〝異名〟と言うやつだろうか。カッコいい……

 この間にも流さんは襲いかかる敵を、華奢な体に見合わぬ強さでバッタバッタとなぎ倒している。そして最後の敵を転がした時、再び扉が開きまた荒くれ者たちが大勢現れた。

「あ、また!」

「何人いんだよ」

「さ、俺達も行こう」

「おう、あ、お前はここにいろ。何かあったら……戦え」

「え」

 戦うって、まだ能力の使い方さえわからないんですが。

 そう考える間にも二人は流さんのところに飛び降りてしまった。柵から飛び降りるの、鉄則なんですか?

「流!」

「お前ら、遅い」

「風紀が生きてるか確認しに行ってたんだよ」

「何それ」

「さあさ、まだ居るから、ね?」

「だな」

「……ん」

 会ったばかりでも分かる。三人の圧倒的な強さ、オーラ。

 この人達に敵うことは絶対にないと、心から理解した。

 荒くれ者の一人が三人に向かって走り出し、それに続いて全員が一斉に彼らに襲いかかった。

「炎」

「はいはい」

 前に出た炎さんが左手に拳を叩きつける。その瞬間拳を包むように真っ赤な炎が燃え上がる。

「―――よっ」

 その手で空を殴った瞬間、とてつもない爆発音とともに爆風が巻き起こる。目を開ければ、荒くれ者たちは後方に飛ばされていた。

「必殺・水蒸気爆発!」

 ああそうか。流さんが霧状にした水を空気中の一部に密集させて、そこをピンポイントで炎さんが殴ったんだ。凄い。

「科学的根拠ないから違うかもしれないだろ」

「いいじゃんカッコよくて」

 しかし、荒くれ者たちは再び立ち上がり向かってこようとしている。

「えっ?効いてないの!?」

「どけ炎」

「わっおい!」

 炎さんに代わり前に出た雷磨さんが左手を構える。まるで銃を構えるように。

「俺が合図したら二人共前に出ろ」

「はあ…了解」

 敵が再び動き出す。彼らの中にも銃を持つ者もいるようで三人に向けて構えている。

「三……二……一……行け!」

 雷磨さんの合図で二人が前へ走り出す。その勢いに敵は一瞬怯む。その瞬間を見逃さず雷磨さんが指先から電撃を放った。それは地を這い銃を持つ人間まで伸び、彼らの持つ銃を破壊した。

「いって!」

「コンの野郎!」

 最大の武器を失った彼らはヤケクソに標的を探し始める。だが彼らは三人のうちの一人さえも見つける前に地に倒れてしまう。原因は感電ややけどを伴う拳やり一瞬の深い浸水。三人が一瞬のうちに能力で次々と敵を倒していく。

 そして一分も経たぬうちに、五十程もいた大軍団が壊滅した。たった三人の能力者の力で。

「ナイスファイ」

「手が痛え」

「今日のエイムイマイチだった」

「やかましい分かっとるわい」

 造作もないとでも言うように振る舞う三人に、僕はただただ驚嘆し、憧れるしかなかった。

「おいチビ」

 気配は突然現れた。正確にはそれまで気付かなかった。圧が強く影の大きい、の気配。

 振り返るとそこには背丈の大きなサングラスの男が立っていた。その気配と風貌から彼がだとすぐに分かった。

「ヒェッ……ゔあ゙ッ」

 上へ逃げようと階段に手を伸ばす。しかし首を思い切り掴まれて阻まれた。そのまま宙に持ち上げられてしまう。

「よくもウチに手ェ出してくれたなァ」

 苦しい。呼吸ができない。怖い。怖い怖い怖い。

 折れてしまいそうなくらい、首を大きな手で強く掴まれている。藻掻いても足は空を掻くだけで、抜け出すことはできない。

「たす…け……あ゙がッ」

 頭から階段に投げつけられる。視界が真っ白になって、気を失ったみたいに身動きできなくなる。

「弱っちいなァ。それでもかよ」

 男がまたこちらに手を伸ばしてくるのが見える。嫌だ。逃げなきゃ。でも、戦わなきゃ……?

「やばっ」

「風紀!」

 炎さん、雷磨さん、流さん。僕は、無知で無能な僕は、どうしたらいいですか。

 男の指が再び僕の首に触れた時。突然強く温かい光に包まれ、僕は意識を手放した。


「ッ……何だァ!」

 突然視界を強く照らした視界に男は顔をしかめる。先を見やれば、髪の長い子供、明花がそこに立っている。

「暗!音々!」

 その脇から二人が飛び出す。まばゆく照らし続ける光に男が目をつぶった一瞬、目元に何者かの手が触れる。暗だった。

「ッは…?」

 男の視界には何も映らなくなる。暗の能力で網膜に光が入らなくなった為に。

「クソッ、何だコレ!―ゔッ!」

 鳩尾に入る蹴り。男は柵に強く頭を打ち、そのまま意識を失った。


「―――き、ふうき!…風紀!!」

「……!!」

 目を開けた時、何が起こっているのか分からなかった。何度か瞬きをして、やっと炎さんに抱えられていることに気付く。

「あ!ごめんなさい!僕……わっ」

 慌てて降りようとすると、炎さんに思いっきり抱きしめられて動けなくなってしまった。

「炎さん…?」

「良かった…マジで良かった……!」

 炎さんが、泣いている。え、な、何で。

 わたわたと慌てていると、炎さんから剥がされ雷磨さんに肩を揺さぶられる。

「おっまえ大丈夫か?!怪我は?!頭は?!」

「え、あ、治ってる……?」

「嘘だろ治り早……」

 頭を打ったはずなのに、首を締められたはずなのに、何もなかったみたいに治っている。自分の体質が怖くなった。

「風紀」

「り、流さん」

 流さんが階段を登ってくる。そして僕の目線までしゃがんで、頭を下げてしまった。

「え、流さん?!」

「悪かった。色々放ったらかして」

 まさか謝られるなんて思っていなくて、顔を上げてください、と咄嗟に言う。

 しかし雷磨さんが、彼に向けて叫ぶ。

「ホントヨ!せっかくの初仕事の思い出が台ナシヨ!」

「誰だよふざけんな。それ言ったら雷磨、お前もこっち側だからな」

「ゔっ……スマン風紀……」

「え、いや、全然……」

 雷磨さんってボケる人だったんだ。すごく意外だ。

 なんだか状況がわからなくなってきたところで、炎さんが僕を降ろして顔を拭い言う。

「正直俺達だけで新人みるの初めてで、勝手がわからなくて。気付いたら眼の前の敵しか見えなくなってた。ごめん」

「言い訳にしか聞こえないかもだけど、これから俺達もちゃんとから、許してくれないか」

 彼らの真っ直ぐな視線を、どう取れば否定できようか。嬉しい。暗かった道が、一気に開けたような気がした。

「はい。ありがとうございます……!」

 ホッとしたように彼らの雰囲気も緩む。この方たちと出会えて、本当に良かった。

「皆!」

 流さんの後ろから、アパートの屋上にいた三人が現れる。聞くと、僕を救ってくれたのは彼女たち三人だったらしい。

「指名手配犯は?」

「縛ってきました。他の団員も全員」

「流石、仕事が早い」

「よくやったお前ら。ありがとう」

「いえ、風紀君が無事なら何よりです!」

「音々の最後のキック、良かったよね!」

「特訓の成果出ました!」

「流、次こんな事になったらタダじゃ置かないから」

「暗!」

「今日は各々好きなもの買ってよしにするか」

「え!ホント!?」

 嬉しそうに少女たちははしゃぐ。彼女らの助けがなければ、今頃どうなっていただろう。

「あの、皆さんありがとうございました!」

「わ!風紀無事で良かった!」

「大丈夫?」

「はい!全然大丈夫です」

 双子の姉妹に頭を撫で回される。不意にを思い出し、懐かしい気持ちになった。

 二人の手が離れたとき、後ろから風紀君、と呼ばれ肩をつん、とつつかれる。音々さんだ。

「あの、私のこと普通に呼び捨てでいいからね。敬語じゃなくていいし。同い年なんだから」

「は……う、うん!」

 音々さん改め、音々はどこまでも優しい人だった。

「ひゅー♪」

「ちょ、明ちゃん!」

「何でもないもーん♪」

 音々と明花さんが何を話しているのかは、よく分からなかった。

 話が終わったのを見かねて、流さんが下へ歩き出す。

「じゃあ、報告行こうか」

「はーい」

「やべえ……疲れた……」

 僕含め、メンバー達はへとへとだった。普段はそんなでもないのにな、と炎さんは言う。

「……あ、そうだ風紀」

 不意に流さんが振り返った。

「な、何でしょう……?」

「お前、その髪型ダサいよ」

「……ェ゙ッ?!」

 思っても見ないところからの攻撃。一瞬頭が真っ白になって、すぐにどうしようもない恥ずかしさに襲われる。

「ブフォッ……ン゙ン゙ッ…」

「流なんて言い方を!雷磨笑うな!」

「帰ったら私が切ってあげるよ!」

「ええっ?!」

「動揺してる」


 こうして能力者七人は帰路に着き、風紀の歓迎会は盛大に行われた。

 そしてその直後明花による風紀の散髪式が行われ、それは大惨事へと発展するのだが、それはまた別の話である。




 

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異形の牢獄 おるか。 @orca-love

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