第2話 蒼い目のリーダー


 六歳か七歳かの時、突然根元から青く染まり出した髪。それと同時期くらいに得てしまったのだろう力。

 僕はその力で、弟を殺めてしまった。


 事件が起きるまで、僕は大家族の一員だった。

 家は古くて大きく、何人かお手伝いさんがいた。私服は何故か全て和服で、食事は三食和食。今思い返すと、まるで時代が戻ったような生活をしていた。

 家族仲は良く、学校から帰ったら兄弟達と遊び、夕食を食べながら両親と祖母にその日あった事を沢山話していた。

 本当に、あの頃は全てが楽しかった。

 髪が青くなり始めたのはたしか、初等部1年生の時だった。

 朝起きて鏡の前に立った時、根元から半分くらいまで髪が青くなっているのに気づき、大慌てで祖母の所に行った。

 ―よく分からないけど、特に何も無い様だし、大丈夫だろう。

 そう、祖母は言っていた。後にあんな事が起きるとも知らずに。

 兄弟達は初めは驚いていたが、すぐにいつも通りに接してくれるようになった。それどころか、すごく素敵だと褒めてくれた。

 それとは逆に両親は少し心配していて、何かおかしい所はないかと、一日に一回は聞いてくるようになった。それを除けば今までとほぼ変わり無かったのだが。


 事は突然に起こった。


 その日は少し曇った日で、僕は兄弟達と庭で遊んでいた。

 縁側には母も居て、座ってお茶を飲みながら笑っていた。

 突然、石につまづいたのか二つ下の弟が転びそうになった。傍にいた僕は咄嗟に手を伸ばしてしまった。

 その時だった。全身の血管がどくん、と脈打った様に感じた直後、自分を物凄い勢いの風が包んだ。その力の中心は誤って弟の首のあたりにやっていた手のひらに集中し、僕の手ごと弟の首を締め付けた。

 ―風紀ふうき!やめなさい!

 泣きそうな顔で叫ぶ母、為す術もなくこちらをみている兄弟。

 自分でも何故こうなっているのか全く分からない。なんなんだ。これは。

 ―誰か!助けて!

 そう訴えても手のひらへの圧力が止むことはなく、やっと治まったときには、既に弟の息はなかった。


 わざとではないと言っても、家族は信じてくれなかった。その晩は、弟を殺してしまった事への罪悪感と恐怖で一晩中泣き叫んだ。

 ―君は『風の異形人』だ。

 翌日、そう僕が医者に告げられた時の両親の顔は、今でも忘れない。既に分かりきっていたような、落胆と呆れの混じった表情。あの顔を見た時、「もう僕は家族でいられないんだ」と幼いながらに悟ってしまった。

 それ以来、家族のほとんどが僕を恐れ、まるで化け物を見るような目で僕を見るようになった。

 弟の死と僕の事は世間に知られないように隠され、学校にも行けなくなった。

 段々と僕の扱いが酷くなっていった。食事の量は減り、質も落ち、次の年からは家の敷地内にある倉の牢で1日を過ごすようになっていた。

 ―お前はもうここにも置いておけない。

 そう父に言われた日、その日が、僕が家族の顔を見た最後の日だった。


 一通り話し終え顔を上げると、先輩二人―ほむらさんと雷磨らいまさんが殺人事件の現場を見たあとのような顔でその場に突っ立っていた。

「あ、ごめんなさい。足を止めさせてしまって」

「いや、別に俺達はいいんだけど」

「お前が大丈夫かよ」

「え?」

 そんなにヤバい事を言ったのだろうか。

「な、何がです?」

「いやな、俺らよかお前の方が悲惨じゃねえかって、なぁ」

「うん…よく耐えたね…」

「えっ、いや、そんな」

「頑張ったな」

「うんうん」

「えぇ…」

 再び歩き始めるが会話が終わり、気まずい沈黙が落ちた。

 ―なんか話題…なんか話題ないかな……あ

「別に、全員じゃないんですよ。僕を避けていたのは」

「…風紀のお婆さん?」

「はい」

 僕が事件を起こしても、異形人だと発覚しても、祖母は変わらずに接してくれた。

 ―風紀さん、これ食べなさい。

 祖母はいつも、父や母にばれないようにおむすびを作ってくれていた。あの味を思い出すと、今でも涙が出る。

「でも、最後に家族と顔を合わせた時、祖母はその中に居なかったんです。追い出される1,2年前から姿も見なくなったし、恐らく亡くなっていたんだと思います。」

「そっか…」

「なんか、ごめんな」

「え、いや別に大丈夫ですよ。逆にありがとうございます。お陰で祖母をちゃんと思い出せました。」

「風紀…」

「…ところで、今何処に向かってるんです?」

 歩き出して30分、景色はネオンが輝く繁華街から、街灯さえ数えられる程しかない田舎の通りへと変わっていた。

「俺らが住んでるとこ」

「さっき言ってた、異形者が暮らしてる村さ」

「…え?」

「「え?」」

「…失礼かもしれませんが、こんな所に異形者?の住む所なんてあるんですか?田舎だとしても、割と“人”住んでる気がして…」

「大丈夫。あの村、誰も存在知らないから」

「え?」

「いつからあるのか分からないけど、入り口がちょっと変でね」

「国の奴らでさえも、多分一部の人間しか存在を知らん」

「凄いですね…なんか…」

「まあ、ヤバい所ではないから。あ、もう目の前だよ」

「……え?」

 驚きすぎて、ものすごく綺麗に2度見してしまった。

 炎先輩が指さした先にあったのは、山なのだろう土の壁に突き刺さり、カーテンの様に広がるつたにおおわれた、巨大なパイプだった。

「えっと……これが?」

「言ったろ。“変”だって」

「まさかここまで奇妙だとは…」

「よし、入るよー」

「えぇ…」

 炎先輩を先頭に、僕らは巨大なパイプに足を踏み入れた。

 中に入ると信じられないほど真っ暗で、所々苔が生えて滑り易くなっていた。

 炎さんが能力で灯りをつけてくれる。

 ―このパイプ、一体直径何メートルなんだろうか。屈まずに余裕で通れるし、2メートル近くあるだろうか。良く見つからなかったな…

「ぐえっ」

 考え事をしたせいで、壁に思いっきりぶつかってしまった。

「おい、大丈夫か」

「平気です。すみません」

「曲がり角多いから気をつけてねー」

 右奥の方から炎先輩の声が響く。

「どうなってるんだここ…」

「俺も知らん」

 雷磨先輩に連れられ、ゆっくりとまた進み出した。


 何度か角を曲がって、ようやく外に出た。

 入口はパイプが直に出ていたのに、出口は何故か階段式だった。なんなんだここ。

 階段を数段上がった先にあったのは、立派な木がもしゃもしゃ生えた森だった。

「えっと…ここは?」

「森だ。ただの」

「それは見れば分かります」

「村はこの先だよ」

「あ、まだ続くんですね……遠いな……」

「ああ。都会の任務の時は本っ当に不便だ」

 確かにそうだろう。さっきの繁華街を出てすでに1時間は経っている。

 ―これ、ちゃんと道覚えられるかな…

 思考しつつ暗い森を進んでいくと、いきなり視界が開けた。

「……うわぁ」

 思わずそう声が出た。

 木材やトタンで出来た家、てっぺんに火の点るトーチ、沢山の人達の笑顔。一見すればただの古びた村かもしれないが、僕にとってはまるで楽園の様だった。

「ようこそ!異形者の村、通称“スラム”へ!」

「ここが今日からお前の居場所だ」

「ここが……僕の居場所?」

「さっきも言ったろう?もう1人じゃないって」

「……っはい」

 ―ここにいさせて貰えるなんて、そんな嬉しい事ないな…もう死ぬのか?

 馬鹿げた事を考えながらも、これから起こることへの期待と不安の混ざった気持ちを抱えて、僕は最初の1歩を―

「……いや待てよ?」

「あだっ」

 ―踏み外した。


「あ?」

「ど、どうしました?」

 顔をしかめる雷磨さんに起こされながら聞いた。

「いやさ、風紀連れて来たは良いんだけどさ、りゅうに何も言ってないじゃん?」

「あ」

「え?」

「これ、もし駄目だって言われたら……?」

「……あら」

「……え?」

「あのな、風紀。この村で暮らすにはちょっとルール?があってな」

「ルール?」

「ルールは言い過ぎだけど、この村の人達は、皆の為になる仕事をしてるんだよ。僕らの“何でも屋”もその1つ。」

「風紀、一応もう1回確認するが、お前能力は?」

「……つ、使えません」

「全く?」

「……はい」

「何か、特技とかは?」

「……縄跳び?」

 先輩二人はそれっきり黙り込んでしまった。

 目を合わせたまま動かない。

 ―あれ、もしかして詰んでる?

 仕事が出来なければ、ここには居られない。それはつまりまた独りに逆戻りするという事だ。

 逆戻り、つまりはあの繁華街に戻る。そこで待っているものは、食糧難、野宿、カツアゲ……

 最悪の想定が脳に浮かび青ざめていると、炎さんが口を開いた。

「……仕方ない。駄目元で行こう」

「えっ?!」

「大丈夫だ。流ならきっと何とかしてくれる」

「えぇえ?!ってちょっ、わっ」

 二人は僕の両腕を掴み、そのまま僕を引きずるように歩きだした。

 村の人達が騒ぐ僕らを見ている。

「待って下さいよ!っていうかずっと気になってたんですけど、その流さんって誰なんです?!」

 ズルズル引き摺られながら二人に問う。

「俺達“何でも屋”のリーダーで、能力は存在する中では最も強いとされる“水”。君より後の8歳で能力に目覚めた“発現者ウェイカー”だよ。」

「“発現者”?」

「詳しくは後で流に聞け。とりあえず行くぞ」

「ええ?!」

 ―どうしよう、めっちゃくちゃ怖い…!

 この二人でさえ恐れている“流さん”って一体どんな人なんだ?なんだウェイカーって。英単語にそんなものあったろうか。そもそも英単語なのか?

 抵抗するすべもなく、僕は思考を巡らせながら引きずられていく。

 そしてついに、二人は少し大きめの小屋の前で立ち止まり、その引き戸をガラッとあけた。

「流、居るか?」

 小屋の中を恐る恐る覗くと、中は電球で明るく照らされていて、古い本がぎっしり詰まった本棚がひとつと、所々ほつれがあるボロボロのソファが置かれていた。

 そのソファに青いパーカーを着た人物が横たわっている。

 ―あの人が?

両腕を解放された僕は、二人の後ろに隠される様に立ち、その様子を伺った。

「……るさいな…」

 青いパーカーが起き上がった。その瞬間フードが脱げ、隠れていた頭があらわになる。

 ―え

 その人物は、びっくりするくらい美人だった。自分よりも鮮やかな青色の瞳と髪。その髪は目が隠れるくらいの長さで切り揃えられていて、ちょこんと寝癖がついている。

 ―この人、男性?女性?どっちだろう…

「流、あのさ」

「…何」

「ちょっと相談?なんだけど」

「……何だよ」

「………新メンバー、欲しくない?」

「……は?」

 流と呼ばれた人物は顔をしかめ、何かを考え始めた。

 目の前では小声で雷磨さんが炎さんに文句を言っている。

「馬鹿かお前、話の導入下手くそすぎんだろ」

「だって流怖い…」

「誰が怖いって?」

 考えるのをやめた流さんが切れ長の目で2人を睨んでいる。

「……ナンデモナイデス…」

「質問の意図は分かんないけど、とりあえず後ろの誰?」

「「え」」

「…あ」

 ―バレた。

 流さんは不機嫌そうな顔のまま僕の目の前まで歩いてくる。その間も炎さんと雷磨さんは必死の形相で言い訳をしている。

「……お前がクロが言ってた“風”か」

「「「……え?」」」

 僕と炎さんと雷磨さんとで、同じ反応をしてしまった。

「流、知ってたのか?」

「さっきクロが教えてくれた」

 あの猫、いつの間にそんな事してたのか。

 ありがとう、クロ。

 ―ん?なんかおかしくないか?

 最後にクロを見たのは繁華街で、彼は座ったまま僕らを見送る様に見つめていた。つまり僕らより先には居ないはず。それにこの村に入るための道はあのパイプ1本しかない。パイプの中で見た覚えもない。じゃあクロはどうやってここに来たんだ?ていうかスルーしてたけどあいつ喋ってたよね?

 自分を助けた黒猫の謎はますます深まってしまった。

「此処に入りたいんだっけ?」

「は、はい。能力も使えない身ですが、出来ることは全てやります!だから、お願いします!」

 思いっきり頭を下げた。

「…いいよ」

「…え」

「え?!いいの?!本当に?!」

「驚きすぎだ炎。失礼だろ、色々」

「そうだけど、絶対反対すると思ってたから」

「俺を何だと思ってるんだお前」

「ワレラノタイセツナリーダーデス」

「何で片言なんだよ」

“俺”って事は、男性……かな。

どちらにせよ、感謝しなきゃいけない事に変わりはない。

「り、流さん」

「ん?」

「本当に、良いんですか?」

「いいよ。こっちも人が足りないんだ。少しでも戦力がある方がいい。ただ、ここで働くからなは、能力使える様になって貰わないと困るから」

「…はい、精進致します」

「ん」

 ―良かった…

 正直、もう駄目だと思った。不機嫌なのだろう流さんを説得するなんで業は僕には出来ない。

「流、改めて紹介する。こいつは風紀。クロから通報があって救助した子。俺達の一個下で、能力は風」

「よ、宜しくお願いします」

「うん、宜しく」

「実は、風紀も発現者でさ、家族の中で自分だけ能力者だったから何も知らないらしいんだ。だから、色々教えてあげてくれない?」

「まあ、いいけど」

 1回しか言わないからなと言って、流さんはソファに寝転がった。手招きされたので僕らも小屋の中に入る。

「この世に“人間”と“異形能力者”の2種の人類が存在しているのは、知っているな?」

「はい」

「能力者の存在は、大昔、1つの能力しか持たない天使の子が産まれたことから始まった。その子供は地に落され人間として暮らすようになり、能力者の数を増やし初めた。初めは1つだった能力は、代を重ねるごとに増えていった。今では『水、氷、火、光、闇、色、電気、磁気、音、獣、草、毒、岩、大地、風』の15の能力が確認されている。それぞれ出来ることが違って、飛べる奴がいたり同族以外と話せたり色々。ここまでが始まりと種についてだ。何か質問は?」

「…特には」

 とは言っても、今まで聞いた事のない、まるで冗談のような情報が沢山流れ込んできて、それどころではなかっただけなのだが。

「まあ一応補足すると、お前は飛べる」

「えっ」

「あと水と氷と獣と、もう1つは…」


ガララッ…ダンッ!


 突然、小屋の扉が大きな音を立てて開いた。

 驚いて見ると、1人の女の子が宙に浮いた状態で僕らを見下ろしていた。

「やっぱり居た!新人くん!」

「…新人くん?」

「もう流っ!なんで呼んでくれなかったの?私も自己紹介したかった!」

 女の子は浮いたまま流さんに飛びついた。ひとつに束ねた長い金髪がその勢いで靡く。

「いや、俺もしてないから。てか今色々説明してるから後にしてよ」

「えー、あん音々ねねも連れて来ちゃったのにー」

 見ると、開け放たれた扉からまた別の女の子が二人、室内を覗いていた。1人は黒い髪を肩ぐらいまで切って前髪を顔の中心で分けている。もう1人は薄紫色のショートカットで、僕と同じくらいの年に見えた。

「あーめんどくせえ。風紀、こいつは明花めいか。さっき言いそびれた飛べる能力、光を使う」

「初めまして!流の未来のお嫁さんですっ!」

「いやちげーよ。何言ってんの」

 さっきまで緊張感のあった空気は、明花さん達の襲来で完全に緩んだ。

「暗と音々もおいで!」

「私はいい」

「暗ちゃん、明ちゃん泣いちゃうよ?」

「姉さんが泣こうが私は知らん」

「酷っ!」

「風紀くん?だよね。私は音々。能力は音で、多分、同い年。よろしくね」

「あ、ハイッ」

「暗ちゃんも!」

「……暗。あの飛んでる人の妹。情報担当」

「暗の能力は闇だよっ」

「姉さん、黙って」

 はいはーいと軽く流して明花さんは地上に降りた。

「よし終わり!ごめんね流、邪魔しちゃって。続けていいよっ」

「いや、もういいや。何話してたか忘れたし」

「えー気になるー!」

「今始まりと種類ま」

「まあ、こんな感じだから。他になんかあったらまた説明する」

「炎くんまた無視されてる…」

「音々ぇ…」

しょぼんとする炎さんを音々さんが慰める。その光景をまた周囲の人が笑った。

「さ、今日は風紀の入社を祝ってパーティーだ」

「ホント?お米出る?」

「仕方ない、今日は奮発するか」

「やったー!」

「めっちゃ久しぶり」

「ありがとう料理長!」

「誰が料理長だコラ!手伝わねえやつは食わせないからな!」

 ―なんだか、楽しそうだな

 何でも屋って言うぐらいだし、危険な仕事が多いのかと思っていたけど、女性も多いし、自分の思っているより安全なのかも。ちょっと楽しみだな―

 と、思っていた。


『特例特殊工作員に通達。都内ビルにて、殺人組織のアジトを発見。この組織の頭は数年前より指名手配となっている。見つけて逮捕せよ。』


 机の上に置かれていたトランシーバーから、こんな事が聞こえて来るまでは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る