愛する家族のために
三鹿ショート
愛する家族のために
制服姿の人間に頭を下げる私を、彼女は忌々しげに見つめている。
顔を上げ、自宅に戻ろうと誘うが、彼女は一人で先に歩き始めてしまった。
隣に並びながら、今夜の献立をどうするべきかを問うと、
「何故、責めないのか」
前を向きながら彼女が尋ねてきたため、私は答える。
「きみは、大事な家族だからだ」
その返答が気に入らなかったのだろう、彼女は私を睨み付けると、
「どれほど手を差し伸べてくれたとしても、私が変化することはない。無駄な行為はそろそろ止めるべきだ」
「だが、きみにとって唯一の家族となった私は、誓ったのだ。何があろうとも、きみを支えると」
私の言葉を、彼女は鼻で笑った。
「誰に誓ったというのか。死んだ父親か、それとも、産んだだけで逃げ出した母親か、もしくは、血の繋がっていない再婚相手か。誰にせよ、生きていない人間に何をしたところで、無駄なのだ」
それから、彼女は自宅が存在する方向とは異なる道を歩いて行った。
私が追いかけることはなく、小さくなっていく背中を眺めるばかりだった。
***
「それは、妹の言葉が正しいだろう」
彼女との一件を語ると、友人はそのような感想を漏らした。
「気分を害したら申し訳ないが、きみのような立派な人間の妹が、あれほどの不良だとは、誰も想像しないだろう。世の中には、何度助けても恩を仇で返す人間や、そもそも助けを必要としていない悪人が存在するのだ。彼女は、自ら望んで性質の悪い集団に加わっているのだから、きみが気にする必要は無いと思うが」
友人の言葉は、正しかった。
確かに、これまで私がどれほど手を差し伸べたとしても、彼女は礼を言ったことがないばかりか、むしろ向きになってしまい、さらに悪事を重ねていたのである。
おそらく事情を聞いた人間のほとんどは、彼女のことを諦めるべきだと助言してくるに違いない。
しかし、その人間たちは、彼女の家族ではない。
愛する家族のために動くことが、何故悪いことのように言われなければならないのだろうか。
友人の言葉に私の心中は穏やかではなかったが、本音を吐いたところで、状況が変化するわけでもない。
私は友人に対して適当な返事をしながら、食事を進めた。
***
彼女の仲間が私の自宅に駆け込んできたのは、とある深夜のことだった。
いわく、彼女が交際相手に別れを告げたところ、相手が逆上し、何処かへと連れて行ってしまったらしい。
その言葉に、血の気が引いていく。
だが、怯んでいるわけにはいかなかった。
***
本人は知らないだろうが、彼女の靴には位置情報を知らせる装置を取り付けていた。
彼女の帰宅があまりにも遅い場合などに備えていたものだが、このようなことで役に立つとは、嬉しくも何ともない。
彼女が連行された場所は、郊外に存在する廃工場だった。
普段は人気が無い場所であるはずだが、出入り口に見張りのような人間が数人立っていることから、この場所で間違いないようだ。
私が近付いて行くと、その中の一人が威圧的な態度で近付いてきた。
しかし、私は動ずることなく、衣嚢からある物を取り出すと、
「これが何か、分かりますか」
相手は眉間に皺を寄せながら、
「食事に使用する箸ではないか」
「その通りです」
そう告げると同時に、私は手にしていた箸を、眼前の人間の眼窩に差し込んだ。
相手が激痛に悲鳴をあげると、他の人間たちが駆け寄ってくる。
だが、拳や脚で攻撃を仕掛けてくる相手など、隙だらけだった。
それらをいなしながら、自宅から持参してきた包丁で切りつけていく。
痛みで興奮したためか、攻撃がさらに単調なものと化し、何時しか私に殴りかかろうとしていた人間たちは、一様に地面に転がっていた。
彼らを縛り上げ、身動きができないようにすると、工場の奥へと進んでいく。
事務所のような場所に彼女の姿があったものの、変わり果てていた。
彼女の身体のいたるところに痣や傷が出来、虚ろな表情を浮かべていた。
無反応であるにも関わらず、彼女の交際相手は腰を打ち付け続けている。
快楽に身を任せているのか、私の存在に気が付いていない様子だった。
私は交際相手を彼女から引き剥がし、驚いている隙に、その局部を切り落とした。
叫び声をあげる交際相手の口に切り落とした一物を突っ込み、その顔面を殴り続ける。
彼女に止められたときには、交際相手は動かなくなっていた。
***
「ここまでのことをして、露見したらどうするつもりなのか」
燃え盛る死体の山を眺めながら、彼女はそう問うてきた。
彼女と同じように、煌々とする火を見つめながら、
「心配してくれているのか。きみらしくもない」
さすがの彼女も、自分のためにここまでのことをしてくれるとは想像していなかったのだろう。
彼女は神妙な面持ちで、
「私が破滅の道を行くことは問題ない。しかし、私を助けたことで、その人間が不利益を被ることは、間違っている」
「そう考えてくれるのならば、心を入れ替えて欲しい」
私は彼女を真っ直ぐに見つめながら、
「もしも私に対して申し訳なさを覚えているのだとしたら、きみは手遅れではない。どれほど歩みが遅くとも、正しい道へと進んでほしいのだ」
彼女は目を見開くと、そのまま俯いてしまった。
数分もの間その体勢を維持した後、顔をあげると、
「私にも、出来ると思うか」
不安そうな表情を浮かべる彼女に向かって、私は口元を緩めた。
そして、自身を指差しながら、
「愛する家族のためならば迷うことはない人間が、ここに存在している。安心してほしい」
そう告げると、彼女は小さく頷いた。
友人が聞けば、たかが妹のためにそこまでの行為に及ぶのかと、呆れることだろう。
だが、その認識は間違っている。
そもそも、彼女は私の妹ではない。
義理の母親と私の間に誕生した、娘なのだ。
再婚相手である私の父親に先立たれた若い義理の母親と私が関係を持つには、それほど時間はかからなかった。
しかし、誰にも真実を明かすことはできなかった。
ゆえに、私とは年齢の離れた妹として、世間を欺くことにしたのである。
彼女の物心がつく前に義理の母親もまたこの世を去ったため、事情を知る人間は、私だけだった。
愛情を知らずに育つことは哀れであるために、私は関係性を隠しながらも、愛する家族として、彼女に尽くすことを決めたのだ。
今後も明かすつもりはないが、父親として、彼女を誤った道に進まないようにすることができたことは、誇らしかった。
愛する家族のために 三鹿ショート @mijikashort
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