Nr.25 終幕II——ハーディガーディ——

 両親をガニメデの戦乱で失った私にとって、レガートは親同然の存在だった。


 幼い頃に私を拾って育ててくれたし、私に銃の撃ち方を教えてくれたし、宇宙賞金稼ぎに入ったのもレガートの口利きだし、フィーネと引き合わせてくれたのもレガートだった。


 だけど、それらはあくまでも知識として知っているだけだ。


 私は、あまり昔の事を覚えていない。


 レガートの事も、覚えているのは宇宙賞金稼ぎになってからの事くらいで、それより前は霧がかかった様にぼんやりとしか思い出せない。


 どうやら、過去に強い衝撃があって記憶の殆どを欠落しているらしい。


 そのがなんなのかをレガートに聞いても、いずれ思い出すさと言って、何も教えてくれない。


「アリア、良く帰って来てくれた」


 事務所に戻ってからのレガートは、さっきまでの仕事モードの顔とは少し違って、なんとなく優しそうに見える。


「流石に今回はちょっとヤバかったわ」


「済まないな。梁都はりと氏はギルドにとって大事な顧客だから、下手なやつを送り込むわけにはいかなかったんだ……それよりアリア、体調の方はどうだ?」


「体調?まあまあ元気よ」


「それなら良いが、そろそろ薬が無くなる頃だろう。渡しておこう」


 レガートは小さなプラスチックの箱を渡してくれた。

 箱の中には、小さな錠剤がたくさん詰め込まれている。

 朝の食事後に一錠づつ、一日一回飲む事。

 今持ってる薬の箱は、カラカラと音が鳴って中の錠剤が少なくなっていた。

 そろそろ次のをレガートに貰わなきゃと思っていて、そのまますっかり忘れていた所だった。


「ねえ、レガート」


「何だ?」


「前から思ってだけど、この薬って何の薬なの?私どこか悪いの?」


「そうだな……アリア、お前は覚えていないとおもうが、記憶を無くす少し前に、俺と火星旅行に行ったんだ。その時に現地の火星蜂に刺されて、2、3日寝込んだことがある。幸い、熱は下がったんだが、副作用として記憶の一部が無くなる症状が起きてしまった。なに、医者せんせいは、いずれ記憶が戻るはずだと言っていたから、もう少しその薬を飲み続けていてくれないか」


 初めて聞いた。


 私の記憶が無いのを良いことに、取って付けた嘘を言ってるのはバレバレだ。


 でも、レガートの事は信用して良い……私の本能がそう感じているから、今は信じて従っておいてあげよう。


 記憶が戻ったらちゃんと説明してもらうけど。


「じゃ、地球旅行楽しんで来いよ」


「うん、じゃまたねレガート」


「ああ」


 賞金稼ぎギルドを出た私は、梁都はりと氏の宇宙船がある宇宙港に向かった。


「あれかな、ハーディガーディ号……て言うか、チャーター機にてもでかくない?」


 梁都はりと氏所有の宇宙船、ハーディガーディ号は、ちょっとした豪華客船並みのVIP船だった。


 中に入ると、アテンダントが飲み物とか新聞とかを渡してくれた。


 フィーネ達を探すと、バーカウンターのあるラウンジらしき場所にみんな揃っていた。

 て言うかバーカウンターのラウンジがあるって、贅沢すぎでしょ。

 ……リブレット号にも付けて欲しい。


 ラウンジに入るとフィーネの姿が目に入った。

 フィーネはカウンターの前に立って、微睡みながら、オレンジ色の飲み物を飲んでいた。

 ほんのり顔が赤くなっている。


「ねえ、この船凄すぎるよ」


「そうですわね……架音かのんさん、かなりのお嬢様だったのですね」


 お嬢様なフィーネからみてもそうなんだ。梁都はりとグループって何者なんだろう。


 フィーネの隣りでは、架音かのんさんがカウンターに体を預けてミルクの様な物をちびちび飲んでいる。


「そ、そんな事無いですよ。すごいのは父と母、それに兄なんです。私は……何もしてないんです」


「そんな事は無いわ」


 さっきまでバーテンと楽しそうに歓談している様子だった笙歌しょうかさんが、千鳥足でこちらに歩いてきた。


 笙歌しょうかさん、黄金色の麦酒の様な物を飲んでいて、かなり顔が赤い。


 笙歌しょうかさんは、グラスを手にしたままふらふらと歩み寄り、架音かのんさんの方に手を回して、顔を近づける。


「かのんしゃん、あなたも、たいしたものらわよ……らって、ひとりで地球をとびらして、アイドルとしてかつどうしてるんれしょ……とってもりっばよりっば……

あははっ」


 ……うーん、かなり酔ってるな、笙歌しょうかさん。


「し……笙歌しょうかさん近いです……」


 架音かのんさんは、肩に手を回して酒臭い息を吐く笙歌しょうかさんにどうして良いか分からず、苦笑いしている。


 笙歌しょうかさんって美人だし背が高いし普段クールなのに、酔うとこんなになるんだ。普段色々抑えているのかな。


 仕方ない、ここは私が助けに行くとしますか。


笙歌しょうかさん、飲み過ぎですよ……ほら架音かのんさん困っているでしょ」


「なにいっれるの……まらまらこれけらよ……もっと酒もっれきなさあい」


「もう、ダメですって笙歌しょうかさん、ほら、そろそろ部屋に戻りますよ」


「えー、まら飲み足りないー」


「ダメです。行きますよ、はい」


 私は無理やり、架音かのんさんの肩に回されていた笙歌しょうかさんの手を解いて、自分の肩に乗せる。


 架音かのんさんに軽くウインクして、そのままラウンジを出る。


 架音かのんさんは軽く微笑んでいた。

 て言うか、私まだ何も飲んで無いんだけど。


 せっかくだし、笙歌しょうかさんを部屋に届けたら、戻って私も飲もうかな。

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