Nr.23 終焉III——艦隊の壊滅——

「敵旗艦から再び電報ですわ!……時間ガ来タ。コレヨリ総攻撃ヲ開始スル……」


 フィーネの悲痛な声がブリッジに響く。

 私達にはもう、祈る事しか出来ない。


 ブリッジに設置された大型ディスプレイに映し出された敵艦隊を見る。

 戦艦の砲塔がレーザーの光を溜め込んで青く輝く光りを帯びている。


 もうすぐ、全艦隊の砲塔から一斉に放たれるレーザーの光がこのリブレット号と私達を焼き尽くす事になる。


 ああ、こんな事なら、稼いだお金でもっと美味しい物食べておくんだったな……火星のタコライスとか土星のドーナツとか、エンケラドゥス焼きとか……


 なんて、人生の最期だというのにどうでも良い事をつい考えてしまっていたけど、そんな事にはお構いなしに次の瞬間、眩い光が視界を覆った。


 艦隊から放たれたレーザーの光が眩しい。

 死を覚悟して、そっと目を閉じる。

 目を閉じても尚眩い光は、やがて消えた。

 少し経っても何も起きた気配がない。

 ……目を開けると、まだ生きていた。


「間に合った様じゃ」


 スピーカーから架音かのんさんの声が聞こえてきた。


 ディスプレイには、架音かのんさんが映っている。


 いや、見た目は架音かのんさんだけど、今の彼女は、中身は戈音かのん様だ。


 戈音かのん様はリブレット号の正面、宇宙空間に浮かんでいた。


 戈音かのん様は、普通に宇宙空間に浮かんでた。


「げ、幻覚かな……戈音かのん様が、宇宙空間に、宇宙服も無しに……それともここはもうあの世なのかな」


「やれやれ……まだあの世には言っておらぬわ……」


 そう……なんだ。


 敵の攻撃は?

 敵艦のレーザーは確かに発射されていた。 それなのに、このリブレット号は傷一つついていない。


 フィーネは冷や汗を浮かべながら振り返って言った。


「アリアさん、戈音かのん様が……戈音かのん様が、あのレーザーを全て吸収してしまいましたわ」


「吸収?……吸い取ったの?」


「ええ。この目で見てましたから、間違いありませんわ……」


「どうなってるの……」


「わかりませんわ……」


 ディスプレイの向こうにいる戈音かのん様は満足そうに笑みを浮かべている。


「さて、このレーザー、お主らにお返ししてやるとするかの」


 次の瞬間、戈音かのん様は腕を大きく左右に振った。


 戈音かのん様の体から光が溢れる。

 次の瞬間、激しい光と轟音がリブレット号を襲った。


 リブレット号は衝撃で大きく揺れる。

 揺れる艦内で姿勢を崩して、私は慌ててフィーネの椅子にしがみついた。

 フィーネは私を見上げ、レーダーを手で示した。


「アリアさん、これ見て下さい」


「今度はどうしたの?」

 

 レーダーはリブレット号の周りは敵戦艦を示す点でびっしりと埋め尽くされている。


 だけどリブレット号から斜めに伸びた放射線上のエリアは、点が綺麗に消えていた。


「ここには、先ほどまで確かに敵艦がありました……でも、今のレーザーで、消えてしまいましたわ」


「嘘でしょ……」


「嘘ではなさそうですわ……敵艦隊の4分の1程が消えました……」


 戈音かのん様は、あの一瞬で敵艦隊を破壊したらしい。


 力を取り戻した戈音かのん様の実力は、私が思ってる以上だった。


「ふふ……この程度で驚いてくれるとは、嬉しいのう。じゃが、本番はこれからじゃぞ」


 戈音かのん様は嬉しそうにそう言うと、パチンと指を鳴らした。


 ……それだけだった。


 たった、それだけの動きで、次の瞬間、再び激しい光と衝撃が襲って来た。


 激しい光に思わず目を閉じて、衝撃に耐えるために再びフィーネの椅子にしがみついた。

 やがて、衝撃と光が収まって、私は目を開けた。


 目の前のディスプレイに映る宇宙空間には、ポツンと戈音かのん様が映し出されていた。


 あたりには鋼鉄の屑が大量に浮かんでいた。


 敵艦隊の姿は、綺麗に無くなっていた。


 慌ててレーダーを見ると、敵艦隊を示す点が全て、きれいに無くなっていた。


 あ……あの数の戦艦を全部破壊したって言うの?


「敵艦隊……全滅……ですわ」


「そんな事って……」


「わたくしも信じられませんわ……でも……」


「この目で見てしまった以上、信じるしかなさそうね」


「ええ……」


 ちょっと、想像を超えた状態に放心して棒立ちになっていた。


「なんて力なの……戈音かのん様……それに、ノヴァ・スフィア……」


「敵でなくても良かったですわね……」


「そだね……」


 戈音かのん様はいつの間にか、宇宙空間からリブレット号の艦内に戻って来ていた。


「戻ったぞよ。良い運動リハビリになったわい」


「あれで、リハビリ……宇宙マフィアの一つを壊滅させたのよ」


「そうじゃったかの?最近の若いもんはまだまだじゃの。そうじゃ、あの石はエンジンルームに戻しておいたぞ。あの石が無いとこの船が走れないんじゃろ」


「そ、そうですわ……ですが、返してもらっても良かったのですか?戈音かのん様にとっても、ノヴァ・スフィアは大切な物なのでしょう?」


「なに、気にするでない。コレは所詮、我のカケラの一部に過ぎん。それに、我の寿命を其方らと一緒にされては困るぞ。依代となる人間が死んでも、新たな依代に移り変わりながら生きて行ける我の時間からしたら、お主らの時間などほんの僅かに過ぎんのじゃからの」


「分かりましたわ……それでは、このノヴァ・スフィアはいつか戈音かのん様にお返しする様に手配いたしますわ。それまでは、わたくし達が大事に使わせて頂きます」


「そうするが良い。まあ、良ければお主が死んだ時に石の所有権を我の依代となっているこの娘に譲渡する様に手配して置いてくれると、取りに行かなくて済むから助かるがの」


「わ……分かりましたわ……」


「さて、我は長居しすぎた……久しぶりに力を使ったせいか、少し疲れたみたいじゃ……そろそろ眠りにつかせてもらうぞ」


「ありがとうございます……戈音かのん様」


「あ、私からも礼を言わせて。助けてくれてありがとう」


「あ、あの、どなたかは存じませんが、私からも礼を言わせて下さい」


 フィーネに続いて私と笙歌しょうかさんが深々と頭を下げる。


 顔を上げた時には、架音かのん様は既に、床に大の字になってスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てていた……寝るの早っ。


 架音かのんさんが目を覚ましたのは、それから数時間後の事だった。


「あ、あれ、あたし……なんで寝てたの……はっ!宇宙マフィアの船は?」


 目を覚ました架音かのんさんは、戈音かのん様の時の事を全く覚えていない様だった。


 架音かのんさんには、宇宙警察の応援が駆け付けてくれて、敵の艦隊は撤退していったと適当に嘘をついた。


 いつかは知る事になるかもしれないけど、自分の力でマフィアの一組織を壊滅させてしまったなんて、覚えてないなら、今は知らないでいた方が良いんじゃないかな……。


「そうですか……でも皆さん無事で良かったです」


 何はともあれ、私達は何とか窮地を脱する事ができた。

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