Nr.21 終焉I——ワープ可能宙域——

 ディソナンスの操縦席は、私と架音かのんさんに加えて、笙歌しょうかさんも乗り込んだ事でぎゅうぎゅう詰めになっていた。


 架音かのんさんの補助席は、笙歌しょうかさんを見て乗せるために収納されている。


 今私の後ろは架音かのんさんと笙歌しょうかさんが無理な体制でなんとか姿勢を維持いている。私の席もギリギリまで前に動かしているので、私も体を自由に動かせない。


 とは言っても、ディソナンスは先ほどのヒュドラリウスとの戦いで満身創痍になっていた。

 パルスレーザーのエネルギーも切れて、まともに敵と交戦する力は残っていない。


「申し訳ないです。私まで乗せて頂いて」


「いえいえ、こちらこそ2回も助けて頂いたんですから、命の恩人です。それに地球なら行き先は一緒ですから、一人増えても全然問題無いですから」


 笙歌しょうかさんさんは最初、天狗と言うのは他人と馴れ合ってはいけないから自力で帰ると頑なにに断ってきたけど、私が一緒に行こうと無理言って同行してもらう事にした。

 テングの掟なんて、私ら宇宙賞金稼ぎにはどうでも良いの。


 と言うわけで、私達三人を乗せたディソナンスは脇目も振らずにリブレット号に向かって飛んでいる。


「アリアさん、あれ!」


「どれ?」


 架音かのんさんが無理な体勢のまま腕を伸ばして指し示した方を見ると、森の中に隠れる様にして停泊している宇宙船の姿があった。


「リブレット号!、やっと戻って来れたんだ」


「あれが、リブレット号……」


 リブレット号に辿り着き、私達はようやく、窮屈な操縦席から解放された。

 操縦席の外に出るなり、思いっきり伸びをする私達三人。

 背筋が伸びて気持ち良い。


 ディソナンスは格納庫のアームに固定されて、ぐったりと項垂れている様に見える。

 お疲れ、ディソナンス。あなたもゆっくり休んで。


「アリアさんっ!」


 フィーネがの声が聞こえる。

 フィーネは私の手前ギリギリ、思わずぶつかるんじゃないかってくらいの所まで全力で走ってきた。


「フィーネ!危ないって」


 思わず抱きつく様にしてフィーネを支える。

 いつも綺麗に整っているフィーネの髪は乱れに乱れていて、髪が私の頬を撫でる様に舞っている。


「はあ……はあ……よ、良かったですわ……ほんと、アリアさん……ほんとに……ほんとに心配しましたのよ……」


 フィーネはまだ肩で荒く息をしている。

 

「心配かけてごめんね……ただいまフィーネ」


「おかえりなさい、アリアさん」


 フィーネは乱れた髪を手櫛で整えて、改めて架音かのんさんと笙歌しょうかさんの姿を見ると、軽く微笑みを浮かべた。


「それに、ようこそいらっしいました。架音かのんさん、笙歌しょうかさん」

「あ、はい、架音かのんです。あの、色々ご迷惑をお掛けしました」


「私まで便乗して申し訳ない」


「お二人とも、歓迎いたしますわ。さ、挨拶はこれくらいにして、さっさと出発しますわね。架音かのんさんをお兄さんの元に返してあげないと、心配してますわ」


「じゃあ、出発だね。フィーネ、あともう少し、運転よろしくね」


「おまかせ下さいですわ、さ、皆さん、ブリッジに移動しましょう」


 フィーネは腕まくりをして先を歩いて行く。

 私達も、フィーネに続いてブリッジに向かった。


 そこからの航路は順調に進んで、ベルカント上空を超えてあっという間に宇宙に出ることが出来た。


「ワープが可能な座標まで、もう少しですわ……報酬の温泉も、もう少しですわっ」


 ふと、私はなんとなく思い浮かんだ疑問をフィーネに聞いてみた。


「ねえ、フィーネ」


「なんですの?」


「どうしてすぐにワープしちゃいけないの?なんか、さっさとしちゃえばって思うんだけど」


「それには二つの理由がありますわ。まず一つは、ワープは移動する対象の大きさと距離が大きくて遠くに行くほど、誤差が大きくなるのですの」


「誤差……ってどのくらい?」


「分かりませんわ。わからないからこそ、なるべく周り一体に何もない空間でワープする必要がありますの。もし誤差の範囲が予想よりも広いと、ワープした先がどこかの惑星の地面の中なんて事になるかもしませんわ」


「そんな事に……」


「最悪なのは、時空の狭間に漂って出られなくなる事ですわ。永遠に幽霊船になってしまいますの」


「それは嫌ね」


「ワープ可能宙域なら、宇宙転移ワープ機構が安全を保証している場所なんですの。そこからなら、超長距離のワープだって安全が確立されてますの。艦隊単位だってワープ出来る保証がありますわ」


「なるほどね。で、もう一つの理由って?」

「ワープの時には大量のエネルギーを消費しますの。そのエネルギーはレーダーに探知されやすいのですわ。マフィアさん達のアジトの近くからワープすると、見つかってしまいますの。追いかけて来られても迷惑ですから、なるべく離れた所からワープするに限りますわ」


「なるほどね。じゃあ早くワープ可能宙域に行きたいね」


「そうですわね。正直言って、いきなり地球までワープしたいところですが、一旦は宇宙賞金稼ぎギルドのテリトリーに逃げ込んで安全を確保しておきたいですわね」


「大丈夫よ。ここまできたら、もう終わったも同然じゃない。温泉は逃げないよ」


「そうですわね……ふふ、温泉、早く入りたいですわ……」


 フィーネはよほど温泉が待ち遠しくてたまらないらしく、ずっとそわそわとレーダーでリブレット号の座標を何度も確認している。


 順調にリブレット号は目的のワープ可能な座標まで近づいている。


 突然、フィーネの顔が曇りを帯びた。 怪 訝そうな表情でレーダーを見つめる。


「どうしたの?」


「そんな……ありえないですわ……」


 私は思わずフィーネに駆け寄った。

 フィーネの操縦席のディスプレイを見ると、リブレット号のすぐ前にはワープ可能宙域が広がっている。


 そのワープ可能宙域に、レーダーに赤い点が次々と灯っている。


「この点は?」


「戦艦ですわ……その点、一つ一つが」


「せ、戦艦?」


「ええ、物凄い数の戦艦が、次々にワープしてきていますわ……」


 私は、さっきのフィーネの説明を思いだした。

 ワープ可能宙域なら、戦艦の、艦隊だって、ワープ可能ですわ。


「艦隊がここに……識別信号は?」


「この信号は、間違いなく、ゼフィローソ一家の物ですわ……」


「そんな……」


 ベルカントを支配している宇宙マフィアのゼフィローソ一家。

 そのマフィアが艦隊をここに送り込んだ。

 狙いは……言うまでもないだろう。このリブレット号だ。


「ぜったい……ぜつめい……ですわ……」


 私達はその場に凍り付くように立ち尽くしていた。

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