Nr.20 戦闘II ——ヒュドラリウス——

 ヴァイターが駆る漆黒の機体、ヒュドラリウスは派手な重低音を響かせながらバーニアを噴射させた。

 機体が空に浮かんだと思ったら、すごい速さで空を切り、あっという間に私の乗るディソナンスのすぐ側まで飛んできた。


「ちょっと動き早すぎじゃない?あれ。」

「ええ。それに、見たことがない機体ですわ……あちらも極秘裏に開発していたようですわね」


 ええっ、なんでたかがマフィアが最新ロボを開発してるのよ。

 まあ……うちらも人のことはいえないけど。


 それにしても、私の得意分野である遠隔射撃のパルスレーザーが防がれたのは痛い。

 私は接近戦は苦手なのだ。

 

 ヒュドラリウスの目が怪しく光る……と思った矢先、レーザーで出来た剣を取り出して、おもむろに切り掛かって来た。


 私は慌てて回避のイメージを浮かべる。

 ディソナンスは、私のイメージを正確に反映して回避行動を取る。

 

 続けざまに切り掛かってくるヒュドラリウス。

 レーザーの剣を避けながら、隙を見てこちらからもパルスレーザーを撃ち込む。

 パルスレーザーを避けたヒュドラリウスは、一旦こちらから距離を取る。


 なんとか、一呼吸する余裕が生まれた。

 とはいえ、まだこちらが不利なのは変わらない。


 ヒュドラリウスの動きは、明らかに場慣れしたパイロットの動きだった。

 なにあのプロデューサー……プロの殺し屋か元軍人か何かなの?

 対してこちらは、さっき操作を覚えたばかり。

 ディソナンスの性能に助けられてなんとか攻撃を躱す事はできているけど、このままでは負けてしまう。


「ね、ねえフィーネ、何か防御の手段は無いの?」


 慌ててフィーネに助けを求める。


「え?ああ、伝え忘れてましたわ……アリアさん、シールドがありますわ」


「忘れないでよっ!……て、シールドって?」


「ええと、さっき、敵さんの機体がこちらのレーザーを防いだではないですか、あれですわ」


「ああ、あのロボを包んでいた球体ね。どうやって使うの?」


「それもイメージすれば使えますわ!」


 と言っても何をどうイメージするのが正解なんだろう。

 ……でも、あまり考えている時間はない。

 物は試しで、さっきヒュドラリウスの周りに出て来たやつをなんとなく思い浮かべてみた。


 すると、切り掛かって来たヒュドラリウスが、目の前で何か見えない壁に阻まれて跳ね返されたように見えた。

 どうやら、無事にシールドが出せたみたい。

 

「さすがですわ!アリアさん、シールドの展開もすぐ物にするなんて、やはり才能ありますわ」


「そう?」


 操縦席のすぐ目の前に浮かんでいるサブディスプレイに目を移すと、絵と文字が細かく表示されている。

 ここには、このディソナンスの状態示されているみたい。


 機体の周りをぐるっと取り囲む様に丸い輪っかが表示されていて、おそらくこれがシールドだと思う。

 その下に棒状のゲージが表示されている。

 ゲージは満タンから少しずつ減っていて、今はだいたい、9割を切ったあたりにある。

 このゲージはもしかして……


「それは、シールドの持続時間ですわ。そのシールドはエネルギーの消費が激しいんですの。アリアさん、無くなるとシールドが消滅してしまいますわ。それまでにあのヒュドラリウスをすしかありませんわ」


「無茶言うよね……こっちの攻撃は簡単に弾き返されちゃったんだよ」


「確かに、でもパルスレーザーが通じないのでしたら、物理兵器なら通用するかもしれませんわ」


「物理兵器?」


「ロケット方とかミサイルとかですわ」


「じゃあそれで行こう」


「……ありませんわ」


「え?」


「ですから、物理兵器なんてそんな物、ディソナンスには搭載してませんわ」


「な、なんでよ」


「だって、かっこ悪いんですもの……レーザーの方がスマートですわ」


「格好で搭載兵器を決めないでお願い」


「向こうだって、シールドの使用にはエネルギーを消費しているはずですわ。シールドさえなくなれば、パルスレーザーも効くはずですわ。アリアさん、なんとか相手のシールドを消耗させてくださいですわ」


「どうやって?」


「こちらにも、レーザーソードがありますわ。レーザーソードの方が威力が大きいんですの。その分シールドの消費も多くなりますわ。接近戦で、相手のシールドを削って行くしかありませんわ」


「苦手なんだって」


 私は渋々、パルスレーザー背中に格納してレーザーソードとやらを出すイメージを浮かべた。

 ディソナンスの右手首から先が体内に引っ込み、代わりにレーザーの剣が出てきた。

 

 こうなりゃ、やるしかない。

 こっちのシールドが減るのが先か、向こうのシールドが減るのが先か……

 理論上は向こうのシールドの方がダメージを受けている分、消耗しているはず。

 シールドさえなくなれば、私の射撃は外す事は無い。勝てる見込みは十分にある。

 だからお願い、ディソナンス、それまで接近戦を耐えて。

 

 レーザーソードを振りかぶってヒュドラリウスに突撃するイメージを浮かべた。

 ディソナンスは私のイメージ通りにヒュドラリウスに突撃をかける。

 ヒュドラリウスも受けて立つつもりらしく、剣を構え直している。

 

 空中でレーザーの剣と剣が激しくぶつかり合った。


 ヒュドラリウスの剣捌きはものすごく早くて正確で、私のイメージでは追いつかない。

 けれどディソナンスは私のイメージする動きを補完する様にさらに高速で動いてくれる。

 おかげでなんとか互角に撃ち合う事ができている。

 

 だけど私とディソナンスの動きを先読みしてヒュドラリウスはフェイントを仕掛ける。

 それにつられて振り下ろした剣が空を切る。

 しまった!と思った時には、ヒュドラリウスの剣が既にこちらに向かって伸びてきていた。

 ヒュドラリウスの剣がシールドに弾かれ、反動で後ろに下がる。

 危ないところだった……

 

 でも、おかげでシールドのエネルギーが、ごっそりと減ってしまった。

 ヒュドラリウスの方のシールドはあとどのくらい残っているんだろう。

 

 その後も何度かヒュドラリウスの攻撃をシールドで防いでいた為に、ついにこちらのシールド残量がほぼ底を突いてしまった。

 あと一回、攻撃を受けるとこっちはシールドが消滅する。

 対してこちらは、ヒュドラリウスのシールドを消耗させる事は、全くできていない。

 

「まずい……かも……」


 汗が額から頬に流れて堕ちる。

 けれど拭う暇はない。

 

 ヒュドラリウスからの通信を示すランプが灯った。

 ヴァイターの声がコックピットに響き渡る。


「どうです、そろそろ降参しませんか?そちらの方は手詰まりでしょう。おそらくもう、シールドの耐久は限界のはずですよ。もう諦めたらどうです?」


 ヴァイターの嘲る様な言い方に、私は軽くイラッときた。

 

「は?舐めないでよね。誰が降参するもんですか」


「やれやれ、聞き分けがないのも、困りものですね。でも、もう私も後がありません。正体を知られた以上、芸能界でプロデューサーを続けて行くことはできないですし、あなた方を逃したら組織からも消されてしまいます。こちらももう、後がないんですよ。せめてあなたの屍でも手土産に持って帰らなければ、私もこの先生きていけない物で。と言うわけで、ここで死んでもらいます」


「ええい、あんたなんかに殺されてたまるかっ!」


 迂闊だった。

 

 思わずヴァイターの挑発に乗って大振りで剣を振り下ろした私の攻撃はあっさりと躱された。


「しまっ……!」


 ヒュドラリウスの目が赤く光り、剣が振り下ろされる。

 ディソナンスのシールドが掻き消えるように消滅した。

 

 まずい……もう身を守るものがない。

 動揺したのは一瞬で、慌てて気持ちを切り替えて逃げるようにイメージで指示を出した。

 けど、遅かった。

 

 ヒュドラリウスの剣がディソナンスに迫る。

 ディソナンスの右腕が焼ける。

 右腕はレーザーソードごと切断されて吹き飛ばれていった。


 続け様にヒュドラリウスの剣戟が繰り出される。

 その攻撃は、なんとか退いて躱す事ができた。


 だけど、躊躇っていたら直ぐに追撃してくるだろう。


 左腕で背中のパルスレーザーを抜き、闇雲に撃つ。

 片腕で撃ったレーザーは照準がブレて、当たりはしなかった。

 でも、ヒュドラリウスは追撃の手を緩めて後方に間を広げた。

 

 ……なんとか、ギリギリの所で助かった。


 とは言っても、状況は悪くなる一方だった。

 

 攻撃の手段を失って、こちらは最早、手も足も出ない。

 対して、ヒュドラリウスはまだ無傷で、シールドも消えていない。


 このままでは嬲り殺しにされかねない。

 

 素直に逃してくれそうな雰囲気ではないし、もし投降したとしても、良くて一生ベルカントに監禁されるだけだろう。

 

 なんて考えていると、ヒュドラリウスはついにこちらに向かって突撃してきた。


 おそらく、この攻撃で決めるつもりだろう。


 こうなったらもう、やぶれかぶれでこちらも特攻を掛けて、潔く死ぬしかない……か。

 

 そう思った時だった。

 

 突然、目の前が激しい光と轟音と衝撃に包まれた。

 

 何があったのか分からない。

 目の前で何かが爆発した……そんな感じだった。

 

 目を覆う光が徐々に消えると、目の前にはシールドを失って煤だらけになったヒュドラリウスの姿がそこにあった。

 ヒュドラリウスは動転しているのか、動きが止まっていた。

 

 今しか……ない!

 

 左手で構えたパルスレーザーの照準を、ヒュドラリウスのコックピットに向けると、勢いよく引き金を引いた。


 至近距離で放たれたパルスレーザーは、ヒュドラリウスに直撃し、そして貫通した。

 

 ヒュドラリウスの目が光を失い、その漆黒の機体は派手に黒煙を上げながら落ちていき、そして地面に叩きつけられ、爆発した。


 それがヒュドラリウスとヴァイターの最期だった。

 

「た……助かった……」

「勝った……んですね」


 振り返ると、補助席に座っている架音かのんさんが、ほっと胸を撫で下ろしている。


「そうみたい。何で助かったのかは、わからないけど……」

 

 一息ついた私は、何が起きたのかを確かめるべく、辺りに視線を漂わせた。

 

 そして、理解した。

 少し離れた場所の地上に、ロケット砲を構えた女性が立っていた。


 女性は私の視線に気がついて、ロケット砲を肩から降ろして親指を立てている。


 天狗一族の女性、笙歌しょうかさん。

 

 良かった。

 笙歌しょうかさん、建物から無事に逃げれたんだ。


 それに、助けてくれたんだ。

 

 私のイメージ通りに、ディソナンスは笙歌しょうかさんに向かって親指を立てた。

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