Nr.13 貪婪—プロデューサー—

「こんにちは、架音かのんさん、お兄さんに頼まれてあなたを助けにきたの」


「お兄ちゃんに?」


 その瞬間、架音かのんさんの表情が、はっきり分かるくらいにぱっと明るくなった。


「良かったー。プロデューサーさんに新しい仕事だよって言われて来たのは良いけど、ここ出られなく困ってたんだ」


 架音かのんさんはあまり困った風でもなく、軽く言う。大丈夫かな……まだ事態をあまり理解できてないのかも。


「プロデューサーさんに……?」


「うん。とりあえずこの部屋で待っててって言われてもう1週間ここにいるんだけど……なんか外に出してもらえなくて。まあ、この部屋ホテルみたいに広くて綺麗だし一通り揃ってて欲しいものは電話すれば届けてくれるし、食事は美味しいしテレビも見れるから、快適には過ごしてるけど」


「マジ……架音かのんさん、あなたは拐われてこの部屋に閉じ込められてるのよ。ここはね……」


「おっと、これは失礼」


 私の話を遮る様に後ろから男の声がした。

 しまった!私としたことが……私は慌てて振り返ると、いつの間にかドアの前に黒服の男がいた。


 男は他の黒服より高価そうなオーダーメイドのスーツにオールバックの髪、そしてスポーツ選手がかける様なデザインサングラスをしている。


「あ、プロデューサーさん」


 架音かのんさんの無邪気な声で、この男が架音かのんの芸能事務所の人だと分かった。


「まさか、あなたが架音かのんさんを拐った犯人なの?」


 私はプロデューサーの男を警戒しながら

架音かのんさんを私の背中に隠す様に立ち位置を変える。


「え?……どう言う事……」


 架音かのんさんは一転して怯える様な声に変わっている。事態が飲み込めて来たのかも知れない。


「やれやれ、拐ったなんて人聞きが悪いですね……でもまあ、その通りです」


「ど、どう言う事なんですか!なんでそんな事……ここは一体……」


 架音かのんさんはややパニック気味に叫ぶ。

 男はサングラス越しで表情が見えないが、声色は全く変わらず落ち着いている。


架音かのんさん、いや架音かのん、あなたにはココで働いてもらいます。逃げられては困ります。大人しくしていてくれると助かるのですが」


 プロデューサーは、嫌いな野菜を食べるのを嫌がる子供に渋々言い聞かせる父親のようにあっけらかんとしている。


 ……なんて奴なの、人としてありえない。

「ふざけないで!あなたがここまで架音かのんさんをはるばる地球からこの星に連れできたんでしょう。架音かのんさんは、あんたに騙されてきたって言うの?」


「騙したなんて人聞きが悪いですね。才能あるのは本当ですよ。あなたの歌には、木星の人を惹きつける不思議な魅力がある。なぜ地球人のあなたの声が木星人の琴線に響くのかはわからないですが。アイドルとしてスカウトしたのはちゃんとあなたの実力を認めたからですよ。うちはれっきとした芸能事務所ですからね。それにわざわざ人身売買の為だけに宇宙の外れの地球まで行くほど私は暇ではないのですよ」


「それなのに、なんで……自分の担当アイドルを人身売買するなんて、どうかしてる。」


「私は芸能事務所のプロデューサーですが、この組織の一員でもありましてね……組織から、誰か良い娘を送り込んでくれと頼まれたら、断るわけには行かないのですよ。ベルカントの嬢が足らなくて仕方なく、育てていた事務所のアイドルを売らなくてはならなくなって私もそれなりに辛いんですよ」


「あんたの事情なんて知るものですか。架音かのんさんは連れて行くわ……力ずくでも……ね」


 私は架音かのんさんの手を繋いだ。目の前のプロデューサーの実力は分からないけと、逃げるにはこの男を倒して進むしかない。


「おっと、そうはいきません……架音かのんもあなたも、この部屋から一歩も出ることはできません……では」


「はあ?ちょ……」


 プロデューサーは言いたい事だけ言い終わるとすごい素早い動きで廊下に出る。そして部屋のドアを閉めてしまった。

 プロデューサーに入り口の側に陣取られていた私たちは逃げる余裕がなく、部屋に閉じ込められてしまった。


「くっ……逃げ足の速い奴ね……」


「あの……私たちどうなるんでしょう」


「安心して、こんな部屋くらい、簡単に抜け出せるわ」


 見た感じ、私が割り振られた個室よりは大きな部屋だけど、壁やドアの作りは同じに見える。

 なら、私の部屋を出た時と同じ要領でフィーネに頼んで開けてもらおう。

 

 敵にバレた以上、もう大人しくしている理由はない。

 部屋を出たらさっさと見回りの警備から武器を奪ってこの建物を破壊してでも外に出る。


「フィーネ、聞こえる?このドアを開けて欲しいんだけど」


 私は通信機からフィーネに話しかける。


 ……でもなぜかフィーネからの反応がない。

 あれ……


 すると、閉じたドアの向こう側からプロデューサーの声が聞こえてきた。まだいたのかこの男は……


「ふははは、通信機を使えないようだな。その部屋の壁には特殊な建材が使われているのだ。通信機を使う事はもちろん、ピッキングも対策されているし、壁はミサイルでも破壊する事はできないのだ。お前たちは逃げる事はできないぞ。残念だったな。ははははは」


 男の笑い声が遠のいて行く。どうやら言いたいことだけ言って去っていったようだ。

 とは言え困ったな……この部屋から出る事が出来なくなった。


 ……どうしよう。

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