Nr.12 探索—リゴレット—

 ホテルのような個室に案内された。

 部屋は広くて居心地は悪くないけど、私の目的は架音かのんさんを探す事だから、この部屋でじっとしている訳には行かない。

 と言うわけで部屋を抜け出して架音かのんさんを探しに行こうとしたんだけど、ドアが開かなくて、この部屋の中から出られない。

 一応、案内してくれたおっさんには部屋の外に出たい時はインターホンで呼ぶようにと言われたけど、そうしたら私が部屋の外にいる事がバレてしまう……


 うーんどうしよう。

 そうだ、こんな時はフィーネにお願いしよう。フィーネはああ見えてやたらとハッキング能力高いんだよね。

 と言ってもこの部屋の中が監視されていないと言う保証はないから、まだ通信機を使うのは控えておいた方がいいんだろうな。


 こう言う時には私の得意技の一つを披露するしかない。通信機のスイッチはオンになっているはずだから、フィーネが分かってくれる事を祈って……私は通信機を指で叩いてモールス信号を送ってみた。

 すると、目の前の扉のロックが外れる音がした。

 さすがフィーネ。私の言いたいことを分かってくれて、しかもこの施設にハッキングしてドアを開いてくれた。フィーネ出来る子だね。


 私はそっと部屋を抜け出して、架音かのんさんを探しに出掛けた。


 この建物はここで働く嬢たちの寮になっていると聞いているから、まずはこの建物をしらみ潰しに探していくのが手っ取り早いと思う。

 廊下は高級ホテルのように真っ白で明るくて間接照明も着いていて綺麗な作りだけど、窓には白く塗装した鉄柵が嵌め込まれていた。

 て事は、おそらく外に出る扉には施錠がされているだろう。中に入ったら最後、簡単に外に出してはくれないのは間違いなさそう。

 廊下は思ったより広く、部屋もたくさんある。この部屋のどこに架音かのんさんがいるかを調べるにはどうしたらいいのか……いきなり手詰まり。参ったな。


 私は廊下全体を見回して、監視カメラらしき物がない事を確認した。そして、胸のポケットに入れていた通信機を取り出して耳に嵌めた。絶対に無いとは言い切れないけど、部屋の中よりはリスクは少ないと思う。それにこのまましらみ潰しに一部屋ずつ探している時間は無い。


「フィーネ、聞こえる?」


 出来るだけ小さな声で、通信機を使ってフィーネに話しかけた。


「アリアさん、ばっちりですわ」


 通信機から待っていましたと言わんばかりに楽しそうなフィーネの声が聞こえる。


「部屋がたくさんで、この中のどこに架音かのんさんがいるのか分からないんだけど、なんとかならない?」


 我ながら無茶振りしてるなと思うけど、フィーネはさして困惑する様子もなく、すぐに応えてくれた。


「ちょっと待って頂きたいですわ……今、ベルカントの施設データをハッキングしていますの……あ、これですわね。それぞれの部屋の割り当てデータが出て来ましたわ……」


 早っ!

 フィーネはやっぱり頼りになる。


「アリアさん、ありましたわ。!架音かのんさんの部屋、分かりましたわ」


「なんでそんなに早く分かるの……だったら前もって調べて置いてくれれば良かったのに」


「それは無理ですわ。ベルカントのセキュリティはクローズドですの。外からではハッキングできない仕様なのですわ。今ハッキング出来ているのは、アリアさんが中にいるからなのですわ。アリアさんがベルカントに招かれた時に割り当てられたIDをその通信機に搭載されているマイクロコンピュータが解析して、暗号の解除キーを分析したのですわ。そして、通信機からの逆侵入で施設の端末にアクセスして……」


「あー、ごめんよく分からない。兎に角フィーネが凄いって事だけはわかった」

 

「まだ説明は途中ですのよ……まあ良いですわ。架音かのんさんがいる場所を今から案内しますわね」


「うん、お願い」


「ではアリアさん、そのまま真っ直ぐ進んで下さいですわ。そして突き当たりのエレベーターで一階上に上がって、出たら左手に進んで二つ目の通路を右に……」


「あー待って、一つづつお願い!」


「もう、手が掛かりますわね。では、とりあえずそのまま真っ直ぐ進んで下さいですわ」

「はーい」


 私はフィーネに言われるがまま、ベルカントの寮の中を走り回った。

 思ったよりこの寮、大きな施設だったのね。

 走っても走っても、廊下と部屋が延々と続いている。

 フィーネの指示がなければ、何日掛かってたか分からない広さだった。


 延々とフィーネに言われるまま進んだり曲がったりを繰り返して暫く経った頃、フィーネの指示が一つの個室の前で終わりを告げる。


「アリアさん、その部屋ですわ。ロックは解除しておきましたので、そのまま入って下さい。あ、でも驚かせないようにして頂きたいですわ」


「分かってる」


 ドアに触れると、プシュッと音がしてドアが開いた。


 私はそっと静かに中に入る。

 私の個室と同じ作りならドアの向こうは風除室で、その先にテーブルやベッドがある作りになっていると思う。


架音かのんさん、入りますよー」


 出来るだけ穏やかな声色で、敵意がない事を示しながら風除室の扉を開けた。


 部屋の中には、1人の女の子がベッドに腰掛けていた。


「こんにちは。架音かのんさん、で良いのかな?」


 女の子は、着ている服はベルカントの嬢らしい派手なドレスだったけど、見た目ハイスクールの女生徒のようなまだ幼さを残した感じがした。


「そうですけど……あなたは?」


 身長は140センチより少し上くらいの、艶のある萌葱もえぎ色の長い髪を後ろでポニーテールにした、璃寛茶りかんちゃ色の瞳をした女の子だった。


 女の子は体をこわばらせ、訝しむ目で私を見ている。


「驚かせてごめんね。私の名はアリア。怪しいものじゃないから安心して。架音かのんさん、私はお兄さんに頼まれて、あなたを助けに来たの」


「お兄ちゃんに?」


 その瞬間、架音かのんさんの表情が、はっきり分かるくらいにぱっと明るくなった。

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