Nr.10 夜蝶—アルコ—

 街外れにある人気のない森の中。

 ここが、ボスの手配したエージェントとの待ち合わせ場所になっていた。

 

 先に待ち合わせ場所に着いた私の他にはまだ誰もいない。

 夜の闇に支配された暗い森の中にいるのは私一人だけで、周りには人の姿はみあたらない。

 

 今のうちに、フィーネに貰った通信機を試しておく事にした。


「あー、聞こえる?フィーネ」

「ばっちりですわ。」


 フィーネはリフレット号の中から、私のサポートをしてくれる手筈になっている。

 リブレット号は現在、目立たない様に街から離れた場所で待機中だ。

 

「アリアさん、レーダーに反応がありますわ。アリアさんの方に向かって高速で移動する物体がありますわ。おそらくエージェントの車ですわね」


「そっか、ありがとフィーネ。じゃ通信テスト終わるね」


「気をつけてくださいですわ」


 通信機を耳から外して胸元に隠した。

 ここからは暫く私一人でやらなければいけない。

 遠くの方から低いエンジンの音が聞こえてくる。

 エンジンの音はだんだん大きくなってきて、やがて黒塗りのセダンが視界に入ってきた。

 

 セダンが私の前に止まると、後部座席のドアが開いた。


「アリアさんですね。ボスから伺っています。お乗りください」


 運転席のスーツとサングラスの男に言われ、私は無言で頷いて車に乗り込んだ。

 

 ドアが自動で閉まり、車は静かに発進した。


「アリアさん、わかっているとは思いますが、一応説明させて頂きます。あなたは今、から〝アリア〟ではなく〝アルコ〟さんと名乗って下さい。私はベルカントに嬢を送り込むエージェントの一人です。あなたはカリストの伯爵令嬢でしたが戦争から逃れてこのエウロパに流れ付き、生活に困って体を売ることになった……という筋書きです。それで問題ないですね」


「ええ。そうね」


 ボスの手配で、私は娼館に売られる哀れな小娘という設定と、アルコという源氏名が出来ていた。



「アルコさん、あなたはこれからベルカントに売られていくのです。私が付いていけるのはベルカントの入り口まで。その先はあなた自身で何とかするしかありません。ベルカントに一度入ると、簡単に出る事はかないません。本当に構いませんか」


「大丈夫よ。このまま向かって」


「わかりました」


 エージェントの車は森の中から出るハイウェイに乗った。

 ハイウェイを暫く走ると、やがてゼフィローソ一家が支配する街、スッスランドに入った。

 ハイウェイから見るスッスランドは、窓ガラスが割れて廃墟となったビルが多く立ち並ぶ、寂れた街だった。

 

 暫くハイウェイを進むと、遠くに一際大きな施設があるのがわかった。

 遠目でもわかるその施設は、灯りの消えたスッスランドの街の中で一つだけ明るく輝いていた。


 あれが……ベルカント。

 

 ベルカントの建物の周りには七色のネオンが輝き、空に向かって派手な色のレーザーが光を放っていた。

 駐車場と思われる場所には、高級そうな車が何台も停まっている。お客の車だろう。

 私を乗せた車は駐車場には止まらずに、そのまま建物の裏手に回って進んだ。

 

「停めないの?」

「はい。裏口に嬢を案内する専用の入り口があるんです。もちろん許可を得てないと入れません」


 車はセキュリティゲートの手前に到達した。

 運転手は窓を開いてカメラにIDカードを見せると、ゲートが開いた。

 車はそのまま進み、地下へと伸びる専用通路からベルカントの建物の中に直接入って行った。

 車が停まったのは、無機質なガレージのような場所だった。

 ガレージの中に車が進み、止まるとシャッターが自動で降りた。

 

「着きました。私はここまでです。アルコさん、気をつけて」


「ありがとう」


 ドアが自動で開いて、私は車から出た。

 ガレージの中には人はいなく、目の前に扉が一つあるだけだった。

 車が入ってきた入り口は閉まっていて、出ていく事はできない。

 

 もうここからは、この建物から出るには依頼人を見つけるしかない。

 

 私は意を決して、目の前の扉を開いた。

 扉の先は細い通路になっていた。

 通路を抜けると再び扉があり、扉を開くと急に視界が眩しい光に包まれた。

 

「アルコさんですね。ようこそベルカントへ」

 

 目の前には中年の執事風のスーツを着た男がいた。


 その部屋は明るく、今までの無機質で簡素な通路とは一転して周りの壁は高級そうな大理石でできていて、高そうな絵画が飾られている。

 高そうな置物や花も飾られていて、間接照明がそれらを照らしていた。

 

「ここが、ベルカントね」

 

「左様でございます。これから貴方様が働く場所でございます。アルコさま、こちらをおつけになって下さいませ」

 

 執事が大きな箱を差し出した。

 箱には、大きな宝石が何個もついたネックレスが入っている。

 これは、一体いくらくらいするのか……

 執事からネックレスを受け取ると、首に付けた。

 

 宝石のついたネックレスを付けたドレス姿の私の姿は、夜の蝶そのものだった。

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