Nr.9 夜想 —ノクターン—

 リブレット号は現在、ボスが手配してくれたエージェントとの待ち合わせ場所ランデブーポイントに向かってエウロパ上空を飛行している。


「ねえ、このドレス、やっぱ着ないとダメ?結構恥ずかしいんだけど」


 私は胸元の空いた真っ赤なドレスに着替えていた。オフショルダーで肩が出ていて短めのワンピースで足も見せているのだ。


「て言うか、わたくしはアリアさんが普段着ている服の方がよっぽど露出してると思うので、何を恥ずかしがってるのか分かりかねますが……それに、そのドレスとってもお似合いですわ。アリアさんの赤い髪と赤いドレスの色合いも良くてとても映えますわ」


「そ、そう?ありがと。いや、でもこういかにもなドレスの方が逆に恥ずかしいんだって」


「我慢ですわ。温泉の為に、アリアさんにはなんとしてもベルカントに潜入して架音かのんさんを助けて戻って着て頂かねばいけませんので」


「そ、そうだね……仕方ないか」



「それと、アリアさん、これをお持ち願いますわ」


 フィーネはリブレット号を自動操縦モードに変えると、姿見の前で髪留めに苦戦している私の方に歩いて来た。


 ポーチの中から小型の片耳イヤホンを取り出して私に手渡す。


「その通信機を、ベルカントの従業員に見つからないように持っててください。私は上空からリブレット号を夜想ノクターンモードにして、見つからない様にしながら近くに潜みながらアリアさんのサポートをいたしますわ」


「わかったけど、見つからないようにって言われても」


 私が今来ているドレスはポケットとか無いし、ハンドバッグは中身を検められそうだし、幾ら小さいからと言って、通信機を見つからない様に持ち運ぶのは難しいかも……


「うふふ、アリアさん大丈夫ですわ」


 フィーネはにっこりと笑顔でそう言うと、私のすぐ近くに寄ってきた。

 フィーネの顔がすぐ目の前に迫ってきて、私の胸元に手を伸ばし、ドレスの胸元に指をかける。

 半分ほど顕になる私の胸元。

 ちょっとフィーネ何をしてるの?


「ち……ちょい待ちフィーネ?」


「アリアさん、ここですわ」


「ここ?」


 あ、なるほど。

 このドレス、胸の谷間のあたりが裏地に裏地が重ねて二重になっている場所がある。

 そこにちょうど上手く小型通信機を隠せる様になっていた。


 実際にドレスに通信機をしまって改めて姿見を見ると、見た目隠している事は全然分からない。

 身体にぴったりフィットするドレスだから僅かな物の形でも目立ってしまうので、銃とかナイフを隠せる程では無いけれど、この通信機なら全然大丈夫だ。

 さらに胸元にひらひらしたフリルまで付いているので、目の良いプロの目でもでも分からないだろう。


 胸元ならベルカントの従業員に検められる事はないし、これなら持っていけそう。


「さすがフィーネ。よくこんなの用意してたね」


「ふふふ、こんなこともあろうかと密かに開発していたのですわ。侮ってもらっては困りますわ」


「でも、秘密兵器ってこれの事?」



「いえ、こんな物はただの玩具オモチャですわ。秘密兵器はちゃんとこのリブレット号に積んで来ましたので、アリアさんは安心して潜入してくださいね」


 ここに来る前に私とフィーネは一度、リブレット号で彼女の母星である木星の第一衛星イオに立ち寄っていた。


 フィーネは自分の家に宇宙船のガレージを持っていて、そこで自分が開発した秘密兵器をリブレット号に積み込んでいた。


 ていうか自宅に宇宙船を置いておけるってフィーネどんだけお金持ちなの?


「アリアさん、秘密兵器を転送するにはそれなりに広めの場所に行く必要がありますわ。架音かのんさんを救出したら、まずは外に出て周りに物がない場所に向かって欲しいのですわ」


「うん、わかった」


「転送場所の座標はこの通信機から送信されるので、着いたら通信機で私に指示して貰えれば後はこちらで行いますわ」


「ねえ、フィーネ」


「なんですか?」


「転送できるなら、後から普通の武器とかも転送してもらう事はできないの?」


 薄手のドレスで潜入しなくてはいけなくて、通信機一つ持ち込むのに一苦労だし、かと言って潜入先で簡単に獲物が手に入るとも思えない……なら、フィーネが武器を転送してくれたりしたら楽なんだけど。


「論理的には不可能ではないのですが、現実的には不可能ですわ」


「えー」


「まず、恐らく施設には転送を防ぐ障壁シールドが張られていると思われます。建物の外の障壁シールドはこちらで解析してしまえば良いのですが、建物の中に別の障壁シールドが張られている場合、外からではどういった障壁シールドなのかを解析するのは不可能ですの」


「そうなんだ」


「そしてもう一つ、例え障壁シールドが無くても、屋内への転送は現実的ではありませんわ。こちらから転送先までの間に壁などの障害物があると、転送に使う周波数帯が僅かに変化してしまいますわ。そうすると、入力した座標と転送先の座標が変わってしまい、正確な場所に転送ができなくなってしまいますの……まあ、こちらは勘と経験でなんとかできる場合もありますが」


「そ、そうなんだ。じゃあ武器の転送はあきらめるしか無いね」


「そうですわね……今回、アリアさんには自力で武器を探して頂くしかないですわ。そのかわり、外に出て来た際には思いっきり戦える様にサポートしますわ」


「わかった。中は自分でなんとかするね」


 とは言ったものの、これって思ったより厄介な任務なのかもしれない……

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