Nr.7 探索—アウロス—

 アウロスに流れ着いてくるものは何かしらの事情を抱えている。


 私もその1人だった。幼い頃にカリストの戦争に巻き込まれて両親を亡くし、焦土と化したカリストを彷徨っているうちに偶然見つけた難民船に紛れ込んで、なんとかカリストを脱出した。


 そしてエウロパにやってきたは良いけれど見知らぬ土地で子供がひとり、誰にも頼る事ができないまま結局はカリストにいた時と同じようにただ彷徨う事しか出来なかった。


 そうして気がついたらこの街に流れ着いていて、カストラード一家に拾われる事になった。

 この街には私のように行き場をなくした者が大勢いて、皆で助け合って生きていた。

 そんな私たちの面倒を一手に見てくれていたのが、この街のマフィア、カストラード一家だった。


 彼らは屋根のある建物を幾つか開放してくれて、毛布や水を与えてくれた。毎日同じ時間に炊き出しを行い、食べ物を与えてくれる。

 さらに仕事の斡旋もしていて、一家の経営するセンターに行けば日雇いの肉体労働から長期の仕事まで、ありとあらゆる仕事を紹介してくれる。

 もちろん、全てが綺麗な仕事ってわけじゃない。危険な仕事や、体を売る仕事も紹介には含まれているし、マージンもしっかり取られる。

 だけどここに流れ着いてくる、普通には生きられない人たちに等しく住む場所と食べ物と仕事を与えてくれる一家は、ありがたかった。


 だけど彼らカストラード一家は、彼らの定めた掟に対しては厳しい。

 この街で彼らの掟を破るものには、容赦ない罰が与えられた。

 もちろん、彼らの掟はエウロパの法に従ったものではなく、この街だけの独自のルールだ。

 だけど、結果としてそれのおかげで住民同士の犯罪を抑止していることになっていたから、宇宙警察もエウロパ政府もカストラード一家がこの街を牛耳る事を黙認していた。



 カストラード一家のボス、アダージオ・カストラードはマフィアらしい冷酷さを持っているけど、同時に義理人情に熱く、ファミリーを大事にする男だ。一家の皆、ボスの事は誇りに思っていた。


 この街に来た私は、生きる為にどんなことでもしようと決めた。

 そして、ボスのために手を汚す事は厭わない覚悟を決めた。

 でも、ボスは決して、私が犯罪に手を染める事を許さなかった。


 まだ子供だった私は同じ孤児たちと一緒に教会で暮らすことになった。

 教会には他にも身寄りのない子供が沢山いて、神父とシスターが私達を世話してくれた。


 ボスはよく、教会には高級な黒塗りの車で黒いスーツのおじさんたちを引き連れ時々やってきて、一緒に遊んでくれた。


 私が、大きくなったらボスのためにカストラード一家に入りたいと言うと、ボスは喜んでくれた。

 だけど必ず、お前は俺たちのようになる必要はないんだ。好きに生きていけば良いんだと、大きな手で私の頭を撫ぜながらそう言うのだ。

 結局、私がカストラード一家に入る事は許されなかった。


 その後私は、突然やって来たレガートについて行く事になって、この街を出た。そしてレガートに育てられて宇宙賞金稼ぎコズミックハンターになった。



 で、今私は手下が呼んだ黒塗りのリムジンに乗って、ボスのいる場所に向かっていた。

 ボスがいるのは郊外の大きなお屋敷。監視カメラの付いたアーチ状の門を潜ってリゾート施設のような葉の大きな観葉植物が沢山植えられた広い庭を抜けると、エウロパではあまり見ないデザインのお屋敷が見えてくる。

 家の周りには、銃を構えたスーツ姿のマフィアが警護している。


「アリア嬢、着きました」


 リムジンは屋敷の前に止まり、手下の1人がドアを開けて、私たちを中へ案内してくれた。

 フィーネはずっと私の後ろにぴったりとくっついて離れないようにしている。


 私たちはボスの部屋に向かった。

 久しぶりに会ったボスはスーツ姿でオールバックのポマードたっぷりつけた髪をしていて、昔と変わらない威厳を感じさせるものの、その髪には白い物が混じっていて、顔のシワも濃くなっていた。

 まだ現役でボスの地位を守って入るものの、既に初老と言っても良い歳なのだ。


「ボス、久しぶり!」


 ボスは感慨深そうに目を細めた。

 より一層皺が寄ってくしゃくしゃな顔になる。知らない人が見たらおじいちゃんと孫に見えるだろうか。


「アリアか。よく帰って来たな。宇宙賞金稼ぎコズミックハンターになったって聞いたが、仕事の方は順調なのか?」


「うん。なんとかやってる。こっちは相棒のフィーネ」


 私が紹介すると、フィーネは私にしがみついたまま、小さく頭を下げてチラッとボスの方を見る。


「はっはっは!嬢ちゃん、心配しなくても取って喰ったりはしないさ。アリアの連れは俺たちファミリーにとって大事な客だからな!」


「だってさ、怖がらなくても大丈夫だよフィーネ」


「そ、そうですか……」


 フィーネは尚も私にしがみついている。でも、安心したのか、その力は少し弱まったような気がする。


「で、ここに来たって事は俺に頼る事があって来たんだろ。話してみな」


「うん。実は……」


 私は地球からの依頼で人を探していると言う事をかいつまんで説明した。


 ボス——アダージオ・カストラードは顎に手を当てて少し考え込んだ後、一つため息を吐いた。


「そいつは難儀だな……」


「ボスにも分からないの?」


「いや、そうじゃねえ。心当たりはある。いや、恐らく間違いねえ。だが、その心当たりには、実は俺たちも手を焼いているんだ」


「どう言う事?」


「恐らく、その嬢ちゃんを攫ったのは、マフィアだろうな……ゼフィローソ一家の仕業さ」


 ゼフィローソ一家……その名には覚えがあった。

 カストラード一家の仇敵で、同じマフィアでありながら、義理も人情もなくただ金を求める奴らだ。


 そいつらが……犯人。

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