Nr.6 温泉—テルマエリゾート—

「オンセンですわオンセン!なんとしてもこの依頼、完遂させてみせますわ!ね、アリアさん」


 宇宙ステーション、オルフェオを出航したリブレット号のコックピットでは、さっきからフィーネがずっとこんな調子で浮かれている。


「もし、無事に妹を見つけていただけた暁には、特別な報酬を用意しています。それは、温泉浸かり放題です」


 依頼人、梁都はりと氏の言葉に、フィーネの目の色が変わった。


「オンセン……まさか地球には温泉があるのですか?」


「ええ。特に日本は地球の中でも温泉にかけては類を見ない温泉リゾート大国です。木星圏では見た事がない絶景や、特別な効能がある秘湯、名湯の数々……これらに好きなだけ入れる特別なパスポートが日本政府から支給されるのです」


「今……なんて……入り放題……ですか?まだ見ぬ宇宙の果てにある秘湯名湯にいくらでも入れるパスポートを……私達に?」


「ええ。日本政府とはすでに交渉済です。どうです、やって頂けますか?」


 なぜ梁都はりと氏が私達木星圏の住民の温泉好きを知っていたのかは分からない。地球へ観光に来る木星圏の人たちの好みを分析するチームが、どうやら彼らは温泉に目がないらしいと知り、地球を温泉地として売り出すプロジェクトが立ち上がっているのかもしれない。

 たまたま、そこに梁都はりと氏の妹が行方不明になる事件が起きたことで、私達に急遽何か報酬を用意しなければいけなくなって無理やり用意した可能性はある。

 実際、普通の星で政府が報酬を出すのならお金か別の金目の物が多いし。


 でも、結果として私達にはこの報酬がダイレクトにヒットした。

 と言うか、主にヒットしてるのはフィーネだけど。

 フィーネの母性であるイオの人たちは、私達木星圏の人の中でも特に温泉好きとして知られている。

 わざわざエウロパの海底温泉とか、ラグランジュポイントの隠れ湯とかに通うのはイオの人たちが多い。

 そしてフィーネは特に温泉好きで暇さえあれば木星ウォーカーの温泉特集が載ったバックナンバーを何度も読んでいる様な子なのだ。


「ああ、地球の温泉は一体どんな所なのでしょう。薬効成分とかもあるのでしょうか……それに景色、まだ見たことがない絶景なんて、わくわてきますわね……早く行ってみたいですわ」


 フィーネはコクピットでリブレット号の操縦をしながら、心ここに在らずという感じでさっきからずっとそわそわしている。もう既に依頼を終えた気分のようだ。


 当然、依頼は二つ返事で受ける事が決まった。フィーネの一存によって。

 ま、いいんだけどね。私はもとより受ける気でいたから。地球から来た若い女の子が行方不明なんて、流石に放っておくなんて寝覚めの悪い事は私にはできない。


「フィーネ、私達これから依頼人から頼まれた娘を探さなきゃいけないんだよ」


「わかってますわ……とは言っても、どこから探せばいいのか、困りますわね。アリアさん、何か心あたりでもありますの?」


「心あたりはないけど、取り敢えず行って見る所はあるかな」


 この手の人探しは手当たり次第に当たっていても埒があかない訳で、やはり蛇の道は蛇と言うのが鉄則なのだ。


「て、まさか……あそこですか?」


 フィーネは露骨に嫌そうな顔をする。


「そ、行方不明の女の子を探すなら、あそこに行って聞くのが手っ取り早いでしょ」


「う……そ、そうですが……わたくしはどうもあの方たちが苦手……なのですわ……」


「大丈夫大丈夫。交渉は私がするから、フィーネはリブレット号で私を連れてってくれるだけで良いから」


「でも……気がすすみませんわ……」


「お、ん、せ、ん、が待ってるよ」


「うう……仕方ありませんわ……温泉のためなら、たとえ火の中水の中ですわ……」


「じゃ、フィーネ、このままアウロスに向かってね」


「わかりましたわ」


 宇宙ステーション、オルフェオを出たリブレット号は、再びエウロパに戻ってきた。

 目指すはアウロス。

 その街は常に蒸気が街を覆い、一年の半分くらいは雨が降っているような場所だった。

 二十四時間ネオンが輝く繁華街で、ドラッグに売春は当たり前の、堅気の人はあまり近寄りたがらない街で、そこを仕切っているがエウロパマフィアのカストラード一家だ。


 リブレット号はアウロスから少し離れた宇宙船停車場コインパーキングに停めて、そこから地下鉄で移動する。

 あまり街に近い所に停めると宇宙船泥棒に遭うからね。


 私とフィーネはローブを目深に被って目立たない様に電車に乗って、一路アウロスに向かった。


 地下鉄を出ると、さっそくマフィアの手下が話しかけてくる。


「よお、お嬢ちゃんたち、どこに行く気だい?良い所あるぜ」


 マフィアの手下が話しかけてくると、フィーネはささっと私の後ろに隠れる。

 ここからは私の出番だった。


「良い所?」


「ああ、この街はなんでもあるぜ。何処でも案内してやるぞ」


「そう、じゃ、ボスの所に案内してもらえるかな?」


「ボ……ボス……?あっ!お前、アリアさんじゃねーっすか」


「や、久しぶりっ!」


 にっこりと笑いかける私に、マフィアの手下はバツの悪そうな顔をした。

 この街に帰ってくるのは久しぶりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る