第6話 初めての会話は本屋さんで
あれから何日過ぎたのだろう?
今まで通りに、お姉ちゃんに必要とされたい。その為には、詩ちゃんとお友達になる必要がある。彼女とお友達になった所を、彼女と会話する姿をしっかりとお姉ちゃんに見せなくては、そんな打算的な考えで詩ちゃんとお友達になりたい訳ではないが、今の私にとって、お姉ちゃんにまで見捨てられてしまったら、本当に居場所がなくなってしまう。
居場所が無くなると言う事は、私の存在意義が無くなるのと同義であり、本当に空気になってしまうと言う事を意味しているのだ。
いつまでに詩ちゃんと仲良くなるのかしら? 今ここでハッキリと自分の口から、お姉ちゃんに伝えなさいと、あの日言われてしまった。
伝えないなら、お姉ちゃんはこれからは沙霧ちゃんを無視します。と私にとっては死にも等しい言葉を、胸を貫く一撃をくらってしまった。
「な、なるべく早目に……頑張ります」
「なるべくっていつまで? お姉ちゃんはいつまでと聞いたのよ」
もっと頭が良かったのなら、きっと上手く回避する術を知っていて、お姉ちゃんも納得してくれる様な言葉が言えた筈なのにと、沙霧は自分を憎みそうになりながら、来週の週末までにはとあと十日しかない事に、言ってから気付いて落ち込む沙霧だった。
「来週末ね。特別に来週の土曜日までにしてあげるからね」
そう笑顔でいいながらも、去り際に「もし駄目なら、もう妹じゃないからね」と冷たい視線と今までに聞いた事がない程に恐ろしい声色で、ハッキリと言ってから、楽しみにしてるわねと元の笑顔に戻って部屋から出て行った。
お姉ちゃんとの約束は明日。
あっさりと時間は過ぎていったのに、沙霧は詩とお友達になるどころか、未だに一言も話せてすらいない。
何とかして話すチャンスがないものかと、朝からいつも以上に、詩を監視していたのだが、クラスの人気者である詩の周りには、常に数人の女の子が群がっている状態で、沙霧には近付く事すら困難な状態で、結局話す事が出来ずに放課後になってしまった。
どうしよう。どうすればいいの? 半泣き状態で教室を出て、靴を履き替えて校門を出た所で目の前に詩がいる事に気が付いて、沙霧はふらふらと詩の後をつけ始める。そんな沙霧を柚葉が付けている事には全く気付いていなかった。
柚葉としても、沙霧との妹との関係を壊したくて、あんな厳しい事を言った訳ではない。変わって欲しいのだ。自分の言う事を何でも聞く沙霧も好きだけど、モデルをしてくれる沙霧も好きだけれども、違う一面も見たいと言う願望もある。勿論詩とお友達として仲良くなる事には反対はしない。あくまでもお友達なら、それ以上は許すつもりはない。
心配の気持ちの方が強いのだが、そこは敢えて隠しておく。
心配だからこそ、沙霧に厳しく言った日から、柚葉は沙霧にはバレない様に、沙霧の様子を伺っていたのだ。
「あの娘大丈夫かしら? あれじゃただのストーカーなんですけど」
詩を追いかける沙霧の姿は、まんまストーカーである。怪しさ全開で、周りの視線に気付いていないのが救いである。
周りからは、あの娘怖いとか、もしかしてストーカー? なんて声がちらほらと聞こえてくるのが、柚葉的にはかなり心苦しいし、怒り心頭なのだが、怒りを必死に抑えて沙霧の後を追いかける事に集中する。
沙霧を見失っては意味がないのだ。
詩を追いかけてるのはいいのだが、ただ追いかけているだけでは意味がないのだ。彼女に声を掛けてお友達になる為に追いかけているのに、学校を出てから既に五分も経っているのに、未だに声を掛けるどころか距離を縮める事すら出来ていない。
やばいやばい、このままでは家に居場所がなくなってしまうと、沙霧は半泣き状態で詩を追いかけている。
沙霧が自分の後をついて来ているなんて、さらさら思っていない詩は、商店街をふらふらしながらアクセサリーショップを覗いたら、クレープ屋さんでクレープを買って、食べながら歩いたりと普通の女子高生がする事をしながら、楽しそうに帰っている。
そんな詩を見ながら、詩は自分とは違う世界に生きている女の子なんだなと沙霧は、自分が本当につまらない女の子なんだと実感させられてしまう。それでも彼女に声を掛けて、彼女とお友達になりたいのだ。
居場所がなくなってしまうと言う事もあるし、お姉ちゃんに嫌われたくないもあるのだが、それ以上に、いつもキラキラと輝いていて、いつも楽しそうにしている詩とどうしてもお話しがしたいし、お友達になりたい。
この思いだけは、嘘偽りがないと自信を持って言える。
早く声を掛けないと、詩が帰ってしまう。彼女の家に行った事は当然ないのだが、詩がどの辺に住んでいるのかは、クラスでクラスメートと詩が話しているのを盗み聞きしていたので、だいたいの位置は把握している。
このままでは、あと少しで商店街を抜けたらすぐに詩の家に着いてしまう。そうなったら、絶対に話す機会なんて訪れない。
詩が本屋に入ってくれたら、商店街の突き当たりにある本屋さんが、最後のチャンス。
本屋に入って! 本屋に入って! 本屋に入ってくださ〜い! と詩に呪詛でもかける様に必死に詩の後ろから呪詛じゃなくて、願いの念を送る。
そんな呪いにかかったのかはわからないが、詩は本屋へと入って行った。
やったー! 今しかないと沙霧も本屋へと入って行った。その後ろ姿を見つめながら、柚葉は沙霧ちゃん頑張れと応援しながらも、自分も本屋に入って、二人に気付かれない様に本棚の陰から様子を見る事にする。
残されたチャンスはここしかない。詩ちゃんとお話しするんだ。詩ちゃんとお話し、詩ちゃんと詩ちゃんと詩ちゃんと「私と何? って沙霧ちゃんも百合好きなの? 」といきなり声を掛けられて「あひゃー」と変な声が出てしまった。
「ごめん、ごめんね。驚かすつもりなんてなくて、名前呼ばれたから」
自分の名前を後ろから連呼されれば、詩じゃなくても、反応するのは当たり前である。
「それで、沙霧ちゃんも百合本好きなの? ここ百合コーナーだし」
いきなり沙霧ちゃんと名前で呼ばれて、心臓が口から飛び出してしまいそうな位にドキドキしているのがわかる。
ハァハァと幼女を見て興奮する変態親父の様な荒い息を吐きながらも、ここで話さないともう二度と話すチャンスは訪れないと、沙霧は必死に声を絞り出した。
「は、はい。私も百合が好きで、その、あの、それで、う、浅川さんもその、クラスでよく百合ゲームとかのお話しされてたので、もしかしてお好きなのかなと、浅川さんとお話ししてみたいなって」
沙霧は必死に話し掛けた。そんな沙霧の姿に、隠れて見ていた柚葉は泣きそうになってしまった。
あの沙霧ちゃんが、私以外とまともに話せない沙霧ちゃんが必死に話していると、沙霧が自分との約束を守ってくれた事以上に、勇気をなけなしの勇気を搾り出して、詩と話している。
これ以上覗き見るのは野暮ねと、柚葉はそのまま本屋を後にした。
「詩でいいよ。またはエロ娘で、皆んなエロ娘って呼ぶし、浅川さんなんて先生位しか呼ばないし」
いいのだろうか? 勿論詩ちゃんと呼びたいし、出来るのなら詩と呼び捨てにしたい。したいのだが、そんな勇気は沙霧にはなかった。
「で、ても初めてお話ししたし、エロ娘なんて絶対に呼ばないし、だから浅川さんで」
浅川さんと再び呼んだ事が気に入らなかったのか、詩は不機嫌そうな顔で詩だよと詩って呼んでくれないと泣いてやると、脅しをかけてきた。
「わ、わかりました! 詩ちゃんと呼びますから泣かないでください! お願いします。泣かれたら私まで泣きたくなります」
「それならいいよ。私は沙霧ちゃんって呼ぶかな、それとも沙霧がいい? 」
沙霧と呼ばれたいと言えないが、沙霧の瞳がそう訴え掛けているのを詩はあっさりと見抜いた。彼女は、エロ娘で勉強は苦手だが、人の心を見抜く事には以外と長けているのだ。
「沙霧って呼ぶね。やっとクラスの皆んなとお友達になれたよ」
「お、お友達ですか? いいんですか? 私なんかとお友達になったら、クラスの皆んなから何を言われるかわかりませんし」
根暗で死神と呼ばれている自分とお友達になったなんて、クラスメートに知られたら、詩まで無視されてしまうのでは、間違いなく無視されると沙霧は俯いてしまう。
「どうして? 私が沙霧とお友達になりたいからお友達になるんだし、別に皆んなは何も言わないと思うよ。言える筈ないし、だって沙霧のお姉ちゃんって柚葉先輩なんだよね? 」
どうしてお姉ちゃんの名前がここで出てくるのか、どうして詩が私のお姉ちゃんが如月柚葉だと知っているのかわからなくて、戸惑ってしまう。
「知らない人いないよ。皆んな柚葉先輩と沙霧が姉妹なの知ってるし」
意地悪な事を言う人は知ってるんだと思っていたけれど、まさか皆んな知っていたなんて、沙霧は更に俯いて泣き出してしまいそうだ。
「私は、柚葉先輩は柚葉先輩。沙霧は沙霧だと思うし、周りの子は沙霧を死神とか根暗とか言うけど、私は沙霧ってただ奥手な女の子だって思う」
いきなり自分を変えるのは難しいけど、ゆっくり変わればいいし、変わらなくても好きになってくれる人いるよと、だってエロゲーと百合が大好きな自分だって、好きになってお友達になってくれた人が沢山いるんだからと、笑顔を見せる。
あまりにも眩しい笑顔に、本当に自分とは違う世界の女の子なんだと、本当にお友達になってくれるの? と沙霧は小声で本当にいいの? 私とお友達になってもと尋ねてしまった。
「だ・か・ら、もうお友達って言ったよ! 俯いていてもいいし、学校で話せないならアドレス交換するから、電話でもメールでもいいから、私とお話ししようよ。私、沙霧とお話ししたいし、それに柚葉先輩ともお話ししたい。沙霧はお話ししたくないの? 」
「詩ちゃんとお話ししたいです。詩ちゃんは、お、おね……」
お姉ちゃんとお話ししたいから、お姉ちゃんと仲良くなりたいから、私とお友達になりたいの? それとも本当に私とお友達になりたいんですか? と聞きそうになったが、聞いてしまったら詩とお友達になれないと、二度と詩が自分と話してくれないと、その不安から聞く事は出来なかった。
「柚葉先輩とお話ししてみたいよ。だってあんなに美人で頭も良くて、私とは違うからね。スタイルもいいし、恋人いるのかなとか、エッチな事は経験済みですか? とか、私は経験ないから、ゲームでどんな事するのかは知ってるけど、私も一応年頃だからね。沙霧は興味ある? 」
初めてお話ししたのに、いきなり凄い質問をされてしまった。でもハッキリと自分の意見を言える詩は凄い。お姉ちゃんに憧れている女の子が沢山いるのは知ってる。きっと詩もその中の一人なんだろうと、決して柚葉に恋心を持っている訳ではないのだろうと、沙霧は勝手に納得して質問に答える事にする。
「わ、私も実はエッチな百合ゲームするんです。だからどんな事をするのかは、一応知っていますけど、よくわからないです。本当に気持ちいいのかも、女の子同士がいいのかも、それと恋愛には興味はあるのかないのか、自分でもわからないんです。自分は、きっと男の子とは付き合えません。男の子怖いです」
「なら女の子なら大丈夫? 私、自分で言うのもあれだけど、女の子好きなんだよね。だから女の子の裸凄い好きだし」
見せろって事ですか? って顔を沙霧にされて、詩は慌てながら、そう言う意味じゃないからねと沙霧は私と違って胸もあるし、スタイルいいから興味はあるけどと、もう何を言っているのかわからない状態である。
「見たくなったら言ってくださいね。詩ちゃんにならいいですよ」
「沙霧? 何を言ってるの? 」
詩になら見せてもいい。それは本音だった。お姉ちゃん以外に見せるとしたら詩しかいないと、ずっと思っいた。自分でもびっくりだが、何故か詩には嘘はつけなかった。
初めてお話ししたのに、詩と言う女の子の魔力なのか、詩と言う女の子は、多分他人に嘘をつかせない、そんな不思議な力を待っている女の子なのだろう。
「本当ですから、いつでも言ってくださいね。お家だとお姉ちゃんいるから無理ですけど、その他の場所なら、人の居ない場所なら大丈夫ですので」
沙霧は何を言っているのだろうか? 確かに女の子の裸は好きだし見たいとは思っているが、今日お友達になったばかりの女の子から、いきなりそんな事を言われて、さすがの詩もどう対応していいのかわからなくて、言葉に詰まってしまった。
「またお話ししてくださいね。そろそろ帰らないとお姉ちゃん心配しますので、あと今度おすすめのゲームとか本教えてくださいね」
「う、うん。また月曜日ね」
「はい。今日は本当にありがとうございました。凄く嬉しかったです。本当に嬉しかったです」
そう言って帰る沙霧の顔は、とても可愛らしくて、柚葉とは違う魅力を持っていた。
「沙霧も可愛いじゃん。やっぱり姉妹なんだな」
そうぼやいてから、詩は目的の本を探し始めた。
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