第5話 縮まらない距離
あれから必死に考えたけれど、やっぱり私の頭では良い方法なんて思いつかなくて、クラスメートにそれとなく沙霧ちゃんの事を聞く事にした。
相変わらず彼女は、俯いて誰とも会話もせずに日々を過ごしている。
そんな彼女の事を、私は可哀想だと思ってしまう。誰とも会話しない学生生活が楽しい筈なんてないと私は思う。
なら話し掛けてあげればいいじゃないと思うかもしれないが、何故か彼女に話し掛けられない。
話し掛けようとすると、どうしても柚葉先輩の顔が思い浮かんでしまって、沙霧ちゃんをダシにして柚葉先輩とお近付きになりたいと、そんな事は彼女に申し訳ないと、頭を過ぎってしまって、進級してから結構な時間が経つのに、こうして彼女を一人にしてしまっている。
「あの、沙霧ちゃんってどんな女の子? 」
「いきなりどうしたのエロ娘? あんな根暗な死神の事なんて聞いて」
「いや、いつも一人で誰とも話さないから、私的に気になると言うか」
「エロ娘は優しいね。撫で撫でしてあげる」
クラスメートに頭を撫でられて嬉しいのだが、今はその喜びに浸っている場合ではないのだ。如月沙霧の事を少しでも知って、話すキッカケを作らなくてはいけない。
中等部時代から同じクラスだったのに、その存在すら知らなかったなんて、自分的に許せない。
「どんな女の子って言われてもね〜 ずっとあんなんだし」
「だよね〜中等部に入学してから、誰かと話してるのなんて見た事ないし」
「そうそう話してるのって、柚葉先輩とだけだったし、それも柚葉先輩からいつも話し掛けてたし」
クラスメートは口々に、本当に根暗で暗過ぎて近寄る気にもならないと、顔だけはそこそこだけど、あれじゃ誰も友達になんてなりたいとは思わないよねと、結局沙霧の悪い話しは腐る程出て来たが、良い話しは一つも聞けなかった。
どうすればいいの?
今の状況だと教室どころか学院内で話し掛ける事が、どうしても出来そうにない。
本当にそれでいいの?
柚葉先輩に近付きたいと言う欲望丸出しな理由だとしても、それでも沙霧ちゃんを一人にしておいて良いとも思えない。
例え周りから偽善者だと言われても、そう思われても、やっぱり沙霧ちゃんと話してみたい。その気持ちに嘘はないのだから……柚葉先輩と仲良くなりたいと言う邪な理由だけれども、私は皆仲良しなのが一番好きなのだ。
あの日から、お姉ちゃんは私と距離を置いている気がする。
どうして?
私が悪い妹だから?
お姉ちゃんのお願いを断るなんて(結局は言う事を聞いたのだが)、そんな酷い事をしたから、だから嫌われてしまったのかな?
私はお姉ちゃんが大好き。勿論姉妹としての大好きだけど、もし私がお姉ちゃんと姉妹じゃなかったら、間違いなくお姉ちゃんを如月柚葉と言う女の子に恋をしていた。
こんな臆病で根暗な妹なのに、いつも声を掛けてくれる。学院内でも声を掛けてくれる。悪い噂が立つ可能性もあるのに、それなのにこんな私に声を掛けて気に掛けてくれる。
私が同じ学校じゃなかったのなら、お姉ちゃんはきっと、もっともっと伸び伸びと楽しい学院生活を送れていた筈なのに、そう考えると私は完全にお姉ちゃんのお荷物だ。
「今日もお姉ちゃん来ない」
詩の事を見つめながらも、沙霧は廊下にも目をやるが、今日も柚葉は来ない。あの日以降お姉ちゃんは、様子を見に来てくれなくなった。
「……お姉ちゃん」
あの日以降、絵のモデルすら頼まれる機会が減ってしまった。
お姉ちゃんに見捨てられたら、私は本当に居場所がなくなってしまう。沙霧は俯きながら目に涙を浮かべていた。
あの日から、私は妹と沙霧と距離を置く様にしている。沙霧を嫌いになった訳でもないし、沙霧の事は大好きだから、本当はもっと仲良くしたいし、もっと沙霧をモデルにして絵を描きたい。
沙霧には言った事はないが、同級生数人がモデルをしてくれている。勿論ヌードモデルを、彼女達へのご褒美は私とのお出掛け。
最初は、絶対にモデルなんて、いくら同級生でも無理だと考えていたのだが、彼女達は私とお出掛けを、二人きりでお出掛けを出来るのならと承諾してくれた。
恋人にはなれないけどいいの? とも確認したが、彼女達はキスもそれ以上もなくて構わないから、ただ私とお出掛けしたり遊んだり出来たら、それで良いのだと、ビックリな発言をしたので私は彼女達に甘える事にしたのだ。
彼女達も、それなりに可愛いし綺麗な身体をしているが、沙霧には敵わない。
同級生の裸体を描きながら、柚葉はそんな事を考えてしまう。目の前で恥ずかしそうに、それでも嬉しそうな顔をしている彼女には、本当に申し訳ないと思うが、沙霧が一番なのは変わらないと改めて実感させられる。
それでも敢えて沙霧と距離を置いているのだ。沙霧が、浅川詩と話したがっているのは知っている。だからそのチャンスをと考えて、敢えて教室を覗きに行く事もしていないのだ。
「そう言えば、貴女妹いたわよね? 沙霧と同い年の妹が」
目の前のモデルにも妹が、それも沙霧と同い年の妹がいる事を思い出して、彼女に妹に探りをいれる様にと、沙霧が浅川詩と会話出来たのかを知る為に。
自分で今までの様に廊下から教室を覗けばいいのだが、それでは沙霧が自分に気を使って詩と話さない可能性すらある。
「いるけど、どうしたの? 」
「動かないで、そのまま聞いて、沙霧が同じクラスの浅川詩ちゃんと話せてるかを聞いて欲しいのよ。聞いてくれたら、特別に二回遊んであげるから」
「聞く! だから二回デートして! 」
彼女にとっては、私との遊びはデートなのねと、そう言えば、この娘って女の子が大好きなのよねと敢えてデートしたいよね? となら私のお願い聞いてくれるよね? 聞いてくれたらおっぱい触らせてあげてもいいわよと、成果をあげたらねと、その言葉にモデルの女の子は、興奮を隠せない様だ。顔は完全に赤らみ、身体も赤らんでいる様に見えた。
「任せて! 私やるから」
ありがとうと言うと、これで沙霧の事は知れると、別に同じ女の子に胸を触られる位何ともない。友達から、スキンシップと称して揉まれる事もあるし、私も揉む事もある。
数日後。
「妹から聞いたけど、全く会話してないと言うか、存在すらクラスメートから認識されていないレベルだって言ってたよ」
「そ、そうなのね」
怒りと不機嫌さを隠さない柚葉に、モデルをしていた同級生のサチは、ガタガタと震えながら柚葉の顔を見ている。
「貴女の妹も沙霧の相手をしていないのよね? どうしてかしら? 」
「ご、ごめんなさい! 妹が言うには沙霧ちゃんは暗いから、話したくないって」
更に不機嫌になる柚葉に、サチは涙目でご褒美はありますか? と普段はタメ口なのに敬語になってしまう。
「約束は守るわよ。先ずは胸触らせてあげる」
恐る恐る触るサチに、柚葉は、これからもモデルをしてねと、あと私のお願い聞いてねと言うと、サチは柚葉の機嫌が良くなったのだと、安心しながら胸に触れている。
「貴女の妹は、暗いから沙霧と話さないのかしら? それとも貴女と同じで百合好きの同性愛者だから、可愛いらしい沙霧に緊張しちゃうのかしら? だから話せないのかな? 」
「それはわからないよ。あの娘が女の子好きなのかもわからないし、わからないけど、もしかしたら、沙霧ちゃんに話し掛けたら、ハブられると思っているのかもしれないよ」
あってはいけないし、悲しい話しだが、イジメられてる子の無視されている子の味方をすると、味方をした子もハブられたりイジメの対象になってしまう。
沙霧がイジメられてると言う事はないし、柚葉の妹をイジメる勇気のある生徒は、学院には一人もいない。
「ハブられる? どうしてかしら? ねぇサチ」
地雷を踏んだと思った時には遅い。柚葉は、デートは無しねと、私を怒らせたんだからとサチにとっては、死にも等しい一言を投げ掛ける。
それだけは、どうかそれだけはと必死に懇願するサチ。
沙霧の事になると、どうしても自分を抑えられない。デート無しは流石に可哀想ねと、デートはするから、これからも宜しくねと言ってサチの頭を撫でる。
安心したのか、サチは嬉しそうに頭を撫でられていた。
ただいまと蚊の鳴くような声で家に入る。柚葉の靴があるので、沙霧は一旦部屋に荷物を置くと柚葉の部屋の前まで来る。
勇気を出して扉をノックすると、そっと扉を開ける。
「あら帰って来たの? それで何か用事かしら? お姉ちゃん読書してるんだけど」
明らかに不機嫌そうな柚葉に、ごめんなさいと言ってから、お姉ちゃんとお話ししたいのと、最近全然話せてないからと、蚊の鳴くような声で言うと怯えながら柚葉の顔を見る。
「仕方ないわね」
読みかけの本を机に置くと、ベッドに座り直して、こちらに来なさいとベッドを叩いている。
隣りに座ると、ほのかに甘い香りがする。お姉ちゃんって香水つけてたっけ?
「サチのが移ったのね。あの娘って、いつも私にべったりだからね」
サチさん? それは誰? まさかお姉ちゃんの彼女さん?
もし彼女なら、本当に私の居場所がなくなってしまう。
「さ、サチさんって誰? 」
「気になるの? 」
「彼女じゃないよね? 」
「どうかしら? 気になるの? 」
気になって仕方ない。お姉ちゃんは、お姉ちゃんの隣りだけが私の唯一の居場所なのだから、その場所すら奪われたら、本当に私の居場所がなくなってしまう。
「違うわよ。クラスメートだから心配しないでいいわよ。それで話しって? 」
彼女じゃないんだ。良かった、本当に良かったと喜んでいると、勿論顔には出さないがと言うか、殆ど感情が顔に出なくなってしまった。沙霧の微妙な感情の違いに表情に気付けるのは柚葉だけだ。
喜んでるなら良かったと、つい抱きしめたくなる。思い切り抱きしめて、撫で撫でしたいのだが、今は我慢。全ては沙霧の為なのだ。
「早く言いなさいよ。私だって忙しいのよ」
喜んで話すのを忘れていた。ごめんなさいと沙霧は、どうして最近教室を見に来ないのか、どうして学校で話してくれないのか、どうして絵のモデルのお願いをしてくれないのか、やっぱり嫌いになってしまったの? と既に泣きながら必死に問いかけた。
「貴女が、沙霧ちゃんがいつまでも詩ちゃんと話さないからよ。あんた詩ちゃんと話したいって、お友達になりたいって言っていたのに、いつまでも話し掛けないからよ。ちゃんと詩ちゃんと話すまでは、このままだから」
そ、そんなと沙霧は絶望感から、顔から血の気が引いて青褪めてしまった。そんな沙霧に容赦なく柚葉は、話したと嘘付いてもすぐにわかるし、もし嘘を吐いたら今後一切話さないからと言い放つ。
さすがに絵のモデルはして欲しいし、沙霧のヌードを描けないのは、柚葉的に我慢出来ないので、そこは敢えて言わなかった。
「話しってそれだけ? お姉ちゃん忙しいから、もう出て行って欲しいんだけど」
泣きながら、何も言えずにいる沙霧を見ると胸が締め付けられて苦しいが、これも全ては沙霧の為なのだと、自分以外とも話せる様に昔の様にとは言わないが、せめて周りと上手くやれる程度にはなって欲しい。
「沙霧、あんた泣いてばかりね。泣いていても、何も解決しないって、お姉ちゃん何度も言ったわよね」
私だって、どうして自分はこんなにも泣き虫で弱いのかって、もっと強くなりたいと思うけれど、強くなれない自分が大嫌いだ。
大嫌いだけど、変われないのだ。変わり方を知らないのだ。相談出来る相手なんて一人もいないのだから、私にとってお姉ちゃんだけが、唯一話せる相手なのに、お姉ちゃんにまで厳しくされたら、私はどうしたらいいの?
「だって、私、私、お姉ちゃんしかいない」
「お姉ちゃんしかいないか、お姉ちゃんがいなくなったらあんたどうするの? 」
居なくなる? どう言う事ですか? もしかして私の事が嫌になって、このお家から出ていくの? そんな事は絶対に嫌だ!
「お家出て行くの? 」
「何言ってるのよ。出て行く筈ないし、もう部屋に戻りなさい。今のあんたを見てたらイライラするから、それともまた怒られたいのなら、ここに居てもいいわよ」
柚葉の瞳は本気だ。本気で怒っている。怒りを隠そうともしていない。沙霧は、ごめんねと言うと自分の部屋に戻って行った。
「本当にあの娘は」
もっと優しくしてあげないといけないとわかっているのに、どうしても素直になれない。どうしても優しく出来ない。そんな自分が歯痒くて嫌いになりそうだった。
詩も沙霧も、そして柚葉もそれぞれが距離を縮めたい相手と距離を縮められないジレンマと戦っていた。
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