第4話 それぞれの夜
気になるのに、凄く気になるのに、未だにおはようすら言えていないなんて、私にとっては初めての事で、正直戸惑いが半端ない。
沙霧ちゃんも私と同じで中等部からの進級組なのに、進級組の子達とは、沙霧ちゃん以外全員と話してきたのに、私は正直如月沙霧と言う女の子の事を知らなかった。
知っていたのは、一つ年上で学院のアイドルとも天使とも言われている如月柚葉先輩で、まさか先輩に妹がいたなんて、微塵も思わなかった。それもクラスメートに聞いたら、中等部の時から同じクラスだったなんて、全く気付いてすらいなかった。
「私って酷い女の子だよね」
「…………」
画面の中の美少女は、際どい下着姿でこちらを見ているが、何も答えてはくれない。
ゲーム内のキャラクターなんだから、答えるはずなんてないとわかっているのに、美少女ゲームに嵌った時から、悩み事があるとゲームのキャラクターに愚痴って悩みを、ストレスを解消していた。
「私、沙霧ちゃんとお話ししたいし、お友達になりたいんだよね。どうしたらいいかな? 今まで通りだとどうしても上手く行く気がしないんだよ」
ブラを脱いで、胸を露わにした美少女は恥ずかしそうな瞳で、詩を見つめるが何も答えない。
結局は、自分で考えて答えを見つけるしかないのだが、今までもそうしてきたのだが、今回ばかりは解決の糸口すら見つけられない。
答えを見つけられない。このまま考えても頭がパンクしそうだ。
「お風呂入って考えてくるね」
そう言うと、着替えを持って部屋を出る。一人っ子の詩は、ずっと妹が欲しかった。可愛い妹が、いつも楽しくお話しして、お人形遊びやおままごとをしたりして、毎日一緒にお風呂に入って、そして同じお布団で眠る。お互いに好きな話しをして、早く寝なさいって怒られて、そんな事を妄想していた。そんな私が出会ったのが、妹系の美少女ゲームだった。
可愛いイラストに惹かれて、まさか成人ゲームだとは、それも百合だなんて思わずに、すぐに購入してしまった。
届いたゲームをやると、すぐに嵌ってしまって時間も忘れてやっていた。
「沙霧ちゃんも、あの妹みたいだったら、そしたら私は簡単に話せるのに」
ゲームのキャラクターなら、私を可愛がってくれて愛してくれるクラスメートなら、何も考えずに自然体の私で話せて、自然体の私でいられるのに、沙霧ちゃんに話し掛けようとすると、緊張してしまって、そしてどうしてかわからないけれど、柚葉先輩の顔が思い浮かんでしまって、どうしても話し掛けられない。
申し訳程度に膨らんだ胸に手を添えながら、私ってこんなにも弱い女の子だったのかな? どうしておはようなんて簡単な言葉すら口に出せないのだろうか?
沙霧ちゃんって可愛いよねって、柚葉先輩と似てるよねとか、趣味は何とか、エッチなゲームは好き? とかそんなクラスメートと毎日話している会話を出来ないの?
私はこんなにも弱い女の子だったのだろうか?
明日クラスメートに、沙霧ちゃんの事を聞いてみよう。
沙霧ちゃんのおすすめのゲームは? お姉ちゃんもやってみたいななんて、そんな軽率な言葉を発しなければ良かった。
「百合って言ってたから、もっとソフトなもんだと思っていたのに」
一応女子高生だし、年頃な訳で多少の知識はあるけれど、二次元の女の子の裸になんて興味ないしドキドキしないと思っていたのに、その美しいイラストに可愛いらしい声と妖艶なポーズに、どうしても目が離せない。
「沙霧ちゃんって、毎日毎日こんなゲームしてたの? そこまでして浅川詩とお友達になりたいの? こんな事したいのかな? キスとかそれ以上とか」
考えれば考える程に、悲しくて悔しくて、イライラしてきた。
そのまま部屋を飛び出して、沙霧の部屋にノックもせずに踏み込む。
「お、お姉ちゃん? いきなりどうしたの? ノックはしてよ」
「煩い! 今すぐ脱ぎなさい! 」
突然の事に呆然としていると、柚葉は怒りを隠さずに早くしなさい! とますます不機嫌になっていく。
「ぬ、脱いだよ。これでいいの? 」
「私の部屋に来なさい」
「ど、どうして? それにパパやママに見られたら困るし」
「今日は居ないわよ。あの二人は、いつまでも新婚気分でデートなんだから」
知らなかった。両親の仲がいいのは知ってはいたが、未だにデートしてるなんて、柚葉に手を引かれて、そのまま柚葉の部屋に入ると、そのままベッドに突き飛ばされる。
沙霧は、恐怖から大粒の涙を溢して俯いていると、「あんたって、実はエッチな女の子だったのね」こんなエッチなゲームを毎日毎日やって、何を考えてるのかしら、誰とこんな事したいのかしらねと嫌らしい笑みを浮かべて、今日はこの娘と同じポーズと表情をお願いねと、嫌らしくて氷の様に冷たい瞳を向ける。
「で、出来ないよ。そんないやらしいポーズなんて」
自分で自分の下腹部に触れている女の子。そんな恥ずかしいポーズなんて、絶対に出来ない。
「あら、この娘はお姉様の言うことなら何でもしますって、このゲーム沙霧ちゃんのおすすめなんでしょ? 一番好きなんだよね? 」
確かに一番好きなゲームだ。百合に嵌るキッカケになったゲームだし、確かにエッチなゲームだけど純愛で彼女達は幸せになるのだから、だからその幸せな女の子達の事をお姉ちゃんにも知って欲しかった。
「お姉ちゃんの事嫌い? やっぱりこんなお姉ちゃんの事なんて、本当は嫌いだったんだよね? ヌードモデルをさせるお姉ちゃんなんて」
急に悲しそうな瞳で、泣き出した柚葉に沙霧は、どうしていいのか、何て声を掛けていいのかわからない。
普通の姉妹なら、こんな時に気の利いた言葉を掛けられるのだろうか?
もう昔を思い出せない沙霧には、何も出来なくて、何も言えなくて、ただ首を横に振るのが精一杯だった。
「お姉ちゃんなんて嫌いだよね。わかってるけど、でもお姉ちゃん、沙霧ちゃんが好きだから可愛い妹だから、どうしても離れられないし、離れてほしくないの。でも迷惑だよね。ごめんね」
ごめんねと言うと、柚葉はそのまま部屋を出て行った。その瞳には大粒の涙。そして今まで沙霧が見た事のない悲しい顔をしていた。
やってしまったと後悔しても遅い。
沙霧から借りたゲームをしている内に、沙霧が詩ちゃんにゲームのキャラクターと同じ事をしたいと考えているではと、そう考えたらイライラしてきて、沙霧に当たってしまった。
そんなつもり何て微塵もなかったのに、今日は両親がいないから、私が夕食を作って二人で食べて、いつもみたいに、一緒にお風呂入って久しぶりに同じベッドで眠りたいと考えていたのに、私が大人気ない事をして台無しにしてしまった。
キッチンで夕食を作りながら、柚葉は大きな溜息を吐いていた。
柚葉の部屋で、裸のまま取り残されてしまった沙霧は、どうしていいのかわからなくて、自分がお姉ちゃんを怒らせた挙句あんな悲しそうな顔をさせてしまったと、一人ベッドの上で泣いていた。
泣いていても何も解決しないし、柚葉との関係が悪化する事になる事は容易に想像がつくのに、それでも私は泣く事しか出来ない。
カーテンの隙間から入り込んでいた夕日も、今はもう星空へと変わっていた。柚葉が部屋を出て行ってから、一時間も経つのに沙霧は未だにベッドから動けない。いい加減洋服を着ないといけないよねと下着に手を伸ばしたタイミングで、柚葉が部屋に戻って来た。
「か、勝手に洋服着ようとしてごめんなさい」
いつもの条件反射で謝ってしまう。いつもは柚葉から、服を着て良いわよと言われるまでは、柚葉が絵を描き終えるまでは、絶対に服を着てはいけないと言う約束なのだ。
約束とは名ばかりの服従。
「お姉ちゃん、わ、私ちゃんとゲームのキャラクターになるから、だから怒らないで」
「……」
夕食出来たから一緒に食べよう。さっきはごめんねと、流石にゲームのキャラクターは無理だよねとお姉ちゃんを許してねと言うつもりだったのに、まさかキャラクターになるからと言われるなんて、完全に謝るタイミングを失ってしまった。
「お、お姉ちゃん? どうしたの? 絵を描くんだよね? 恥ずかしいけど私頑張るから、お姉ちゃんの言う事ちゃんと聞くから、だから見捨てないでねお姉ちゃん」
お姉ちゃんにまで見捨てられたら、私は完全に一人になってしまう。お友達なんていないから、学校でも一人なのに、お姉ちゃんにまで見捨てられたら、私は完全に一人だ。この家にも居場所がなくなってしまう。
部屋から出ない生活になってしまう。そうなったら、益々私と言う存在は、誰にも認識されなくなって、空気以下の存在になってしまう。今でも空気なのに、空気以下になったら、二度と詩ちゃんと話す機会すら失って、私は私は……考えるだけで悲しくなって泣きたくなってしまう。
「さ、沙霧ちゃん、あの、今日は絵はいいの。夕食出来たよって、だからもう洋服着てもいいんだよ」
「えっ? 絵描かないの? やっぱりもう必要ないの? お姉ちゃんにとって私は必要ないの? 新しいモデル見つけたの? 」
不安が先走って、沙霧は柚葉の優しさにも夕食食べようと言う単純な事も理解出来ていなかった。
そんな沙霧を見て、柚葉は悲しくなる。自分の責任なのはわかっている。
いつも自分と比べられて、どんどん自信を失う沙霧。いつの間にか自分の後ろに隠れる様になって、誰とも接しなくなり、会話しなくなった沙霧にイライラして、つい絵のモデルになりなさいと、ヌードモデルをやりなさいと言ってしまった。
嫌がれば、威圧して言う事を聞かせた。言う事を何でも聞く様になった沙霧を見て、自分が沙霧を支配していると思うと嬉しくなって、沙霧の裸を見ると何故かドキドキを抑えられなくて、エスカレートしてしまった。
何て言えばわかってくれるのか? 今日はただ穏やかに過ごしたかっただけなのに、普通の姉妹に今日だけは、昔の様に沙霧が自分に気を使わないで、昔の様に何でも話してくれる。そんな姉妹に戻りたかったのに、沙霧はそんな私の気持ちにすら気付かない程に変わってしまった。
「お姉ちゃん? どのポーズがいいの? 絵を描いたら夕食にしようね」
もう無理だよねと、柚葉は悲しい気持ちを抑えて、ならあのポーズでいいよと、画面にそのまま映るキャラクターのポーズを指示した。
素直に言う事を聞く沙霧に寂しさを覚えながらも、柚葉はスケッチブックに沙霧を描いていった。こんな悲しい気持ちで絵を描くなんて、柚葉にとって初めてだった。
お風呂から上がると、バスタオル一枚巻いた姿で詩は、ベッドにダイブすると沙霧の事を考える。
沙霧ちゃんとどうしたら話せるのか? どうしたらお友達になれるのか?
私は、どうして沙霧ちゃんと友達になりたいのだろうか? 沙霧の事を考えるとどうしても柚葉先輩の顔も一緒に思い出されてしまう。
顔は姉妹なだけあって、それなりに似ている。柚葉先輩は、学院一の美人で綺麗なお姉様って感じ。沙霧ちゃんは、綺麗だけど影が強過ぎて美人なのに、完全に台無しにしている気がする。
もし沙霧ちゃんが、私程じゃなくても普通の女の子レベルでクラスメートと話せる女の子なら、きっと私以上にクラスの人気者になっていた様な気がする。
柚葉先輩と双璧をなして、姉妹で学院のアイドルになっていたのは、絶対に間違いないと思う。
「どうしたらいいのかな? 私は、沙霧ちゃんをダシにして柚葉先輩とお近付きになりたいだけなのかな? ねぇどう思う? 」
相変わらず返事のないキャラクターに、詩は延々と話し掛けていた。
考えても答えが出ないので、今日はもう寝る事にして、いつも通りゲームのキャラクターにおやすみなさいと言うと、詩は電気を消して眠りについた。
夕食を食べて、一緒にお風呂に入って、そこまではいつも通りだった。いつもと違うのは、今日はお姉ちゃんの部屋でお姉ちゃんのベッドで、久しぶりに一緒に寝ている事。
隣りですやすやと寝息を立てているお姉ちゃんは、流石は学院一のアイドルと天使と言われるだけあって、寝顔も綺麗だ。
「やっぱり私と違って、お姉ちゃんは綺麗。どうして私は、こんなにも醜くて根暗な女の子なの? どうして? 同じ女の子なのに」
自分で言っていて悲しくなる。
「お姉ちゃん、私を見捨てないでね。おやすみ」
寝たふりをしていた柚葉は、沙霧の言葉に悲しくなる。同じ遺伝子を受け継ぐ姉妹で、顔だってとても可愛い女の子なのに、性格が根暗なのは、きっと私のせいだし、昔から気弱な部分も確かにあったし、泣き虫だったけど、ここまでは酷くなかった。
きっと私のせいだよねと、柚葉は寝たふりをしながら沙霧を抱きしめる。
「お、お姉ちゃん? 」
急に抱きしめられて、沙霧は驚きを隠せない。戸惑う沙霧を無視して、柚葉は寝たふりをしながら沙霧の胸に顔を埋めて、声を出さずに泣いていた。
「ごめんね沙霧ちゃん。お姉ちゃんの一番は沙霧ちゃんだからね」
沙霧に聞こえない様に、小声で呟くと柚葉はそのまま沙霧の胸に顔を埋めて、幸せそうに眠りについた。
「お姉ちゃん? どんな夢見てるのかな? お姉ちゃん、これからも言う事何でも聞くからね。大好きなお姉ちゃんの言う事ならなんでも」
そう呟くと、沙霧も柚葉に抱きついて、そのまま眠りについた。
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