第3話 変わらない日常
詩に話し掛けたい。
沙霧に話し掛けたい。
二人共に、相手に話し掛けたいと思っているのに、中々話し掛けられない。
理由は、全く違う。詩は、沙霧に話し掛けるのは容易いのだが、常に周りにクラスメートがいて、沙霧の所に行くチャンスが、中々訪れないのだ。
一方沙霧は、相変わらず詩の事を目で追うのが精一杯で、話し掛ける以前の問題なのだ。
ハァ〜と溜息を吐くと、沙霧はいつからこんなにも他人と話す事が苦手になってしまったのかと考え始める。
幼い頃は、家族以外の人にも平気で話し掛けられる女の子だった。近所のおじさんおばさんからも、沙霧ちゃんは、今日も元気一杯だねとよく言われていた筈なのに、気付いたら他人と話す事が怖い女の子になってしまっていた。
小学生になるまでは、他人の視線なんて気にならなかったのに、小学生になってお姉ちゃんと比較される様になってしまった。
何をしても優秀な成績を納める柚葉。
何をしても、それなりの成績で運動に関しては人並み以下の自分。
そんな自分と言う女の子の事が、少しずつ嫌いになり始めていたのかもしれない。
小学の高学年に上がる時には、完全に他人と話す事が出来ない女の子になっていた。そんな時にお姉ちゃんも変わってしまった。いつの間にか、両親ともまともに会話しなくなってしまった。柚葉だけ、お姉ちゃんとだけは、何とか話す事が出来た。
中学生になっていた柚葉は、中学入学後から別人になったかの様に、沙霧に冷たく当たる様になってしまった。原因はわからないけれど、今までは優しくて、沙霧の事をいつも守ってくれる優しくて、頼りになる姉だった。
だったのに、豹変したかの様に冷たくて、厳しくて偶に優しいお姉ちゃんになってしまった。
小学六年の春だったのを、今でも覚えている。柚葉が中学生になってすぐに、いきなり絵のモデルになりなさいと言われた。
それもヌードモデルだった。いくら子供の私でもヌードの意味位はわかる。第二次性徴の始まった沙霧は、無理だよと何度も何度も断ったけれど、それでも沙霧の意見は通る事はなく、結局は柚葉の専属モデルと言う名の柚葉専属のお人形さんになってしまった。
考え事をしながら、詩から視線を外さない沙霧を廊下から、柚葉が見ている事に、その瞳に怒りが混じっている事に沙霧は気付いていなかった。
学年が違うのに、柚葉は休み時間の度に沙霧の教室の前まで来ては、廊下から沙霧を観察していた。
沙霧の事は、自分が一番知っていないと納得出来ないのだ。
昔から沙霧の事を一番知っているのは、父親でも母親でもなくて、私なのだから、だから学年が違っても、こうして休み時間の度に沙霧の様子を見に来ているのだ。
「相変わらずなのね。どうして誰とも話さないのかしら」
沙霧に友達が出来る事は嬉しいと思う。恋人が出来る事は許せないが、出来るとは思わないが、それだけは認めるつもりは一ミリもない。
「あの、如月先輩、誰かに用事ですか?」
名前も知らない後輩に声を掛けられても、柚葉は優しい微笑みで妹を沙霧を呼んでもらえる? とまるで天使の歌声の様な綺麗な声で言う。
その声にうっとりしながら、軽く頬を朱に染めながら、わかりましたと彼女は普段は絶対に話し掛ける事のない沙霧に、お姉さんが呼んでるよと沙霧に声を掛けると、柚葉に軽く会釈して、その場を去って教室に入っていった。
「如月先輩に声掛けちゃった! 先輩の声マジで綺麗なんだけど」
「抜け駆けは許さないよ!」
そんな会話を聞きながら、沙霧はまた怒られるとビクビクしながら、廊下で綺麗に立っている柚葉の元に向かう。そんな沙霧の後ろ姿を詩は横目で見つめながら、クラスメートとの会話に気持ちを戻すと、お得意のエロゲーの会話に没頭する。
没頭している筈なのに、沙霧と沙霧の姉である柚葉の事が、どうしても気になって仕方なかった。
視聴覚室まで連れて来られる。
扉を閉めて、自分の元に歩いてくる柚葉を見ながら、まさか学校ではないよね? と不安になりながら、ゆっくりと柚葉に顔を向ける。
「沙霧ちゃん」
「は、はい」
どうしても恐怖で声が上擦ってしまう。ちゃん付けで呼ぶと言う事は怒っている証拠だしと、沙霧は泣きたくなってしまう。
「どうして、誰ともクラスメートと話さないの? お姉ちゃんとは話せるのに、どうしてもう何年も私以外と話さないの?」
そう言われて、ずっと柚葉以外と話していない事に気が付いた。
「パパやママも凄く心配してるのよ。ずっと話してくれないって、声を聞かせてくれないって、沙霧ちゃんは、パパやママと話したくないの?」
「そ、そんな事はないけれど、怖いの。私は、私は……から」
柚葉が、何て言ったの? と言っているが沙霧は口を噤んで理由を話そうとはしなかった。
私は、お姉ちゃんとは違うから、もう昔には戻れないから、だって昔の自分が如月沙霧と言う女の子が、どんな女の子だったのか自分でも覚えていないのだから、だから変わらないし戻れない。
「お姉ちゃんが話してくれるから、私はそれで十分だから」
「嘘つき。本当は話したい女の子が、お友達になりたい女の子がいるのに」
驚きの表情を見せる私を気にした風もなく、お姉ちゃんは、いつも目で追ってる女の子がいるわよね? 浅川詩ちゃんだよね? と軽く目を細めて優しく微笑む。
どうしてお姉ちゃんが、詩ちゃんの事を知ってるの?
どうして、私が詩ちゃんの事をいつも目で追いかけている事を、詩ちゃんとお友達になりたいと思っている事まで知ってるの?
沙霧は寒気を覚えて、軽く身震いすると柚葉の目を必死に見つめて、教えてと目で訴える。
「お姉ちゃんは、沙霧ちゃんの事なら何でも知ってるのよ」
久しぶりに優しいお姉ちゃんの笑顔を見た気がした。昔は毎日見ていた気がする。
そんな事を考えている沙霧に、柚葉が実は沙霧の事が心配で休み時間の度に教室を覗いていた事と、沙霧の担任に詩の事を聞いた事を、あっさりとネタバラシしてくれた。
品行方正、成績優秀の柚葉は、教員からの信頼も厚いのだ。そんな柚葉に聞かれたのなら、詩の事を教えてもおかしくないと思いながら、柚葉が自分の事を心配してくれている事が、素直に嬉しかった。
一緒に帰る約束をしてから、それぞれの教室に戻っていった。
教室に戻るなら、クラスメートのヒソヒソ話が聞こえてくる。
どうしてあの幽霊が、如月先輩の妹なのかしらね?
あの死神のお姉さんが、あんな天使で美人なんて信じられないよねとか、もう聞き飽きた台詞ばかりだなと思いながら、自分の席に戻ると再び詩に視線を向ける。
無邪気に自分の大好きな話しをしている詩は、本当に可愛くて、彼女は私の天使とそんな事を思いながら、ついニヤけてしまう自分がいた。
久しぶりに、お姉ちゃんと一緒に帰った。
他愛無い会話をしながら、それでも嬉しかった。こんなに優しい表情を見せてくれるお姉ちゃんを、久しぶりに見れた事が本当に嬉しかった。
「沙霧ちゃんのお部屋に入ってもいい? 最近ずっと入ってないから」
正直戸惑う。だって部屋には詩と会話をする為にと、詩の大好きな詩が楽しそうに話していた美少女ゲームの数々が置いてあるのだから、殆どの作品は百合だけれども、一応幾つかは男女の恋愛作品もある。
断るべき? でも断って後で怒られるのが怖いし、お姉ちゃんは私の部屋にエッチなゲームが沢山ある事は知っているのだからと、沙霧はうんと答えると、柚葉と部屋に入る。
「相変わらず綺麗な部屋ね。棚にあるのは、流石にお姉ちゃんも恥ずかしいけど、やっぱり凄いのかな?」
顔を赤らめながらも、棚に置いてある無数のゲームの事が気になる様だ。
「殆どが百合だよ。でも、やっぱり成人向けだから、そう言うシーンあるし、男女の恋愛のもあるけど、私は正直無理って思ったよ。でも、女の子同士のは、綺麗だなって思ったかな」
珍しく生き生きと話している沙霧を見て、柚葉は驚きを隠せない。この娘、こんなに話せる娘だったっけ?
こんなにも可愛らしい笑顔を見せる女の子だったっけ?
「沙霧ちゃん、嬉しそうだね。でも、お姉ちゃん嬉しいかな。久しぶりに沙霧ちゃんの本当の笑顔を見れた気がするし」
「お姉ちゃん?」
そう言いながらも、寂しそうな瞳の柚葉の事が気になってしまう。
「詩ちゃんだよね? あの娘ってエッチなゲーム好きなんだよね? 聞いた事があるんだ。沙霧の同級生にいつもエッチな美少女ゲームの話しを楽しそうにする女の子がいるって」
まさかお姉ちゃんの世代にまで、詩ちゃんの美少女ゲーム好きが知れ渡っていたなんてと、そんな事を思いながら、詩ちゃんってやっぱり凄いなとも思ってしまう。
「沙霧ちゃんは、あの娘が詩ちゃんが好きなの? だから、詩ちゃんの好きなエッチなゲームを沢山買って、毎日ゲームをしてたのは、あの娘とお話ししたいから? あの娘の彼女になりたいから? あの娘とエッチな事をしたいから? だからだから毎日あの娘を目で追うの? お姉ちゃんよりもあの娘と居たい? お姉ちゃんよりあの娘と沢山お話ししたい? 沙霧ちゃん、教えて」
お姉ちゃんは、何を言っているの? 確かに詩ちゃんとお話ししてみたくて、詩ちゃんとお友達になりたくて、恥ずかしいのを我慢してエッチなゲームを沢山買って、恥ずかしいのを我慢して毎日プレーしていたけれど、詩ちゃんの彼女になりたいとか、お姉ちゃんよりも沢山お話ししたいとか、そんな事は考えた事はなかった。だって私はお姉ちゃんの妹で、専属モデルてお人形さんなんだから、だから私はお姉ちゃんからは、離れられないし離れたいとも考えた事がなかった。
「あの、お姉ちゃん。私は確かに詩ちゃんとお話ししたくて、詩ちゃんとお友達になりたくて、恥ずかしいけどエッチなゲーム沢山したよ。今もしてるし、でもそれは詩ちゃんと同じ話題が欲しかったから、でも彼女とか考えた事ないし、わからないし、お姉ちゃんよりも詩ちゃんと沢山お話ししたいとか考えた事なんてないよ」
お姉ちゃんが一番だよと言う言葉を聞く事は出来なかったが、詩ちゃんが一番だよと言う言葉もなくて、柚葉は安心する。
こんな風にして、沙霧とお話しするのは、凄く久しぶりな気がする。そんなつもりなんてないのに、いつの間にか沙霧は、私の言う事を何でも聞く妹になっていた。
正直寂しいと感じたが、自分に従順な事にいつしか快感を覚えて、そんな生活が当たり前になって私と沙霧の関係は姉妹と言うより、主人とメイドと言うのは、綺麗な言い方で本当は主人と奴隷と言うのが正しいのかもしれない。
沙霧が妹がそれでいいのなら、今の関係でも私は構わないが、出来るなら元の姉妹に戻りたいとも思ってしまう自分がいる事に、柚葉は気付いていて、それでも沙霧を見つめる視線は、いつも通りの冷たい視線を向ける事も忘れなかった。
お姉ちゃんと普通に会話出来たのなんて、何年ぶりだろうか?
もうこんな風に普通の姉妹の様に会話出来る日が来るなんて、2度とないと思っていた。
だから素直に嬉しかった。でも最後に自分に向けた冷たい視線。あの瞳で見つめられると、私の心と身体は萎縮して、何も言えなくなるし動けなくなってしまう。
あの視線を私に向けなくなる日は来るのだろうか?
そんな事を考えながら、PCの画面に映る美少女を見つめると、どうしても詩の事を思い出してしまう。あの可愛らしくて、屈託なくて嘘偽りのない笑顔を、私には絶対に出来ない素敵な笑顔。
空気以下の私には、絶対に出来ない素敵な笑顔に、私は少し嫉妬しながらゲームをやり始めた。
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