第2話 対照的な二人
今日から、高校生だ。ギリギリとは言え何とか中等部から、高等部に進学する事が出来た。
私の名前は、
中学生がエロゲーをと思うかもしれないけれど、今はネットで買えるのだ。イラストを見て、18禁と知らずに購入したのだが、エロは勿論の事、そのイラストの可愛らしさに魅了されてしまった。
それからは、私の会話は美少女ゲームの事ばかりになったのだが、周りのクラスメートは詩は本当にエロ娘だねと、笑いながらも変わらずにいてくれる事が本当に嬉しかった。
詩と言う少女は、昔から周りに愛される不思議な女の子だった。
高校生になった現在も、見た目は小学生のロリっ娘。ボサボサのロングヘアーで、年頃の女の子なら興味を持つお化粧にも興味はない。
興味があるのは、美少女ゲームだけで自分の事にも恋愛にも興味なんてない。
今が楽しければいいと言うお気楽な女の子なのである。
高等部進学初日から、エロゲーの話しばかりの詩なのに、何故が高等部で初めて同じクラスになったクラスメートから、既にエロ娘とあだ名で呼ばれているのだから、詩と言う少女は、本当に不思議である。
そんな既にクラスの人気者になってしまった詩を見つめる瞳に、詩もクラスの誰も気付いていなかった。
詩に視線を向ける少女。俯いて、自分の存在さえも消し去ってしまおうとしながら、それでもクラスメートに囲まれて、楽しそうにしている詩を教室に入った時から見つめるのを止めないのは、
根暗で無口。自分の意見を全く言えない少女。一つ年上の優秀で人気者の姉に負い目を感じている女の子。
自分とは対照的な詩に、明るくて誰からも愛される詩に憧れを持っていた。
彼女を浅川詩と言う女の子を知ったのは、中等部の時だ。既に根暗で無口で友達も一人もいなかった。
いつも俯いて、周りからは幽霊とか死神とか言われていた。そんな私の前に現れたのが浅川詩だった。
いつも周りに友達が居て、楽しそうにお喋りをしていて、いつも眩しい笑顔の彼女に私は目を奪われてしまった。
羨ましくて、悲しくて家に帰って部屋で大泣きしたのを、今でも覚えている。
私にはない物を、彼女は全て持っている気がして、本当に本当に羨ましくて、彼女に近づきたくて、彼女とお話しをしてみたくて、でも結局中等部の三年間で彼女とは一度も話す事はできなかった。
「エロ娘は、今日もエロ全開だね〜」
「もちろんだよ! 実は昨日新作を買ってね。そのキャラクターが、超可愛くてエロいの」
「よだれ! エロ娘よだれが出てるから」
仕方ないなと言いながら、詩の涎を拭いているクラスメートに嫉妬してしまう。
会話の内容から、相変わらず彼女は美少女ゲームが大好きな様だ。
中等部時代から、彼女の会話は美少女ゲームの話しばかりだ。最初は何の話しをしているのか全くわからなかったけれど、彼女とお話しをしたくて、彼女が言っていた作品名を調べて、初めて彼女が好きなゲームは、成人向けのゲームであると知った。
私には、一生縁がないと思っていた物だが、詩とお近づきになりたくて、私は恥ずかしさに耐えながら、ネットで美少女ゲームを購入して必死にプレーした。
彼女から語られる作品は、全てやってみた。クラスメートの何人が彼女の話しを理解出来ているのか、私なら彼女とゲームの話しを何時間でも出来るのに、出来るのに……私は彼女を目で追う事しか出来なかった。
「見て見て! 二年の如月先輩だよ」
「マジで、綺麗なんだけど、誰かさんのお姉さんとは思えないよね」
わかるわかると、冷ややかな視線が向けられている事に気付いてはいたが、敢えて知らないフリをして、廊下に視線を向ける。
そこには、お姉ちゃんがいた。私に厳しい視線を向けているお姉ちゃん。
そんな何もかもが違うお姉ちゃんが、手招きをしている。行きたくない、行きたくないけれど行かないと、家に帰ったら怒られる。怒られたくないと思いながら、沙霧は重い腰を上げて、廊下へと向かう。
階段まで連れて来られる。
相変わらず俯いて、姉の顔すらまともに見れない沙霧に、柚葉は冷ややかな視線を向けながら、顔を近づける。
「沙霧、あなた相変わらず一人なのね」
「ご、ごめんなさい」
「誰も謝りなさいと言ってる訳じゃないのよ。あなた、私の顔に泥を塗らないわよね」
そんなつもりなんて毛頭ありませんと、私はお姉ちゃんの言う事をちゃんと聞いて、学校生活を送りますと、俯きながら小声で答える。
柚葉は、軽く舌打ちをしながらあんたのそう言う所が嫌いなのよ! と帰ったらわかってるわよねと言うと、その場で震える沙霧を置き去りにして去ってしまった。
また怒られる。また怒られる。また怒られる。沙霧は、その場で立ち尽くして泣いていた。
そんな沙霧とは、対照的に詩は相変わらずクラスメートに囲まれて、ゲームの話しを楽しそうに延々とあのキャラクターが可愛いんだよと力説していた。
何とか涙は止まってくれた。どうせ俯いているし、自分の事なんて、誰も気にも留めないのだからと沙霧は、トボトボと教室に戻って行った。
私はお姉ちゃんの顔に泥を塗るつもりなんてないのに、どうしてお姉ちゃんはそう思うのだろうか?
ずっとお姉ちゃんの邪魔をしない様に生きてきたのに、そんな事を思いながら目で詩を追う。
彼女は、本当に可愛らしい女の子だ。見た目は小学生なのに、全く同い年に見えないのに、彼女の愛らしさは、彼女の無邪気さはこんな根暗な私に光をくれる。
この後家に帰ったら、お姉ちゃんに怒られるとわかっていても、それが辛くて恐怖でも、彼女の無邪気な顔を思い浮かべたら、きっと耐えられる。そんな気持ちにさせてくれる詩は、私の、私の、それ以上考える事は、何故か許されない気がして考える事を止める。
これ以上は考えてはいけないと、何故かそう思ってしまった。
「エロ娘、帰るよ〜」
「は〜い! 皆んなバイバイ」
私の幸せな時間が終わりを告げた。
クラスから、全員がいなくなるのを確認してから、沙霧も教室を出て家路に着いた。
家に帰るなり、制服を脱ぎ捨てて下着姿でパソコンに向かうと、早速買ったばかりの新作ゲームをやり始める。
「えへっ、やっぱりきゃわゆいのです」
とても年頃の女の子とは思えない様な、酷い顔をしながら、詩はゲームに没頭していく。
彼女にとっては、ゲームをしている時間が至福の時間なのだ。勉強も運動も下の下だし、楽しいなんて思えない。
ゲームをしている時間は、何も考えなくていいし、本当に楽しいのだ。
クラスメートは、彼氏が欲しいとか、恋愛の話しを楽しそうにしているけれど、私には何がいいのかわからない。
恋人なんて作ってしまったら、彼女達に会う時間が減ってしまう。そんな事は絶対に許されないのだ。
詩にとっては、恋愛やお化粧なんかよりゲームをする事の方が、何百倍も重要だった。
クラスの皆んなの事は大好き。優しくて、私の話しを嫌がらずに聞いてくれるし、私の知らない世界も教えてくれる。だから、本当に私は幸せな女の子だと思う。
皆んな私のお友達になってくれたから、皆んな?本当に?
詩は、クラスで一人だけ自分に話し掛けない女の子がいる事に気付いた。
如月沙霧ちゃん。彼女だけは、私に、私だけじゃなくて、彼女が誰かと話しているのを見た事なんてない。
確か中等部時代から、彼女がクラスメートと話しているのを私は見た記憶がなかった。
「寂しくないのかな? 話し掛けても大丈夫かな?」
今度お話ししてみようと思いつつ、いきなり話しかけたら、びっくりするかな? そんな事を考えてしまって、ゲームに集中出来なかった。
帰りたくない。
帰りたくないけれど、寄る場所も一緒に遊ぶお友達も私にはいない。
ゆっくり歩いていた筈なのに、家がもう見える距離になってしまった。玄関まで来ると、お姉ちゃんが待っていた。
「お帰りなさい沙霧」
「た、ただいまお姉ちゃん」
「一緒に入ろう沙霧」
優しく微笑むお姉ちゃんを見て、今日は許してくれたのかな? そんな淡い期待を持ってしまった自分を叱りつけたいと、沙霧はすぐに後悔する事になる。
お姉ちゃんの部屋に、そのまま連れて行かれた。お姉ちゃんは、優しい微笑みを崩さずに、目だけは氷の様に冷たい。
「沙霧ちゃん」
「…………は、はい」
お姉ちゃんが私をちゃん付けで呼ぶ時は、間違いなく怒っている時だ。
沙霧は、必死に考える。お姉ちゃんに怒られる様な事はしていない筈だと、何かしてしまったのかと考えても考えても、何も思い付かない。
「沙霧ちゃん。今日も楽しくお絵描きしましょうね」
「お姉ちゃん、もうモデルは……」
何か言いたいのかしら? と鋭い視線に沙霧は俯いて涙を浮かべる。柚葉は、決して暴力を振るったりはしない。暴力は振るわないが、妹を脱がして妹のヌードを描く事が好きなのだ。
姉妹なんだから、裸位と思うかもしれないが、いくら姉妹でも、恥ずかしいポーズをさせられるのは、その恥辱には耐えられない。
「あら、嫌なの? あんなエッチなゲームを毎日毎日やっているのに」
ど、どうしてお姉ちゃんがそれを知っているの?と言う顔で柚葉を見る。
秘密にしていたのに、詩に近付きたくて、詩とお話しをしたくて、共通の話題が欲しくて、恥ずかしいのを我慢して、ネットで購入していたのに、ちゃんとイヤホンも付けていたし、お姉ちゃんにも家族には気付かれていないと思っていた。
「パパやママは知らないから安心してね」
両親に知られたら、私は私はこの家に居られなくなってしまう。
「沙霧ちゃんが、お姉ちゃんの言う事を聞いてくれたら、秘密にしてあげるからね」
優しい顔で、優しい声で言うけれど、お姉ちゃんが私を、私の裸を見る目はお姉ちゃんのものじゃなくて、一人の大人の女の目だ。ゲームに登場するエッチな女の子と同じ瞳なのだ。
あの視線が怖い。
あの視線に見つめられると、私は動けない。
あの視線には、私を束縛する力があるから、私はお姉ちゃんに逆らえなくなってしまう。
今日もとっても可愛いかったわよと、お姉ちゃんは満足そうだ。
お姉ちゃんには、私の瞳に浮かぶ涙なんて見えていないのだ。
こんな関係になってしまったのは、もう四年も前だと言う事をお互いに覚えてなんていなかった。
沙霧は、ただ元の仲良し姉妹に戻りたいと願うだけ。
柚葉は、ただこのままの関係でいたいと願っているだけなのかもしれない。
あの穏やかで、楽しかった日々はもう訪れないのだろうか?
普通の姉妹に戻りたい。そう呟きながら、洋服を着ると、自室へと戻って行った。
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