第8話 絵画の秘密、時間が増えるのか?
口ぶりから、絵があること、絵をかけていることが時間を生み出すような感じがする。
『絵って、なんだ?』
社員の表情は不思議としか言えないような感じで、ポカンと口が開いていた。
一夜明け、カイトは絵が盗まれたニュースを心待ちにしているが…
『あれ?、ニュースになってない?』
カイトは盗難したビルの近くにも行ってみたが、そこは昨日と変わらず何事もなかったような日常の姿であった。
気になるが、さすがに”絵が盗まれたりしていませんか?”とかは聞けない…
『どうしたもんか…』
気になるので確認しないわけにはいかない。なんとかしてビルの中に入って見てみないと…。そうすると、やることと言えば…
数日後…
「よろしくお願いしま〜す!」
カイトが受付で話しかけると
「今日もよろしくお願いします。いつもキレイにありがとうございます!」
受付のスタッフは笑顔で返してきた。
今度は女性の姿に変装したカイトが清掃員として訪れており、清掃員の姿というだけで簡単に安心してもらえていた。清掃会社に行って正式に清掃員として仕事をすることとして、制服、IDカードを借りてきたのだった。
“いつも”と声をかけられたが、変装が見破られたわけではなく、清掃員の制服をみて、清掃員の皆様をひとまとめにした“いつも”の表現だった。
『この感じだと、コスプレでもビルの中に入れそうだ。おそらく、人気の仕事や環境にとって良い仕事には無条件に感謝があるのだろう。』
何かをしてもらってから感謝するのではなく、これから役に立つことをしてくれると思うことからの感謝。まだ何もしていないが良いことをしてくれるはず、でも見返りを求めない、そんな感じがする“いつも、ありがとうございます”だった。
『見返りを求めない声を聞くと、奉仕するのが損とは考えなくなるな。奪われるって感覚にならないからなのか?ありがとうをもらったからなのか?、それとも、ただただ心地よいからか?』
カイトは、この世界に来てから感謝や誰かのためになることについて考えるようになっていた。
『時間をかけてもらったことに、同じ程度の時間をかけて返すのはわかる。ただ、《ありがとう》の言葉はかなり短い時間であるが、この言葉を受けて返す行動はもっと時間をかけるだろう』
『ありがとうって、何だろう…』
『お金の世界も等価交換に見えないものがあって、増えやすいもの、減りやすいものがあるんじゃないか』
そんなふうにカイトは考えながら、いつもお金のことを考えてしまう自分に少し嫌気が差していた。
『この感謝の声は、前に同じ制服の人の、そのまた前の人の積み重ねに感謝だな』
そう思い、感謝に応えるべく清掃をしたい気持ちをぐっと抑え、絵のあった部屋に行くと
『あっ!、違う絵がある!!』
そこには、盗った絵と違う絵が何事もなかったように掛けてあった。
『まさか事件になっていないのか?』
価値がなかったのか、複数の絵があって使い捨てのようなものなのか、カイトは絵の価値がわからなくなってしまい、しばらく呆然と立ち尽くしていると
「その絵、気に入ったのですか?」
急に話しかけられて、しばらく絵を眺めていたことに改めて気がついた。
振り向くと、この会社の社長の姿があった。
「あっ、こっ、この絵、なんかいいなって思って…」
とっさに答えたが、そこに絵があることに驚いていたのだが絵自体は観ていなかったため、”なんかいいな”はウソだ。
「絵を眺めてくれる人は、ほとんどいなくてね」
社長は絵画を眺めながら続けた
「本当にいい絵なんですよ。描いている人や、描かれていること、伝えたいことを想いながらいつも観ているんですよ。ちょっと前に飾っていた山の絵なんか観ているだけで時間が長くなる感じがしてね。手に入れるの苦労したんだけど盗られちゃって。」
『やっぱり絵が盗られたこと、価値があるものが無くなったのはあっている。』
カイトはホッと安堵の表情を浮かべながら、ふと気になる言葉が耳に残った。
『時間が長くなる感じがするって!』
つづく
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