第26話 時に恋は、人を変態にする
「どうしたの?」
「あ、いや……」
そう言って、成生は目を逸らす。
「その……髪を下ろした海陽さんって新鮮だな、と思って」
いつもは肩下ぐらいまでの髪を二つに結んでいる海陽。それをしていない海陽は、いつもよりもかわいさが増しているように見えた。
そもそも制服姿以外を見るのが初めてだ。ゆるめのミニ丈ワンピースのルームウェアも強力だが、髪下ろしはちょっと衝撃が大きすぎた。
今の表情は見られたくない成生は、横を向いて手で口元を覆い隠す。
「ふぅーん」
海陽は成生が照れていることが嬉しくて、口元が緩む。
リリアみたいな美人がいつもそばにいるのに、反応するなんて。顔赤くしている成生が、ちょっとかわいいなと思ってしまう。
反応しているってことは、勝率ゼロの勝負では無いのかもしれない。
これはチャンスかも。
もう少し反応が見てみたい気持ちが芽生えてきた。成生の好みを聞き出せそうだ。
海陽は横を向いている成生の前に立って、顔をのぞき込んだ。
「ねえ。そう言えば、リリアは髪長いよね? ナリオくんは、ああいうナガーイ髪の女の子、好き?」
「その辺はこだわらない……と思う」
成生は、
(なんでこんなことを訊くのだろう……)
と思いつつも、海陽に目を合わせないようにしながら素直に答える。
「リリアってさぁ、サラサラできれいな髪だよね。わたしはあんなに長くないけど、下ろしてた方がいい?」
「普段の海陽さんは……それはそれでかわいいと思う」
「ふぁっ!!」
まさかのカウンターに、海陽まで顔が赤くなってしまった。
「そ、そう」
なんとか、動揺は表に出さないように。
「リリアってスタイルいいよね」
「正直、目のやり場に困る時が有る」
「へえ……わたしは?」
海陽は軽い気持ちで訊いてみたのだが、
「あの……今は学校で会う時よりもかわいく見えるから、困ってる」
なんてさらに顔を赤くして言うもんだから、
「ぐふっ!」
海陽はさらにダメージを受けた。
成生の様子を見れば、ウソやおせじじゃないのは海陽でも分かる。素直に答えてくれている。
(嬉しい……嬉しいんだけど……)
これ以上は身体が持たない。
海陽はこれ以上問い詰めるのをやめた。
夜も更けて。
そろそろ寝ようということになった。
海陽はこの時まで忘れていた。
リリアと成生が同じ部屋で寝ていることを。
「いいんだよ? 俺は別の部屋で寝ても」
成生は布団を準備しながら言う。
「だって、ナリオくんがリリアいなくて寂しがってるから来たんだよ? だからわたしもリリアと同じように寝る!」
海陽は強がって言っているように見えたが、成生は本人の意見を主張することにした。寝る前に言い争いなんてしたくない。気分が悪くなるだけだ。
成生は布団に。
海陽はベッドに。
そして照明が消えた――。
布団の中。
成生は今日を振り返っていた。
リリアがいなくて寂しかったが、海陽が来てから楽しかったし、新しい一面も見れた。
(やっぱり、海陽さんってかわいいんだよなぁ……)
今日、改めて思った。
それでいて、接しやすい。距離感は遠からず、近からず。――若干近い方か?
姉ちゃんみたいに近すぎるのは苦手だ。そんな姉ちゃんがずっとそばにいたおかげで、女の子に苦手意識が有った。だが最近はそれが薄れてきた。海陽のおかげだと思うし、キッカケとなったリリアのおかげでもある。
分からないことは訊いてきて、たまにヘンなこと言って、たまにガンコ。
そう考えると、海陽はリリアと似ている部分が多い気がする。見た目は全然違うのに。
だからなのか、リリアと一緒にいるような安心感が有る。
同じクラスの海陽が同じ部屋にいる。
そう。海陽がそばにいる。
なのに緊張感は無く、今は妙にリラックスした気分だ。なんだか落ち着く。
今日は海陽がいてくれて良かった。
成生は安心して、そのまま眠りについた。
一方、ベッドの中。
海陽はというと、
(うぅーあ。どうしよう……。心臓がヤバい)
全然眠れずにいた。
目が冴えてしまっている。
男と同じ部屋で寝るなんて、初めてでもない。
と言っても、父親とか、弟とか。
多分、いつも通り意識していないなら、この部屋でも気にすることもなかっただろう。
だが、今同じ部屋に成生がいる。
あの成生が、この部屋にいる。
そう。成生がそばにいる。
それだけで、この気持ちがさらに加速していく。落ち着けない。
(はっ! この部屋ってナリオくんの部屋だから、このベッドってナリオくんのだよね?)
海陽は成生に聞こえないようしずかに、かつ大きく息を吸い込んだ。
(――リリアの香りが混じってるや)
それは当然だ。元々成生のベッドだったが、今はリリアが使っている。
なんだかいい気はしなかったが、それでも海陽はリリアの香りに混じる成生の匂いを嗅ぎ分け、
(どこかにナリオくんの匂いが残ってるかも!)
とベッドをあちこち嗅ぎ始めた。
時に恋は、人を変態にする。
成生の匂いを肺いっぱいに詰め込んだところで、
(ナリオくんはわたしをどう思ってるんだろう)
と海陽は冷静に考え始めた。今、最高に気持ちが昂ぶっているが、そろそろ落ち着かないと本当に眠れなくなりそうだった。
風呂上がりの姿に照れたり、いつもの髪型をかわいいと言うことは、普段から一人の女の子として見ているということだ。
問題は、その先。
女の子でも、特別な女の子として見ているか。
成生のそばには、頭がよくて、スタイルよくて、美人でクラスでも目立っているリリアがいる。もはやラスボスクラスだ。
元々知り合いと言っていたが、出会ってどれぐらい経つかは分からない。だが、海陽と成生が一緒に行動し始めるよりも長いのは確実だ。
そんなリリアに勝てるのだろうか……。
海陽はというと――。
クラスでは……目立っていない成生よりは目立っているとは思うが、そんなに目立つ方じゃないと思う。だいたいは仲のいい二人と三人グループを作っているし。
スタイルは普通。
頭は…………うん。
そう思うと、レベル1桁台でチートレベルの魔王と戦おうとしている気分になる。普通に考えれば、勝てるとは思えない。
だが、何もせずに負けるのも、なんかイヤだ。
負けるにしても、少しは
(もっとこう、なにかアピールしていった方がいいのかな? ――わたしになにができるのだろう……)
それを考えると、余計眠れなくなる――と思ったが、普段よりも頭を使った海陽は、落ちるように眠ってしまった。
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