第11話 リードパイプ

「ねえ、成生さん」

 リリアが訊いてくる。


 成生が学校から帰ってきてくつろぐリビング。リリアは成生が学校に行っている間に気になることが有ると、こうやって訊いてくる。成生も答えられる範囲で答えてあげている。

 今日は何だろうか。


「バナナのたたき売りって知っていますか?」

「そりゃあ、多少は。テレビとかで見たことは有っても、リアルで見たことは無いけど」

「私、バナナのたたきを食べてみたいのですが」

「区切るところが違う!!」


 バナナのたたき売り。

 明治時代に台湾から輸入されるようになったバナナは、当時高級品だった。

 そんなバナナのキズもの、熟れすぎたものを港周辺の露天で安く売ったのが始まり。今で言えば、規格外品や訳あり品を売るアウトレットショップのようなモノである。


 ここで売るのは、日持ちのしない品。悠長に売ってはいられない。そこで売口上を述べて客を集め、素早く売りさばいていたのである。

 バナナの低価格化や規格外品の加工品利用などでバナナのたたき売りは無くなったが、発祥の地とされる北九州の門司もじでは、その伝統を受け継いで後世に残している。


 なお、カツオのたたきは、味をなじませるのにたたいたのが、由来だという説がある。


「とまあ、こんな感じだね」

「バナナのたたきを売ってる人ではないんですね」

「宮崎・鹿児島の鶏のたたき、岡山のサワラのたたき、北陸石川のブリのたたきは聞いたことあるけど、バナナのたたきは無いなぁ」


 バナナにグラニュー糖をかけてバーナーであぶるバナナキャラメリゼは有るが、藁焼きで炙るバナナ料理は知らない。もしかしたら知らないだけで有るのかもしれないが、今まで聞いたことは無い。


「ラップで包んで冷凍庫に入れる冷凍バナナの対極的な料理と思ったのですが」

「それ、おばあちゃんの家に行ったら有るヤツッッ!!」


 冷凍バナナと妙に小さい缶ジュースは、なぜおばあちゃんの家にありがちなのか。


「でも、焼きバナナは有るんだよなぁ」

「焼くのですか? バナナを」


 リリアの表情も声のトーンも変わらないように見えるが、彼女は驚いている。成生はリリアと一緒に過ごしてきたので、微妙な変化が分かるようになってきた。


「うん。焼きりんごが有るし、ストーブとか火鉢でみかんも焼いたりする。果物を焼いてはいけないなんて決まりは無い。生が基本のモノもあるけどね」


 加工すると色が毒々しいことになるドラゴンフルーツとか、本当に生で食べるのが多いレンブとか……南国モノが多い。

 レンブは台湾や沖縄で見ることが出来る。

 別名がオオフトモモ。


 ――オオフトモモ……。


「?」

 リリアと目が合ってしまった。

 いかんいかん。話を進めよう。


「でね、焼きバナナなんだけど、フライパンにバターかオリーブオイル、どっちか好みで入れてシナモンシュガーをフライパンに入れてからバナナをその上に投入。焦げ目が付いたらひっくり返して周囲に有るシナモンシュガーを付けながら焼き上げ。仕上げに追いシナモンシュガーかけて完成! 甘々なおてがるスイーツだよ」

「それは……おいしそうですね」


 リリアがバナナに興味を持っているように見える。目がキラキラ輝いているように見えた。


「じゃあ、作るよ。バナナが家に有ったと思うから」

 そう言って立ち上がった成生がキッチンに行くと、さっき語っていた手順で軽く焼きバナナを作り上げた。


「はい、どうぞ」

 白いお皿の上には成生が作った焼きバナナが何本か載っている。バナナの表面にはシュガーで焦げ目が付いていて、出来立てを示すかのように湯気が上がっていた。


「これが……バナナ」

 うっとりとバナナを眺めるリリアの目は、どことなく嬉しそうだ。


「御飯の時にいつも思うのですが、成生さんは料理が得意なのですか?」

「いや、簡単な料理だけだよ。一人になって作るようにはなったけど、あまり手の込んだ料理はムリだね」

「そうですか? 今回も凄く手際が良かったです。プロのような」

「プロはさすがに言い過ぎじゃないかな?」

「素敵でしたよ」

「そんなにほめられると、嬉しいなぁ」


 出来合いのモノじゃ種類も限られてくるし、安く仕上がるからとなんとなく始めた料理だが、もっと頑張ろうという気分になってくる。


「さ、冷めないうちに」

「はい。いただきます」


 リリアは焼きバナナにフォークを刺すと、先端にはむっとかぶりついた。

「んっ……」

 焦げたグラニュー糖と最後に振りかけたシナモンシュガーで外側はカリッザクッとした食感。その下のバナナは、外側がとろけるように柔らかくなっている。そして口の中にバナナの甘味、それを包むようにシナモンの香りが広がっていった。


「はぁぁあぁ……口の中が幸せですぅ……」


 リリアは成生が聞いたこと無いような高い声を出している。

 こういう声、出せるんだ。

 目もとろんとしていて、いつもはクールな感じの彼女が普段見せないような姿を見せることに、成生はドキドキする。


「その……そんなに良かった?」

「はぁい。こんなの、初めてです」


 声がうわずっている。こんなに興奮しているリリアも珍しい。


「バナナ、気に入ってくれて良かった」

「私、成生さんのバナナがとっても好きになりそうです!」

 そう言って、リリアは焼きバナナを口の中に入れていった。


(俺のバナナ……)


 そのワードに成生のドキドキが止まらない。

 こんなの、初めてだ。


「成生さん、顔赤いですよ? 大丈夫ですか?」

「リリアさんが俺のバナナを……」

「え?」

「あっ……」


 妄想がつい口から出てしまった。

 どうしよう。ヘンに思われないだろうか。もしくはヘンタイに思われて……。

 ああ、もう最悪だ。


「あ、もしかして、成生さんもバナナ食べたかったのですか?」

 リリアは残っていた焼きバナナにフォークを刺して持ち上げようとしたが、自重でバナナは折れた。仕方無いので、フォークで一口サイズに切って刺し、成生に向かって差し出した。


「さ、どうぞ」

「じゃあ、いただきます」


 断る理由も無かったし、断れば悲しむような気がする。

 リリアが成生のために差し出した焼きバナナにかぶりついた。

 自画自賛になるが、よく出来ていると思う。


「どうですか?」

「おいしいね」

「でしょう?」


 リリアは凄く純粋無垢で清純だ。あまりヨゴしたくは無いと思った。

(ヘンな妄想をして、ごめんなさい)

 成生は心の中でそっと謝る。

 でも、今後もしないという自信は無い。それはリリアの存在が、凄く刺激的だから。

 そんな妄想してしまうのが自分だけなのか、ふと気になる成生。

 清純そうなリリアがそんなこと考えてたら……それはそれでギャップがあっていいと思う。

 しばらくは清いお付き合いが続きそうだ。


 そういえば、今口の中に入れたフォークって、さっきリリアが口の中に……。


 これって間接――。


 いや、まだリリアに直接触れてはいないからセーフ! セーフだから! まだリリア自身はキレイな状態だから!


 何度も自分に言い聞かせつつリリアを見ると、平然と焼きバナナを食べ続けていた。当然、さっき成生の口に触れたフォークが、リリアの口に触れている。

(それを気にしているの、俺だけなの?)


 成生の悩みは尽きない。

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