第10話 ハミガキでおじゃま

 ハブラシを持ったリリアと帰ってきたばかりの成生は、二人でリビングへやってきた。とりあえず成生は、カバンを邪魔にならない位置へ置いた。


 リリアは床で正座をすると、

「さ、どうぞ」

 と言う。


 これはハミガキの仕上げをするので膝枕をして、という意思表示だ。

 目の前には、白くて肉付きのいいふとももがある。正座をしているせいか、いつもよりむっちり感が目立っていた。


 もうハミガキとかどうでもいいから、膝枕したい。


 頭を乗せると、みっちりぱんぱんと身の詰まったふとももの弾力を、後頭部で感じた。

 前、おんぶした時にリリアの柔らかくてあたたかいふとももは触ったが、あの時とは違う高反発のふとももが、そこに存在する。

 白いふとももっていいな。ホワイトアンドホワイト。



 さて、ハミガキの準備は整った。

 成生の顔の方を見下ろし、ハブラシを持つ右手を上げて固まるリリア。一言も発さない。

 成生もまた、黙ったままだった。


 流れる、しばしの静寂――。


「あの……」

 その沈黙を破ったのは、リリアだった。

「成生さんの顔がよく見えません」

「俺も、富士山かと思うぐらいの高い山しか見えないんだ。これは……逆さ富士かな?」


 そう。二人の間にそびえる高い山で、互いに顔が見えていなかったのだ。


「安心して下さい。昼間に素振りで特訓をしていました」

「もっと、他にやれることあったんじゃない?」

「なので、見えなくてもやれそうな気がします!」

「その自信、どこから来るの? ねえ」

「練習の賜物です!!」

「そ、そう?」


 不安しかないが、自信たっぷりに言うんだ。ここはリリアを信じてあげるしかない。


「それでは、行きます」

「あ、ああ……」


 リリアのハブラシを持つ右手が、ゆっくりと動き出した。

 そのハブラシは成生の顔に近付いていき、成生の中へ。


「ハナッ! ハナニハイッテルッテ!!」


 リリアの持っていたハブラシは成生の鼻に入っていた。おかげで、声も変になってしまった。

「すみません」

 鼻に入ったハブラシが引き抜かれ、ようやく楽になる。拘束から解き放たれて自由になれた気分だ。

 でも、まだ鼻の中がヒリヒリする。


「あっー……もう。ハミガキはお願いしたけど、ハナミガキはお願いしてないからね?」

 そもそも、普通はハブラシで鼻を磨かない。よく入ったと思う。


「目測を誤りました。次はきちんと口に入れます」

 と、ハブラシを持った右手を動かすリリア。

「ちょっと待って! そのまま口に入れるの!?」

「ダメですか?」

「ダメだよ! 俺の鼻に入った奴を口にとか!」

「では、私の鼻に入れて中和を……」

「…………いや、ダメだからね?」

 一瞬、それもいいかな? と思った成生。少しだけ迷いが生まれた。だが、それをやると人としての一線を越えそうに感じて、なんとか踏みとどまることが出来た。


 そう言えば、リリアの鼻の中はどうなっているのだろう。ちょっと気になる。

 毛は生えているのか。それともつるつるなのか。

 見たくても間を隔てるように大きな山が存在している。鼻はおろか、顔すらも見えない。

 いつか鼻を見せてもらお……でも、なんかすごくヘンタイ的じゃないか? 女の子の鼻をのぞくなんて。

 でも、気になるから仕方無いよね。


 ということで、ハブラシを洗って仕切り直し。


「さっきので感覚は掴めました。次はやれそうです」

「そう……」

 生返事をする成生。あまり期待はしていない。


「いざっ!!」

 気合いはさっきよりも入ってる。不安が増す要素でしかない。


 再び、ハブラシは成生の顔に近付いてくる。

 そして……。


「下のお口に入りましたか?」

「ふん。はひっは」


 今度はちゃんと口に入った。

 ベタにボケるなら下に行きすぎて乳首とかだったのかもしれない。そんなことされたら新しい世界に目覚めちゃうかもしれないが、多分リリアはそんな考えを持っていない。真剣にやっているのだろう。


 真剣にやって鼻を磨かれかけたのだから、たまったもんじゃあないが。


 そして静かな部屋で、シャカシャカとハブラシが歯でこすれる音だけが響く。

 リリアは恐らく、ハブラシから伝わる感触と音だけで磨いているのだろう。それにしては上手で、音と相まって段々と気持ちよくなってくる。


(いいな、こういうの……)


 なんて、成生は思い始めていた。

 どこか、心の奥底で誰かに甘えたい、という気持ちがあったのかもしれない。

 それはきっと、一人の寂しさを感じた時点で。


 二人になった今は、リリアに甘えている。

 すごく幸せだ。


「あの……」

 歯を隅々まで磨き終えたリリアが、手を止めて言う。

「私から成生さんが見えないので、綺麗になっているのか分かりません。仕上げは成生さん自身でお願いします」

「番組と逆じゃない? 仕上げは俺さんって」


 結局、最後は自分自身で磨くことになった。

 これなら最初っから自分でやっても良かったのではないだろうか……。

 と思ったが、あの高反発ふとももと逆さ富士は忘れられない。最高の環境だった。


 また、機会があったら頼もうと、ハミガキしながら思う成生であった。



「成生さん、歯磨き上手ですね」

「ほう?」


 なんでもない普通のことでも褒めてくれるリリア。

 このままだとダメ人間になりそうだが、もう少しリリアに甘えていたい。

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