第16話 俺の読書感想文はきっと白紙ではない
「本当にすみませんでしたっ!」
俺は
昼休みが始まったら、俺は彼女に呼び出され、教室に戻らざるを得なかった。
深江先生は眉を寄せて、眼鏡越しに冷たい眼差しを送ってきた。
その目線が非常に圧倒的に感じて、俺は彼女に屈するしかない。
「読書感想文。なんで提出しませんでしたか?」
「ホームルームでうたた寝してしまったんですから! しかも『友達』だと思っていた人は俺を裏切って起こそうともしなかったんですよ!」
深江先生は笑いを嚙み殺しているようだ。まあ、彼女にとってこのシチュエーションは面白いのだろう。
しかし、俺にとっては絶対に面白くない。できるだけ早くこの教室を出たい。
「まあ、まだ同じ日なので……。鞄にあるなら、取り出してください」
言われるがまま、俺は読書感想文を学生鞄から取り出し、深江先生に差し出す。
彼女は少し前を置いて、読書感想文を手に取ってくれた。
「今回は許してあげます。ただし! もう一度提出期限を過ぎたら、容赦はしません」
「わ、わかりました」
俺は下僕かのように深江先生に
空気が小泉さんといる時よりも気まずい。できれば、俺はすぐに逃げたい。
「あの、出てもいいんですか……?」
「もう話すべきことはないので、好きにすればいいですよ」
深江先生の言葉に、俺は立ち上がって早足で教室を出た。それなのに、周りの空気がまだ息苦しく感じた。
俺は外にでなければいけない。
そう思いながら、俺は廊下を進む。皆が昼食を摂っているせいか、廊下は意外と静かだった。歩きながら、俺の靴音が響き渡る。
廊下の突き当りに着くと、二人の声が聞こえてきた。声からすると二人とも女性のようで、かなり真剣な話のようだ。
彼女たちはどこにいるのだろうか?
外にいるようだけど、三階の廊下から外に出る方法がないのではないか? と、俺は思った瞬間にふと思い出した。
この廊下には、屋上へのドアがあるのだ。
もしかして、彼女たちは廊下の鍵を見つけて屋上に入ったのか? それは校則違反になるので、俺は屋上に行ったことがない。ただでさえ深江先生を怒らせてしまったし、他の先生を敵に回したくない。
しかし、俺は好奇心を抑えられなかった。ずっと屋上に行ってみたかったし、ドアが開けっ放しだったら、それを無視するのはもったいない。
だから、俺は彼女たちの声を追い始めた。すると、壁越しに怒鳴り声が聞こえてきた。
「山口さん! なぜ大丈夫じゃないのに、大丈夫なフリをしているんですか!?」
その声が耳に入ると、俺は気がついた。屋上にいる女性たちはきっと夏海と小泉さんなのだ、と。
念のため廊下を見回してから、俺は開けっ放しであろうドアのほうに向かう。屋上のドアがどこにあるかはまだわからないけど、開けっ放しだったら陽光が床に漏れてくるはずなので、見つけやすいだろう。
数分後、俺は屋上へのドアと思しきものの前にたどり着いた。
鍵は鍵穴から取られたけど、ドアは予想通りに開けっ放しだった。
俺はこっそりとドアを少しだけ開け、できた隙間をすり抜ける。
屋上の真ん中のベンチに座っている二人の女性が視界に入った。左側は黒髪ロングで、右側は彼女より短くて茶色い髪をしている。顔は見えなくても、彼女たちが小泉さんと夏海だと俺はわかった。
そこに近づくと、小泉さんは俺を振り返った。途端、彼女はびっくりしたように目を見開き、危うくベンチから落ちそうになった。
「雄己!? なんでここに?」
叫ぶのはよくない。先生に聞かれるかもしれないから。
「おい、声を潜めたほうがいいよ。とにかく、俺は屋上のドアが開けっ放しだと気づいて行ってみたかっただけ」
「い、行くのは初めてだよね?」
小泉さんとは対照的に、夏海は小さな声でそう尋ねた。それは、好奇心旺盛である彼女には似つかわしくない声だった。しかし、彼女はついさっき小泉さんに叱られたようなので、ビビっているのかもしれない。
「ああ、初めてだ。正直、もっとすごいものを期待してたけどな……」
「すごい?」
「まあ、ここにいるのは校則違反らしいんだけど、飛び降り自殺を防ぐフェンスもあるし、別にここに行かない理由がないんじゃないか?」
俺の疑問に先に答えてくれたのは、小泉さんだった。
「そうですけど、万が一フェンスが倒れたら……それとも、誰かがフェンスを登ろうとしたら……。それ以外、授業をサボりたい生徒が屋上に身を隠すかもしれないから、先生に迷惑をかけてしまいかねないね」
小泉さんが持論を語っている間、俺と夏海は適当に相槌を打つ。聞き逃しているわけではない。ただ、フェンスの話をしたくなかったのだ。
「それより、四時間目の予鈴はあと五分なんだよ。先生に気づかれる前にここを立ち去ったほうがいい」
言って、俺は夏海と小泉さんを催促するように
彼女たちは名残惜しそうにゆっくりとベンチを立ち上がり、最後に学校付近を眺めてみた。
ようやく屋上を立ち去ると、小泉さんはポケットを漁って、ドアに鍵をかけた。
幸いなことに、予鈴はまだ鳴らなかったので廊下は静かだった。おそらく、目撃されることはなかっただろう。
三人で廊下を進みながら、俺は
まだ提出期限と同じ日だったおかげか、意外なことに彼女はそれほど怒らなかった。
そういや、夏海の読書感想文はどうだったのかな?
「あのさ夏海。今朝、読書感想文を提出したの?」
「うん、ちゃんとしたよ。急いで書いたからいい成績は取れないと思うけど」
さすがだね、夏海。入院の件もあったし、正直提出できたことに感心している。
「急いで書いた、か。夏海らしいな」
と、俺がからかうように言うと、夏海は
「もう、本当に大変だったのよ! 馬鹿にすんな」
夏海は少し怒っているようだったけど、俺のからかいに噴き出してくれた。
それを傍観している小泉さんは、眉をひそめて真顔になった。
「さて、次の授業に向かいましょうか?」
「は、はい……」
と、夏海は消え入りそうな声で答えた。
夏海と小泉さんの喧嘩は気になっているけど、放課後夏海に直接訊いたほうがいいだろう。
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