第15話 屋上での昼食会

 昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴りました。

 は課題を鞄に詰めようとしながら、山口さんを見失わないように彼女を見据えています。

 山口さんはすでに宿題を鞄に入れて、教室を出ているところです。

 今朝のホームルームで雄己はうたた寝したが、結局私は彼を起こさないことにしました。なぜなら、今日は山口さんを監視したいからです。

 山口さんと友達になったばかりなのですが、そんな私でも彼女のおかしい行動に気づいています。普通の人は、つまずいても穴に落ち込むなんてしないのでしょう。

 実は、私の疑いは穴の事件から始まったのです。そもそも山口さんが密林を散策していた理由がわからないし、そんなに大きな穴に気づかないわけがありません。だから、山口さんは自ら進んで穴に飛び降りたとしか考えようがないです。

 でも、彼女がなぜそうしたのか私にはさっぱりわかりません。


「山口さん」


 宿題を鞄に入れてから、私は廊下を進んでいく山口さんを呼び止めました。

 私の声に山口さんは立ち止まって、こちらを振り返りました。

「小泉さん?」

 山口さんは眉をひそめながら私の名前を呼びました。

「昼ご飯、屋上で食べませんか?」

 と、私は提案してみました。

 おそらく、屋上の鍵の位置を知っているのは私だけでしょう。知ってはいけないことだから、絶対に他人には教えないのですが。

 屋上を選んだ理由は簡単です。それは、人が少ないというか、いないのですから。屋上に入ったら、私は山口さんと対峙して疑問を投げかけることができます。それに、私が山口さんから情報を聞き出したという証拠を持っている目撃者は一人もいません。

 我ながら、この計画は完璧すぎると思います。

「屋上で?」

「そう、行ったことがないんですか? 風がすごく気持ちよくて、学校の周りが一望できますよ」

 私がそう言うと、山口さんは目を輝かせてこちらに駆け寄ってきます。両腕をつかんでから、彼女は私を廊下に引きずるように歩きます。

 それは少し痛くて、そもそも私は屋上に行くつもりだったので必要ではない行動です。

「手を離してください」

 と、私は山口さんの手を振り払おうとしながら言った。でも、彼女が私の腕を鷲掴みにしているせいで、なかなか振り払えませんでした。

「ね、離しなさいよ」

 私がそう言ったものの、彼女は聞いてくれず、呑気のんきに歩き続けることしかしませんでした。

 廊下に引きずられながら、私は溜息を漏らしました。


 屋上へのドア。

 絶対に開けてはいけないと先生に言われたにも関わらず、私は開けようとしています。ポケットから鍵を取り出してから、私はドアとの距離を一歩縮めました。

 山口さんは隣に突っ立って、鍵穴に見入ります。

 私が少し重い鍵を鍵穴に挿し込むと、ガタガタという耳障りな音が耳を襲いました。その音はやけにうるさく、耳を塞がずにはいられませんでした。

 山口さんはドアの取っ手に手をかけ、回してみました。すると、ドアがからりと開きました。

 彼女はぽかんと口を開けて、見たことのないであろう屋上を眺めます。

「いいなぁ」

 言って、山口さんは先に屋上に入っていきました。

 私は鍵をポケットに戻してから、彼女の後を追いました。

 ドアの向こう側では、強い陽射しが地面を照らしています。屋上に敷かれた灰色のタイルがその光を反射し、目をくらませます。

 いわゆる『スクールアイドル』のように、広い屋上で踊る山口さん。彼女の姿はいかにも自由奔放に見えて、私は少し嫉妬しました。

 ――なぜなら、彼女は意外と踊りが上手なのですから。

「それでは、昼ご飯を食べましょうか? 弁当箱を持ってないなら、私はこれを半分こにしてあげますよ」

「そんな、小泉さんの昼ご飯を奪いたくないわ」

「別に奪っているわけではないんですが……。ただ、昼ご飯がないとここに行く理由もないでしょ?」

「いや、昼ご飯はあるよ。今朝、鞄の中に入っておいたの」

 言いながら、夏海は鞄の中を漁ります。

 本当に弁当箱を持ってきたのでしょうか……。

 彼女を待ちながら、私は屋上の真ん中にあるベンチに腰を下ろしました。タイルの色に近いスカートは、風に吹かれて危うく舞い上がりそうになりました。片手でスカートを押さえようとしながら、私は先に箸を取りました。

「見つけた!」

 ややあって、山口さんは弁当箱らしきものを鞄から取り出して、私に見せました。

「今日の昼ご飯はなんですか?」

 と私が尋ねると、彼女は弁当箱の蓋を開けてくれました。

 弁当箱の中に入っているのは、味噌汁と巻き寿司。思ったより美味しそうで、私は「弁当箱がないならこれを半分こにしてあげますよ」と言ったものの、逆に山口さんに彼女の分を半分こにしてほしくなりました。

 とはいえ、私だって美味しい弁当があるから、別に構わないのですが。

「あたしの弁当、美味しそう?」

 山口さんの弁当の中をじっと見つめていた私はバレてしまったようです。

「本当に美味しそうですよねー。私も食べてみたくなったんです」

「お互いの弁当を試食したら?」

 言って、山口さんは自分の弁当箱を差し出します。しかし、私はそれを受け取れず、首を左右に振りました。

「いいえ、山口さんのお弁当が美味しそうだからこそ自分で食べてほしいんですよ」

「そっか……」

 山口さんは差し出した弁当箱を引っ込め、私の隣に腰を下ろしました。

 同じ制服のはずなのに、彼女のスカートはなぜか風に揺れませんでした。

 美味しそうな弁当に風に舞い上がらないスカート、そして人目をはばからずに振る舞う勇気。嫌でも、私は山口さんに嫉妬せずにはいられないのです。

「ところで、今朝雄己はうたた寝しちゃったね。面白いと思ったから彼を起こしてあげなかったけど、小泉さんはちゃんと起こしたの?」

「いいえ、寝不足かと思って可哀想に見えたから、私も起そうとしなかったんです」

 私の言葉に、山口さんは噴き出しました。

「あははは。それなら、彼は多分先生に叱られているところだよね」

「一時間目も二時間目もサボってしまったんですね。このままでは合格するわけがないでしょ……」

「次は絶対に起こしてあげよう」

 頷いて、私は自分の弁当に視線を落としました。とりあえず会話が終わったようだから、私は昼ご飯を食べるのを再開しました。

 隣に座っている山口さんはベンチの背もたれに身体からだを預け、雲一つない青空を見上げました。

 食べ終えたら、私は彼女から情報を聞き出そうと思います。

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