第14話 雨病の研究

 学校図書館に入ると、真っ先に目に入ったのは見知らぬ女子高生だった。彼女は眼鏡をかけており、茶色い髪が背中にかかる。

 正に典型的な司書だな、と俺は彼女を一瞥して思った。

 俺が受付を通り過ぎても、彼女は俺の存在を無視しているかのように、無表情のままパソコンの画面をじっと見つめながらキーボードを打ち続けた。

 図書館だけあって、たくさんの本棚がずらりと並んでいる。それぞれの本棚は色々な本で埋め尽くされており、今にも倒れてしまいそうだった。

 学校図書館の一角は学生の勉強や研究のために区切られている。危険そうな本棚の合間を縫いながら、俺は早足でそこに向かう。すると、後ろから声が聞こえてきた。

「走らないでください」

 振り向くと、受付の後ろに座っている司書がこちらに鋭い眼差しを送っている。

 俺は小さく頷き、一番身近なパソコンの前に座った。

 ログインしてから検索エンジンを起動し、『雨病』というキーワードを打ち込んでみた。すると、約五千件が出てきた。それはおそらく雨之島の人口と同じくらいだろう。

 画面に映っているのはだいたいブログや記事で、迷信についてのサイトもたくさんあった。そういうサイトの皆は真面目に雨病の仮説を語り合ったり、おかしいことを雨病のせいだと思い込んだりしているようだ。

 しかし、それより興味を引いたのはとある記事の見出しだった。


『雨之島 久々に雨が降る 自殺発見された』


 記事によると、早朝に堤防を散策している夫婦が死体を見かけ、すぐに通報したのだ。そして、警察が堤防に行くと、自殺だと判断された。

 死体の正体は橋下はしもと彩香さやかという女子高生だと思われる。どうやら彼女は俺と同じ学校に通っていたらしいけど、俺は記憶をたどっても顔を思い出せない。もしかして、彼女は他校に転校したのかな。

 果たして、この件は本当に雨病と関係があるのだろうか。偶然かもしれないし、他殺かもしれない。

 しかし、雨病のせいであっても不思議ではない。なぜなら、俺は検索しなくても雨病の症状をよくわかっているから。雨病に罹った人は、最後に良心を失ってしまう。そして、他人を殺害するか自殺することになるのだ。 

 だから、あの人は殺害が嫌だったのか、それとも殺したい人はいなかったのか、人目につかない堤防から飛び降りて、自殺してしまった。

 そう考えると、確かに筋が通っている。強いて言えば、俺はこの件を雨病のせいにする派だろう。

 俺はブラウザバックして、他のブログなどに目を通す。しかし残念ながら、だいたいは根拠のない噂にすぎなかったのだ。『こうすれば雨病が治る』とか、雨病が実在するか疑っている他愛のない噂話。

 五分くらい読んでから、俺は再びブラウザバックする。

 時計をちらっと見ると、次の授業まで二十分残っているということに気づいた。

 手持ち無沙汰になったわけではないけど、今日の雨病の研究はここまでにしておけばいい気がする。そういう記事を読むと気が滅入ってしまうし、薄気味悪い。

 あの司書に目を付けられているだろうから、ゲームをやってはいけない。本来ならば、本棚に向かって面白そうな本を取り出せばいいけど、そこに行くのは危なすぎる。

 結局、俺は学校図書館を出ることにした。もうここではやるべきことはないし、他の生徒もパソコンを使いたいだろう。

 授業がまだ終わっていないので、廊下はまだ静かだった。そろそろ生徒で賑わうはずだから、俺はこの穏やかな廊下を少し楽しみたかった。

 壁に身体からだを預けて、天井を見上げながら身につけた情報を反芻する。

 特に気にかかっているのは、雨病の症状だった。雨病患者は感情を制御コントロールできなくなったり、細かいことにもかっとなったりして、最後に殺害か自殺を選べなければならない。

 雨すら見たことのない俺にとって、それはどうしても想像できないものだ。


⯁  ⯁  ⯁


 三時間目の予鈴が鳴ると、予想通りに生徒たちが廊下に流れ込んでくる。

 俺は一時間も二時間もサボってしまったから、できるだけ他人を避けたい。なぜなら、話しかけられたら授業をサボった理由を聞かれるだろうから。

 俺に言わせれば、一時間をサボってしまったのは自分のせいなのではなく、俺を起こしそこなった夏海と小泉さんのせいだと思う。しかし、二時間のサボりに関しては、誰のせいだったのかは曖昧になってしまうのだ。

 一時間のあとに俺を起こしに来なかった夏海か小泉さんのせいにしてもいいだろうか? それとも、やはり起こそうとしなかった俺のせいなのか……。

 とにかく、俺はこれ以上授業をサボるわけにはいかない。先生に注意されたくないし、家に連絡されるのも嫌だ。

 そういや、三時間目はどの教科だっけ?

 記憶をたどってみると、俺はふと思い出した。

 忘れるわけがないと思ったのに。


 ――それなのに、俺は読書感想文の提出期限を

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