第12話 一日間の家出 ②
「はあぁー」
夏海は吐息を漏らすなり、
もちろん、全力を尽くして林道を走った俺も疲れているし、特に足が痛い。しかし、俺は夏海を最優先にして、彼女の面倒を見ることにした。友達というのはそういうものだから。
「お茶でも飲みたい?」
俺がそう訊くと、夏海は居住まいを正し、手を
「夏海?」
返事はなかった。
「夏海、大丈夫か?」
俺は少し心配になり、念のためもう一度訊いてみた。
夏海は突然我に返ったように身体を動かし、視線をこちらに向けた。ややあって、彼女は俺の問いにこう答えてくれた。
「ごめん、喉が渇いちゃったの」
「なら、俺は何か淹れに行くね。とりあえず、ちょっと
夏海は無言で頷いて、ソファに横たわる。
のんびりしている彼女を背に、俺は台所に向かう。歩いていると足の痛みが悪化したけど、夏海の痛みとは比べ物にならないだろうから、俺はできるだけ耐えるようにした。
俺はカウンターの上に置いた茶袋を手に取り、煎じる。お茶を淹れるのは簡単なことなのに、なぜか母がいつも俺に淹れてくれるのだ。だから、俺はまだ経験不足で必死に淹れ方を思い出そうとしている。
台所から夏海を見つめると、彼女はすでに睡魔に襲われているようだった。まさか、お茶を淹れ終わる前に眠ってしまうのか。そう考えると、俺はお茶を淹れる気力を少し失ってしまった気がする。
それでも、俺は引き出しから二つの湯吞みを取り出して、カウンターの上に置いた。
急須の中を覗くと、茶袋が煎じ終わったことに気づいた。
頻繁に夏海を一瞥しながら、俺はお茶を注ぎ始めた。注ぎ立てのお茶から湯気が立ち昇り、家中にいい匂いが漂う。
深呼吸しては息を吐く。それを繰り返すたび、俺は徐々に落ち着いてくる気がする。
お茶を注ぎ終えると、俺は二つの湯吞みを手に取って、居間に戻る。そこには、夏海のぐっすり眠っている姿が目に映った。
「夏海、お茶を淹れたよ」
確かに彼女を起こすのは気が引けたけど、喉が渇いたらお茶を飲むのが一択なのだ。このまま寝たら、朝に喉が酷く乾いてしまうから。
「う……うん、ありがとう」
夏海は徐々に目を覚まして、お茶を受け取る。
まだ眠いし、お茶をこぼしたりしないかなと俺は悩んだけど、結局彼女は無事にお茶を飲み干した。
「ああぁ、いいなぁ」
そう言ってから、夏海は目を
「じゃあ、おやすみ、雄己」
空いた湯吞みを台所に運びながら、彼女のささやき声が聞こえてきた。俺は振り返り、ソファで眠りについた夏海をちらっと見た。
「おやすみ」
と、俺は彼女を起こさないように小声で言った。
今日は色々あったし、明日は学校がある。だから、そろそろ寝たほうがいいだろう。
俺は自室の布団で寝たかったけど、そうしたら夏海が寂しくなるかもしれない。
結局、俺は向こう側のソファに身体を寝転び、目を瞑った。普通はソファでは眠れないけど、今夜俺はすぐに深い眠りに入った。おそらく、くたくたになった身体のおかげだろう。
⯁ ⯁ ⯁
翌朝。居間に差し込んでくる陽射しに、俺は徐々に目覚めた。
寝ぼけ
そして、俺の自室にあった目覚まし時計が鳴り出した。
俺は階段を駆け上り、早足で廊下を進む。
自室へのドアをからりと開けると、ジリジリジリという音が耳を
「ったく、もう起きているから騒がないでくれよ」
俺は目覚まし時計を叱るなり叩きつけた。すると、耳障りな音がようやく止まった。
それと入れ替わるように、母の大きな
母の部屋に入ると、彼女はベッドから起き上がって、俺に笑顔を見せた。
「おはよう、雄己」
「あ、あの、居間で夏海が寝ているから、大きな声を出さないようにしてね」
俺が母に状況をぎこちなく説明しようとすると、彼女はぽかんと口を開けた。
「夏海がここに? いつから?」
「ゆ、
「まあ、結構遅くなったから、私は多分もう寝ていたのね。平日は早起きしないと。雄己が社会人になったらわかるでしょ」
俺は頭を掻きながら溜息を吐いた。
まあ、相談せずに友達を泊めたし、母がびっくりしても当然。おそらく彼女があんまり怒っていないのは、夏海が俺の幼馴染だからだろう。母にとって、夏海はもう家族のようなものだ。
「じゃ、俺は夏海を起こしにいくから。遅刻するわけにはいかないんだな」
「なら、私は二人分の朝ごはんを作りにいく。お腹が空いたら集中できないよねー」
頷いて、俺は
階段を下りながら、再び誰かの
「おはよう、夏海」
「おはよー」
夏海は元気よく挨拶して、背伸びする。
「あ、まずはお礼を言わないとね。昨日は本当にありがとう」
彼女は何に礼を言っているのか。泊めてくれたことなのか、それとも穴から救ってくれたことなのか? どちらにせよ、夏海から礼を言われるのは珍しい。
「ところで、母が夏海にも朝ごはんを作ってくれるらしい」
「えー、いつもあたしに優しいね」
――そうだ、母はいつも他人に優しい。社会人になったら、俺は母みたいになりたいな。
「じゃ、食卓を用意しようか」
「あたしも手伝うよ!」
「助かる」
そういう他愛もないやり取りをしていると、俺は夏海の苦しみを完全に忘れていた。
いつもこうだったらいいな、と思いながら食器を引き出しから取り出した。
この不思議な感覚は何なのだろうか。本当に昨日も、先週も、何事もなかったかのようだ。
朝ごはんを食べ終えたら、俺は夏海と――そして小泉さんと一緒に通学路を歩く。それを楽しみにしながら、俺は大人しく朝食を待つ。
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