間章『虚室』

第10話 お見舞い

 放課後、私は家に帰る途中でコンビニに立ち寄ることにしました。なぜなら、今日は山口さんのお見舞いをするつもりなので、何か差し入れを買っておいたほうがいい気がしたから。

 当然ながら、通学路は帰路についている生徒で賑わっています。私は誰かに話しかけられないように通学路から少し離れて、人気ひとけのない路地裏を通っています。

 微風そよかぜが路地裏に吹き抜け、私のスカートを舞い上がらせてしまいます。風は面倒くさいとはいえ、清々すがすがしくて気持ちよかったです。

 一人で路地を進んでいると、ポケットに何かが震えたのを感じました。それはもちろん、私の携帯でした。ポケットを漁って携帯を取り出すと、私は山口さんからメッセージが来たことに気づきました。


『あの……なくても構わないんだけど、もしあればあんこ餅を買ってほしい』


 最初に文字に目を通してみると、私は意味がわからないと言わんばかりに眉をひそめました。でも、目をもう少し上に向けると、私が今朝送ったメッセージが視界に入りました。


『今日、病室に来る前に買い物を買おうと思います。欲しいものはありますか?』


 なぜか、そのメッセージを送信した記憶がなかったです。それは、ベッドから起き上がってすぐに送ったメッセージだったからでしょうか?

 とにかく、あんこ餅。コンビニならあるはずでしょう。

 

『わかりました』


 そう返事を打ち込んでから、私は携帯をポケットに仕舞しまいました。


 何分か歩き続けたあと、私は路地裏の向こう側に出て、ようやくコンビニの前にたどり着きました。

 普通は買い物を母か父と一緒にするので、一人でするのは本当に久しぶりでした。少し寂しかったですが、新鮮にも感じました。私の家族――特に母はかなり厳しいので、自由にコンビニに行けるとは思いもしなかったのです。

 私は入り口に近づいて、店内に入りました。

 真っ先に声をかけたのは優しそうな店員でした。彼女が「いらっしゃいませ!」と元気よく言ってくれるのに応えて、私は軽く頷きました。

 私より遥かにコンビニに詳しい母の存在が恋しかったです。なぜなら、彼女は超能力者のように、買いたい食べ物がどこにあるかいつも知っているから。とても便利そうな力だし、母と買い物に行くときはいつも早く済んで助かります。

 でも、そんな力のない私だから、一つ一つ棚を探すしかない。

 とにかく、困ったら店員を呼べるし、あんこ餅は定番のおやつなので見つけるのはよほど難しくないでしょう。

 私は学校鞄の紐を少し調整してから、あんこ餅を探し始めました。

 色々な食べ物が棚を埋め尽くしているにもかかわらず、見つけるのは呆気あっけないくらい簡単でした。

 私はあんこ餅を手に取って、レジに向かいました。せっかくコンビニに行ったし、本来ならば家族の欲しいものも買うべきだったかもしれないが、正直私はできるだけ早く買い物を終わらせたい。

 幸いなことに、会計を済ませるのに二分しかかかりませんでした。レジで待っている人は少なかったし、私は一つの物しか買っていないし、むしろもっと時間がかかったほうがおかしいでしょう。

 その後、私はコンビニを出てすぐに病院へ行きました。向かう途中で紙袋の中身を一瞥してあんこ餅を見ると、山口さんが楽しめるといいな、と思いました。


⯁  ⯁  ⯁


「お、小泉さん来た!」

 私が病室に入った途端、夏海は唐突に上半身を起こしました。

 病室の中はほぼ空っぽになっているし、何もすることがないようだし、山口さんはとっくに退屈にしているのでしょう。

「こんばんは、山口さん。遅れてすみません。でも、ちゃんとあんこ餅を買ってきたんですよ」

 言いながら、私はあんこ餅を袋から取り出しました。すると、山口さんは子供のように身を乗り出します。

 彼女のために買ったとはいえ、美味しそうだから私も一個食べてみたいです。

 私はベッドに近づいていって、山口さんのそばに座りました。

 彼女はまだ寝間着を着たままで、下半身はベッドシーツに覆われて見えません。

「健康状態はどうですか? 詳しく教えてください」

 言って、私は心配げに眉をひそめました。

「まあ、今朝医者さんと話したんだけど……どうやら、足を捻挫しちゃったらしい」

「い、痛くないんですか?」

「今は動いていないから大丈夫。でも、確かに動いてみると少し痛いのよ」

 山口さんの言葉に私は目を伏せ、出ようとしている溜息を嚙み殺しました。

 山口さんが苦しんでいると知ると、私は更に後ろめたくなってしまいます。なぜなら、彼女が苦しんでいるのに、私は雄己とアイスを食べたり、レインコートを買ったりしたから。

 もし、私が雄己に休憩を取ろうと提案しなかったら……。

 もちろん、山口さんは一晩中あの穴で過ごしてしまったらしいので、私たちが休憩せずに彼女を探し続けても、もう手遅れでした。それでも、私たちがもっと早く密林に行っていたら、彼女の苦しみを少しでも減らせたかもしれません。

 そう考えると、私は自責せざるを得ないのです。

「そうですか……いつ治るか知っていますか?」

「そんなに時間がかかるとは思わないよ。一週間の退院と言われたんで、多分あと二、三日くらいかな」

「この空っぽな病室で二、三日を過ごすのは大変そうですよね。何か欲しいものがあったら、ぜひ私にメッセージを送ってください」

「ありがとう、小泉さん。助かるわ」

 山口さんは久しぶりに笑みを浮かべました。

 その笑顔に釣られて、私は思わず彼女に微笑みかけます。

「いえ、友達として正しいことをしているだけですよ」

 私がそう言ってから、病室内が静まり返りました。

 天井を見つめながら、私は新しい話題を考えようとします。

 でも、私が来るのを待ちながらいくつかの話題を考えておいたのか、山口さんは一足先でした。

「そういえば、雄己も来たの?」

「来ていないんです。彼はたくさんの宿題があるらしくて、時間がないみたいです」

「そっか……」

「でも、宿題がなかったら絶対に来ると思いますよ」

 山口さんは悄然としているので、私は彼女を慰めるようにそう言いました。

 そして、私はあんこ餅のことをふと思い出しました。

「あのね、一緒にあんこ餅を食べませんか?」

 言って、私はあんこ餅の入った紙袋を差し出します。

 山口さんは目を輝かせながら紙袋に手を突っ込み、あんこ餅を一個手に取りました。

「うわー、美味しい! 小泉さんも食べてみてね!」

「はい!」

 私もあんこ餅を一個手に取り、口に運びました。すると、甘い味が口の中に広がっていきます。

「確かに美味しいですね!」

 あんこ餅はあまり食べないので、私は味に驚きました。甘いですが、だからこそ美味しいと思います。

 やはり、私は一個だけで止められませんでした。気がつくと、手がもう一個のあんこ餅を取り出そうとしています。

「あの、もう一個食べたいんですが、いい?」

 私は何となく食欲に動く手を止めて、山口さんにそう尋ねました。

 彼女のために買ったおやつだから、食べるのはちょっと気が引けるのです。

「うん、どうぞ。たくさんあるから、半分こにしても構わない」

「そ、そんな! 山口さんに食べてほしいんですよ。だから、もう一個だけ食べようと思いますね」

 コンビニで急いで買ったから、あんこ餅が二十五個も入っていることに気づきませんでした。

 私は二個、山口さんは一個を手に取ったので、まだ二十二個残っています。つまり、半分こにしたら、十一個も食べなければならない。あんこ餅が好きとはいえ、それほどではないのです。

「じゃあ、退院するまで毎日五、六個くらい食べるかな」

「家に持ち帰ってもいいから、別に全部病室で食べなくてもいいですね」

「うん、そうね。買ってくれてありがとう」

 気がつくと、時間はもう十九時半になっています。面会時間は朝十時から二十時なので、そろそろ家に帰らなければなりません。

 山口さんは掛け時計を見つめている私を一瞥して、口を開けました。

「あぁ、もうこんな時間になっちゃったね」

 溜息交じりにそう言ってから、山口さんは姿勢を崩しました。

「すみません。私が遅れなかったら、もっと時間を一緒に過ごせたのに……」

「大丈夫、大丈夫。あんこ餅買ってくれたし。じゃあね、小泉さん!」

「またね、山口さん。早く退院できますように」

 言って、私はきびすを返して病室のドアに向かいました。

 病室を出る前に後ろを振り返ると、山口さんは笑顔で手を振っています。

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