第8話 夏海の捜索 ①
小泉さんの言う通り、やっぱり雨之島には森があるのだ。しかし、俺は森というより、
目の前には、
地面には落ち葉があちこちにあった。足を踏み出すたび、サクサクという音が林内に響き渡る。
蝉の鳴き声以外、周りが薄気味悪いほど静かだった。
ややあって、不気味な沈黙を破ってくれたのは、まだレインコートを着ている小泉さん。
「いいですね、この森」
「本当に森と言えるかな? 俺はジャングルのほうがいいと思うけど」
「ジャングル? まあ、確かに地面にも草木があるし、木が高いし、空気がじっとりしたんですね。やっぱり、『森』というのは語弊でしたかな」
言って、小泉さんは空を見上げる。
そういえば、密林には虎とかがいるんだっけ。もし黄色のレインコートを見かけたら、そういう獣に襲われてしまうのかな。
レインコートが高かったからできるだけ着たいのはわかっているけど、なぜか小泉さんの行動が仇となるような予感がする。
「なあ小泉さん。ここには虎とかがいないよね?」
俺の質問に、小泉さんはキョトンとした表情を浮かべた。
「多分いないんですね。だから、心配しなくてもいいですよ」
と小泉さんは答え、あははと笑った。
それを聞いて、俺も思わず噴き出す。
「そうなんだ。てっきりあの鮮やかなレインコートのせいで襲われてしまうかと思ったんだけどな」
何十分も経ったころ、何らかの橋が視界に入ってくる。橋が何本かの木の幹でできているようで、渡るのは少し気が引けた。もし歩く途中で幹と幹を結び付けているロープが破れたら、俺たちは下の暗闇に落ちてしまう。
それでも、小泉さんはそれを気にせず先を歩いてみせた。
彼女が無事に橋を渡ると、俺は不安が溶けた気がする。
俺は覚悟を決めてから、前に足を進みながら下を向かないようにした。ようやく橋の向こう側にたどり着くと、俺は安堵の溜息を吐いた。
そして、小泉さんはしばらく周りを見渡してから、次の道を選んだ。
小泉さんについてきながら、俺はますます夏海がここにいない気がしてきた。それでも、他に行くところがないから、このジャングルを探索するしかない。
「もし山口さんがここにいたら、どこに身を隠すんでしょうか」
と、小泉さんは立ち止まってこちらに疑問を投げかけてきた。
俺は答えを考えようとした。しかし、この密林に詳しくないので、結局返事ができなかった。
この密林では、どこへ行っても周りが同じように見える。少なくとも、俺にはそう見えたのだ。
とはいえ、小泉さんは案内が上手だから、多分道に迷うことはないだろう。
じっとりした空気のせいか、俺の身体が汗をかいている。前方に視線を戻すと、小泉さんも汗だくであることに気がついた。
「結構汗かいているんだね。水を持ってきたほうがよかっただろう」
「大丈夫です。このくらいなら、私は耐えられると思いますよ」
言って、小泉さんは髪の毛に両手を走らせる。汗のせいか、それとも木漏れ日のせいか、彼女の髪はいつもより
そして、意外なことに、小泉さんはいよいよレインコートを外した。俺が理由を訊くと、彼女は「暑いんです」とだけ言った。
レインコートを折りたたんで腕に持ちながら、小泉さんは片手で髪の毛をポニーテールに結ぼうとする。
それは結構難しそうで、俺は彼女のことを
「あの、しばらくレインコートを持ってあげるよ」
俺の言葉に、小泉さんはレインコートを手渡して礼を言った。
レインコートを外すだけで、小泉さんの姿が視界に収まりにくくなる。やっぱりそれが、目を引く蛍光色のレインコートのメリットの一つだったのだ。
髪の毛を結び終えると、小泉さんはレインコートを取り返して歩き続けた。
俺は密林を歩けば歩くほど飽きる。もう四十分くらい歩いていたのに、面白いことは何もなかった。果てしない並木が続いただけ。
やっぱり、引き返そうか。夏海はここにいないだろうし。
――そう思った途端、予想もできなかった出来事が起こった。
⯁ ⯁ ⯁
鬱蒼とした木々の中、変な音が響き渡りました。誰かのうめき声のように聞こえたが、人より化け物のようでした。
私の背筋に寒気が走りました。それでも、私は田仲さんの案内者として、前に進まなければなりません。
私は歩く速度を少し上げて、声のほうに近づいていきます。
「この音は……やっぱり虎がいるのか?」
後ろから田仲さんの声がしました。でも、今は他愛のないやり取りをするどころではありません。
髪の毛をポニーテールにしておいたのに、
「うううぅー」
低い呻き声がまた聞こえてきました。今回、私は声のもとに気がつきました。近くにある滝の音に多少掻き消えましたが、あそこの向こう側にあるようです。
「虎ではありませんよ。それは人の声だと思います。それに、滝の向こう側から来ている気がします」
私がそう言うと、田仲さんは首を傾げて困惑した表情を浮かべました。
「まさか、あの人は……!?」
それほどショックだったのか、田仲さんは唐突に立ち止まってしまいます。
「それは、見に行かなければわかりませんから」
私の言葉に、田仲さんは頷き、再び歩き始めました。
私は溜息を吐きます。なぜなら、私の大切にしているレインコートがかなりの荷物になっているから。とはいえ、買うのを後悔しているわけではありません。このレインコートは、後々誰かの命を救うかもしれないし。
「それでは、あそこに行きましょう。彼女じゃなくても、あの人を助けらなければならないんですね」
滝のざあざあという音を背に、私たちは躊躇なく先に進みます。
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