第7話 レインコート
ようやくスーパーの前にたどり着くと、小泉さんがそれほどアイスを食べたいのか、小走りで先に入っていく。
島中を歩き回って足が少し疲れてきたので、俺はゆっくりと彼女についていこうとした。
アイスが入っている冷蔵庫の前で、小泉さんは好きなアイスを選んで、手に取った。
「長い間持っていたら溶けてしまうからすぐに買っていきましょうね」
「そうだけど、俺はまだ選べてないんだよ」
「え?」
小泉さんは首を傾げて俺を見つめる。まさか、俺が彼女のためだけにアイスを買うつもりだと思っていたのか? それは愚かな勘違いだ。こんな暑い日はアイスを食べずにはいられないのではないだろうか……?
「もちろん俺もアイスが食べたいよ。だから、ちょっと待ってくれ」
俺の言葉に、小泉さんは
俺は溜息を吐き、開けっ放しの冷凍庫で美味しそうなアイスを選ぶ。
バニラが好きだから、安いアイスにしろ高いアイスにしろ、味の差はほとんどないだろう。一番安いアイスを探して手に取ってから、俺は冷凍庫のドアを閉めた。
「選びましたか?」
「ああ、これ」
「結構安いですね。もしかして、私が選んだアイスは高すぎるんですか?」
言って、小泉さんは心配げに眉をひそめた。
正直、アイスの値段はどうでもいいけど、俺は節約しようとしているのだ。しかし、「俺が奢るよ」と約束したからには、この期に及んで「でも、安いアイスだけ買ってやるよ」と条件をつけたら野暮だ。誰かに奢るときはケチケチしてはいけないだろう。
「いや、大丈夫だよ」
と、俺は頭を横に振って言った。
小泉さんの持っているアイスを奪い取ると、彼女はびっくりして口をぽかんと開ける。ずいぶん失礼な行動だろうけど、彼女がずっと冷凍庫の前に突っ立ったらアイスが溶けてしまうから……。
「さあ、レジに行こうか」
「あ、はい……」
レジに向かっている途中、小泉さんは興味を引かれたのか、突然立ち止まって何かに視線を向けた。
「何か面白いものを見つけた?」
「はい、これを見てください」
俺は言われるがまま、小泉さんのもとへ歩いて彼女が指差しているものに目をやった。それはコートのようだったけど、俺が知っているコートではなかった。まるでプラスチックでできているようで、色は目が
「これは……何?」
と俺が尋ねると、小泉さんはそのコートを店の衣桁から手に取り、着てみせた。
小泉さんのスーパーロングの髪がコートに挟まり、下から垂れ下がる。彼女はコートの襟元に両手を突っ込んで、髪の毛を引っ張り出す。
「レインコートですよ。聞いたことがないんですか?」
「無いなぁ」
俺がそう答えると、小泉さんは鼻を鳴らす。彼女にしては思いがけなくて失礼な行動だ。
「レインコートは
――鎧……? そもそも、レインとはなんだろうか……。
「ここは雨があんまり降らないから、そういう雨具はすごく高いですね。例えば、このレインコートは万円らしくて――」
「万円!? 雨粒から守るものって便利そうだけど、万円とは!」
小泉さんの説明に驚愕して、俺は思わず彼女の言葉を遮ってしまった。
「大袈裟に驚かなくてもいいですよ。需給の問題ですからね。最近、久しぶりに雨が降ったので店はそういう雨具を仕入れているでしょ。そうしたら、『雨病』の話を信じている人は多分慌てて雨具を買い込みますよね」
小泉さんは意外と経済に詳しそうだ。それに、また知らない言葉が出て来た。『雨具』。彼女は身をもって雨を体験したからそういうことを知っているのかな?
「とにかく、別に『私に買ってくれ!』なんて言ってませんよ。レインコートが欲しいから、私は自分で買います」
小泉さんはレインコートを着たままこちらに近づいてきて、両手を腰に当ててみせる。
「どうでしょうか? 似合います?」
と、小泉さんは言ってあははと笑った。
正直、そのレインコートは本当に似合っている。黄色が目を引いて、髪の毛の色を引き立てる。
しかし、俺は相変わらずそれを言う勇気がなかった。だから、俺は無難な答えを出すことにした。
「似合うよ」
それだけ言って、俺はレジに向かう。
振り向くと、小泉さんは俺についてきている。
ようやく会計を済ませると、俺たちはスーパーを出て、外でアイスを食べ始める。もうアイスが溶け始めただろうと思ったけど、長い間冷凍庫で保存されたおかげか、実はまだ溶けていない。
「買ってくれてありがとうございました! 美味いですね!」
俺の隣に座っている小泉さん。いつも真剣である彼女は喜んでいる。
堤防の近くにある石段に座りながら、俺たちはアイスをじっくりと食べる。アイスの冷たさが舌に伝わり、身体を冷やしてくれる。
「ああ、美味しいな。食べれば食べるほど、
「そうですね」
小泉さんはレインコートを着たままアイスを食べる。四六時中これを着るつもりなのか?
「な、今日は雨が降らないだろうから、レインコートを着なくてもいいよ」
「そうだけど、買ったばかりだし、ちょっと着てみたかったんです」
俺は返事もせず、静かにアイスを食べ続ける。
――そろそろ捜索を再開したほうがいいだろう。
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