涼香の誕生日会にて 20

 最低限の片付けを終えた頃、遂に涼香りょうか涼音すずねの着替えが終わったらしい。


「準備ができたみたい。されじゃあ、入ってもらいましょうか」


 恐らく二人の足音を聞いたのだろう、紗里さりの声に全員が教室の入り口に注目する。カメラを向けるのも忘れずにだ。


 今か今かと、鼓動が秒針の代わりに音を刻む。


「それでは、どうぞ」


 紗里の言葉に、ドアが勢い良く開かれる。


「来たわよ‼」


 バンッ、と開かれたドア、姿を現した涼香の姿に、一同は呼吸を忘れる。


 長らく忘れていた、懐かしい感情。モニター越しなんて関係無い、三階が水を打ったように静まり返る。全員が目の前に現れた絶景に心を奪われているのだ。


「……綺麗」


 誰かがそう呟いた。いや、全員が呟いたのかもしれない。


 それ程までに、水原みずはら涼香という人間の美しさは神秘的なのだ。


 ドレス自体は作りの丁寧な赤いフィッシュテールドレスだ。だが、いくら丁寧に作られているとはいえ、所詮高校生の部活動で作る物。限られた材料で、限られた製法で作られた物。しかし、着ているのが涼香という一点だけで、どの世界でも通用する。シンデレラに出てくる王子が、ガラスの靴を放ってでも涼香の下にやって来るだろうし、魔法の鏡が、この世で一番美しいのは涼香だというレベルだ。


「聞きなさい! 涼音が可愛すぎるわ! 写真を撮りすぎてスマホの容量が無くなりそうなのよ‼」


 しかし中身はいつもの涼香。まるで魔法が解けたかのように、全員が大きく息を吐く。


「ほら涼音! もう着たのだから早く来なさい! 嫌だったら早く来て終わらせるのよ」

「恥ずかしいんですけど……」

「みんなに涼音の可愛さを見せつけるのよ‼」

「見せつけるのは先輩にだけでいいです……」


 声からして、テンションの高い涼香とは正反対、もう今すぐにでも家に帰ってベッドに飛び込みたそうな声だ。


 そして涼音の言葉にも、その疲れは見えている。


 しかし、涼香は容赦無く涼音を教室に入れる。水色のグラデーションが綺麗なAラインドレスを着た涼音が、ちょっと頬を赤くして、無表情で入って来た。


「「「「「「「「「「「「「「「「可愛い……‼」」」」」」」」」」」」」」」」


 その反応は当然だろう。この学校で一番可愛い人は? と聞かれたのなら、真っ先に名前が出てくる涼音なのだ。それに、涼香の同級生からすれば、涼音は文字通り可愛い後輩なのだ。


「目に焼き付けなさい‼ 涼音の可愛さを‼」

「もう……いいですか……?」


 フッと顔を背ける涼音であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る