水原家の台所にて 8

 無事に薄力粉を篩い終えた涼香りょうかは、冷蔵庫から出していたバターの固さを確かめる。


 軽く指で押してもあまり沈まない。もう少し待った方が良さそうだ。


 その間に卵を割る。使うのは一つだが、失敗しても大丈夫なよう五つ用意されていた。


「舐められたものね」


 失敗前提で用意されていると、失敗したくないのだ。それに、卵を割るのを失敗するくだりは以前やった。同じ失敗をする訳が無い。


「あら――失敗したわ」


 などと、その気になっていた涼香を嘲笑うかのように、卵は情けない音を立てて砕け散る。


 幸い、落ちた先はボウルの中。殻を丁寧に取れば問題無い。


 一つ一つ殻を取る作業に、予想外の時間がかかる。殻を全て取り終えた頃には、バターも丁度使いやすい固さになっていた。


「計画通り」


 バターをボウルに入れ、ゴムベラで混ぜる。ある程度混ざり、色が変わったところで砂糖を入れる。


 バターに砂糖が十分混ざると、次は溶き卵を三回に分けて入れていく。


「どうして分けているのかしら」

『それはですね――』

「大丈夫よ、分かっているわ。涼音すずねは休んでなさい」


 頭の中で解説の涼音が出てきたが、休んでいてもらう。理由は分かった上で言っているのだ。ただ、言ってみたかっただけだ。


 頬を膨らませた涼音が出ていく。


 卵を混ぜると、生地がもったりとしてくる。そうなると、次は薄力粉を入れる。


 薄力粉を入れ、ヘラで切るように混ぜる。これはそこまで混ぜなくても大丈夫だ。


 ある程度混ざると、手で軽くこねてひとまとめにする。


 勿論こねる時に、愛情はこれでもかというほど込めておいた。


 後はラップをして、冷蔵庫で三十分程寝かせておく。


「――いいではないの。後は片付けでもしましょうか」


 上手く作れる自信がある。出来上がりを楽しみに、涼香は使った器具を片付け始めるのだった。

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