家電量販店にて 5

 そして――夏美なつみが行きたいフロアにやって来た。一つ下の階の三階だ。


「テレビ買うの?」


 三階はオーディオやビジュアル機器がフロアの大半を占めている。


「違うよ、楽器屋さんも後で行ってみたいんだけどねー」


 そう言って夏美が向かったのは、電子ピアノやキーボードが売られている場所だった。


「ここでーす」

「ピアノ?」

「うん」

「弾けるの?」

「少しだけ」


 夏美は電子ピアノの鍵盤に指を置き、軽く音を鳴らしてみる。


 割とそれっぽい感じで滑らかに音が鳴る。


「おおー、凄いじゃん」

檜山ひやまさんに褒められたあ」


 にへら、と顔を崩した夏美から目を逸らして、涼音すずねも他の電子ピアノを触ってみる。


 適当に弾いてみるが、夏美がやったみたいにそれっぽくならないし、音も滑らかでは無い。


 改めて感心した涼音である。


「先輩がさ、すっごくピアノ弾くのが上手なの。だから私も、中学の頃から練習を初めてたんだ」

「へー、綾瀬あやせ先輩ってピアノ弾けるんだ」


 ちなみに、涼香りょうかも涼音も、学校でやる楽器――鍵盤ハーモニカとリコーダー以外は使えない。それ以外使えないというか、それだけ辛うじて使えるレベルだ。


「うん! 先輩は凄いんだよ! 私も、先輩みたいになりたいなあって」


 その言葉で、涼音ははたと気づく。


「だからその髪型なの?」

「えっ⁉」


 夏美の頬が僅かに赤くなり、ウェーブをかけたベージュのボブヘアーを手で触る。


 思い出すと、髪の長さこそ違うが、ウェーブのかかったベージュの髪という共通点がある。


 今の夏美のセリフから察するに、夏美があやの真似をしていることが分かる。


「……そうだよ」

「へえ、よくその色に染めても怒られないね」


 一応、校則で髪色の指定はあるのだが、涼音も染めているし、彩も染めている。


 涼音がなにも言われない理由は分からないが、彩は成績がいいということでなにも言われないらしい。


「だって……頑張ってるもん」


 いつもの元気な様子はなりを潜め、髪の毛で涼音の視線を遮りながら、ぼそぼそと声を出した。


「ふーん」

「…………」

「いいんじゃない、綾瀬先輩は怒りそうだけど」

「うっ……、実際怒られました」


 さっきまでの様子はなんだったのか、そう思ってしまう程の変わり身。涼音の知る、いつも通り夏美だった。


「本当は髪の長さも一緒にしたかったんだよ! でもそこまで真似したらもっと怒るもん!」

「知らない」


 ぴしゃりと言い放った涼音に口を尖らせる夏美であった。

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