服屋にて 3

 それからも夏美なつみが服を着替えて涼音すずねを呼ぶ。それを繰り返しているうちに店員も諦めてくれるかと思ったのだが、諦めているようには見えなかった。


 暇なのだろうか? そう思ったが、防犯上の理由で試着室周辺にいるのだろう。


「これはどう?」


 夏美がくるんと一周回る。


「いいんじゃない」


 しかしさっきから涼音の感想はどれも同じ。


「うーん……じゃあどれが一番良かった?」

「えぇ……」


 適当に言っていると思われてるようだ。


 涼音はさっきのこともあり、真剣に感想を言っているのだが、服に詳しくないのだ。なにが良くてなにが良くないのか、ファッションが分からない。


 夏美がなにを着ても似合っているというのも、この答えに拍車をかけている。


「どれも似合ってるからなんでもいいんだけど」

「嬉しい! けど選んで! 檜山ひやまさんの好みでいいから」

「どうでもいい。あんたがなに着ようが」


 その涼音の言葉に顔を俯かせた夏美だったが――。


「でも三着目の服は動きやすそうだった」


 続いた涼音の言葉を聞いて顔を輝かせる。


「ほんとに⁉」

「嘘言ってどうすんのよ」

「じゃあこれにするね!」


 服を持って、試着室から出てきた夏美。


 嬉しそうに涼音が選んだ服を見る。夏美がなにを着ようとどうでもいいが、嬉しそうでなによりだ。


「じゃあ服戻してレジだね!」

「うん、あたし先に出てるから」

「一緒に行こうよー!」

「だからくっつくな! って引っ張るな‼」


 夏美にズルズル引かれていく涼音であった。


 

 ――そんな二人が試着室から出て行った後。


 涼音達がやって来たときに使用中だった一つの試着室のカーテンが開いた。


「やっぱり……檜山さんと伊藤いとうさんだよね……?」


 恐る恐るといった様子で外を窺う。


 出ようにも出られなかったのだ。自分にコミュニケーション力があればまだしも、いや、あの檜山涼音にはどれ程コミュニケーション力があって声をかけるのは容易ではないから関係無いか。


 涼音なんかが自分のことを知っているなんてことは思わないが、自分は涼音を知っているのだ。だから緊張して出られなかった。


 分厚い眼鏡の位置を直しながら、その少女は涼音と夏美が店から出たであろう時を見計らい、服二着を持ってレジへ向かう。


 普段こうして服を買いに来ることは滅多に無い。そんな滅多に無い服を買っている時、あの檜山涼音がいたのだ。水原涼香みずはらりょうかがいないのは不思議だったが、それでも緊張してしまう。


 少し話したことのある夏美がいるし、もしかすると、それで涼音と話すことができれば――そんなことを思ったが、慌てて頭を振る。自分なんかに話しかけてくれる夏美を出しに使うなんてできない。柱に額をぶつけた少女は、更に冷静になるため、本屋へ向かうのだった。

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