服屋にて 2

 夏美なつみが試着室へ入って間も無く、涼音すずねはちらちらと刺さる視線に居心地が悪そうにしていた。


 視線の主は店員だ。恐らく、涼音に声をかけるタイミングを計っているのだろう。


 涼香りょうかと二人なら、話しかけられることは殆ど無いし、涼香の母と三人なら、そもそも試着する必要が無いのだが、今その二人はいない。


 とりあえずスマホを触って、話しかけるなと暗に示す。それでも店員は話しかけてくるものである。


 接客上仕方が無いと思わないこともないのだが、やめてほしい。


 意を決した店員が涼音に話しかけようとやってくる。その時――。


檜山ひやまさーん、ちょっと手伝ってー」


 その瞬間、涼音は全てを理解する。昨日勉強したからこそ理解できた。ジーニアスな気分は伊達じゃない。


「なに?」


 夏美の入っている試着室へと近づく。


 なるほど、こうすれば店員は近寄って来られない。


「背中のチャックが……っ、閉められない……!」

「身体硬すぎじゃない? 見せて」


 と、自然な流れで試着室へ入る。


 二人入るのには少し窮屈だが致し方ない。


 中に入ると、背中に手を伸ばした夏美が、割とマジで助けてほしそうに涼音を見ていた。


「……閉めて?」


 背中にファスナーが付いている謎デザインの服。涼音は顕になった夏美の背中を見る。海にでも行ったのだろう、うっすらと水着の日焼け跡があった。


 夏美が海へ行ってようがどうでもいいからすぐファスナーを閉めたけど。


 閉め終えた涼音が試着室一面の鏡を見ると、顔を真っ赤にした夏美と目が合った。


「……爆発しないよね?」


 その赤さ、連想させるのは爆発前の菜々美ななみだ。爆発はせず、機能停止の時もある。


「ししししないよ! ぇっと……どう?」

「なにが?」

「服が!」

「いいんじゃない」

「適当‼」


 やれやれと試着室出た涼音、カーテンは開けっ放しだった。


 そして改めて服を着替えた夏美を見る。


 背中ファスナーの謎デザインのシャツだと思っていたが、その服はワンピースだった。


 それなら背中ファスナーも頷ける。


「動きにくそう」

「そこ⁉」


 ワンピースみたいに上下一体の服、長いスカートなど、涼音は着ないし履かない。


 理由は単純、いざという時に動きづらいからだ。


「あたし基準だから」

「いやまあ、うん」


 服に詳しく無いと言っていたし、あの涼音だ。適当な感想が来ると予想はしていた。


「……似合ってない?」

「知らない。いいんじゃない?」


 明らかな適当な感想だが、変ではないらしい。


「なんか適当な感じするけど……じゃあ次に着替えるね」

「はーい」


 再び試着室に引っ込む夏美であった。

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