服屋にて

檜山ひやまさん」

「なに?」

「高くない……?」

「思った」


 涼音すずねと、恐ろしいものを見たような表情の夏美なつみは、今いる店舗からそっと出ていく。


 夏美に連れられて服屋に来たのはいいが、そこそこいいブランドらしく、お値段がそこそこお高めだった。


「こういうところって全部高いの?」

「いや、他の階は大丈夫なはず……ほら、あの店とかよく見ると思うし」


 夏美が吹き抜けから見える店を指差す。


「あ、ほんとだ」


 せっかくだからと、普段見ないブランドの店に入ったのが間違いだった。


 その見えたお馴染みの店舗へ向かう。


「ああ……安い……」


 その店舗に辿り着き、その安さを全身で浴びる夏美だったのだが。


「安いって言っても、まあそこそこしてるけど」


 冷静な涼音はそんなことをしない。


 初めに見たのが高かったため、安く感じてしまうのだ。


「うわぁ……感覚麻痺してた」

「その気持ち分かるよ。あたしも大トロ見たあとの赤身で同じことになったから」

「いまいちイメージしにくいんだけど」

「あっそ」


 そんなことどうでもいいとばかりに、ハンガーにかかっている服をサッと見て、畳んで積まれている服を確認、店員が近づいてくるとそれをさり気なく振り切る。


 涼音の、さっさと来い、という目を受けて夏美は追いかける。


 当然店内には夏用の服が多いが、少しだけ秋用の薄手の服も売られている。これから段々と秋用の服の面積が大きくなっていくのだろう。


 場所は違えどよく入る見慣れた店舗だ、それでも友達(一方的)と来ていると考えると、同じ服でも見え方が変わってくる。


 ハンガーにかかっている服を一枚取った夏美は、店員から逃げている涼音に遠くから服を合わせる。


「……やっぱり可愛いなあ」


 服に疎かったり、シンプルな服しか着ていなくても問題無い。シンプルでも可愛いのだ。


 鼻高々な涼香りょうかの姿が見えた気がするが、恐れ多くて目を逸らす。


「あたしのことはいいから早く来て!」


 夏美が感傷に浸ってると、近くにやって来た涼音が店員に聞こえない声で言った。手には服を何着か持っていた。


「選んでくれたんだ……ありがとう!」


 まさか逃げながら選んでくれていたとは。


 夏美は感動しながら服を受け取る。気を抜けば涙が零れそうだった。


「なんか先輩と被るんだけど」

「だって嬉しいんだもん」

「あっそ、いいから早く試着してこれば?」

「うん、そうする」


 夏美は近くにあった、背中にチャックが着いている服を取り、試着室へ向かう。涼音へのせめてものお礼だ。店員が近づいてくることに涼音は嫌がっているのだろう。今は二人でいるため、話しかけづらいが、夏美が試着室に入って一人になると確実に声をかけられるだろう。


 夏美を置いて外へ出ることもできないだろうし、かといって夏美が着替えている間、店員に捕まるのも嫌なはずだ。


 二人は店の奥にある試着室へやってくる。


 試着室は全部で六つある。そのうち一つは使用中になっていた。


 夏美は服を持って試着室へ入る。


「じゃあ、なんかあったら呼ぶね」

「いや、あたし待ってるけど」

「そういうことじゃないんだけどねー」


 これからしようとしていることを想像すると、自然と頬が緩んでしまう。


「気持ち悪い……」

「酷い‼」

「いいから早くして」

「はーい」


 頬を緩めたまま、試着室に入る夏美であった。

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