水原家にて 19

 ――一方その頃。


「くちゅん」

「あら、なかなか可愛いくしゃみでは――くしゅん」

「噂されているわね」


 水原みずはら家にやって来たあやと、その隣に座っている涼香りょうかがほぼ同じタイミングでくしゃみをした。


 昨日、涼音が夏美と遊びに行くということだったので、彩を家へ招待したのだ。


 無論、涼音みたいに即断られたのだが、勉強しようということでなんとか来てもらった。


 涼香の母は涼香の同級生の間でも有名だ、勉強を教えてもらえば、大幅なレベルアップが期待できる。しかし、唯一の欠点は涼香の母ということだった。


「タイミングがいいし、休憩しましょうか。彩ちゃんは紅茶でもいいかしら?」

「え、あ、はい」


 涼香の母が席を立ち、紅茶を入れに行く。


「お茶菓子は綾瀬あやせ彩の持って来たものでいいわよね」


 涼香が彩の持ってきたお菓子の箱を開ける。中に入っていたのは個包装にされたバームクーヘンだった。


「手作りかしら?」

「どう見ても既製品でしょうが」

「冗談よ」


 たったこれだけのやり取りなのに、ぶっ通しで勉強するより疲れる。涼香の母がいる手前、いつものように接することができない。


 重い息を吐いた彩がテーブルに突っ伏す。そのまま眠ってしまいたかったが、そういう訳にはいかない。


 程なくして、紅茶を持って来た涼香の母。彩は身体を起こして受け取る。


「ありがとうございます」

「いいのよ、いつも涼香と仲良くしてくれてありがとうね」

「え、いやまあ……仲良くと言いますかなんと言いますか」


 なんやかんや言いながら、こうして家にやって来るぐらいの関係なのだが、普段関わりを思い出しても仲良くしているとは言い難い。


 歯切れの悪い彩を、涼香が泥船へ突き落とす。


「いつもいつも罵られてるのよ。うざいとか馬鹿とか」

「それは事実なのだから仕方が無い――あっ」


 反射的に反応してしまった。事実なのだが、人の親がいる前で言うことでは無い。


 冷たい汗が背中を伝う。窺うように、涼香の母を見る。


「あなた達の関係は知っているわ。あなたには厳しくしてくれる友達が必要なのよ。ということで彩ちゃん、これからも遠慮せずに言ってやってね」

「えぇ……」


 はいと言っていいのだろうか。この雰囲気だと多分大丈夫だと思う、だって隣の涼香の顔がうるさいもん。


「はい」


 隣で、涼香が恐ろしいものを見たような表情になるが、気にしない。


 彩の答えに満足した涼香の母が、早速バームクーヘンの袋を開けて食べ始める。


 彩も涼香も、バームクーヘンを食べ始める。少しの間の休憩だ。

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