移動中にて

 ということで、涼音すずね夏美なつみは目的の天ぷら屋に向かう。何度か行ったことはあるのだが、駅の構造が複雑すぎて二人とも全く覚えていない。


 夏美が地図を頼りに店へと向かう。人が多く、はぐれないように距離は離さず、涼音もあまり離れずに歩く。


 こうやって歩けばただの友達同士に見えるが、涼音は全く会話をしようとせず、夏美も無言を誤魔化すように、あっちでもないこっちでもないと呟いている。


 そうして、同じ景色を三回程見た後、痺れを切らした涼音が声をかける。


「方向音痴?」

「…………」


 頬に冷たい汗をかいた夏美の動きが、油を切らしたロボットのようになる。


 その様子で察した涼音が、自分のスマホで地図を表示させて先に立つ。


「こっち」

檜山ひやまさん……‼」


 涼音という潤滑油のおかげで、滑らかな動きを取り戻した夏美が、歩き始めた涼音にピッタリとくっつく。


 それからは迷うことなく、一直線に目的の天ぷら屋まで来ることができた。


「檜山さん、頼れる! みたい!」

「そっちもみたい。……全く」


 互いが互いに、互いの大切な人の姿を見る。


 夏美は楽しそうに笑い、涼音も素っ気ない態度を潜めるのだった。

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