涼音の部屋にて 15

 短いような、長いような一日が終わった。


 午後からも勉強漬けで、当初の目的通り、高校生までの範囲は終わった。


 涼音すずね涼香りょうかも、疲労はしているが、身体の奥底から湧き上がるインテリジェンスに、ジーニアスな気分になっていた。


 試しに問題集を解いてみると、まさにちぎっては投げ、ちぎっては投げ状態であったことから、本当に賢くなったのだと、その頭脳に溺れそうになっていた。


 そんな邪念をお風呂で流した後、涼音は久しぶりに自分の部屋へ戻って来た。


 涼香は明日も勉強をするらしいから明日は一人だ。


 特に成績が悪い訳ではない涼音が明日も勉強したとて、なにも変わらないらしい。


 明日はなにをしようか、そんなことを考えながらベッドへ入ろうと、なぜか膨らんでいるタオルケットを捲る。


「あら、涼音ではないの」

「えぇ……」


 なぜ自分の部屋に涼香がいるのか。賢くなった涼香は、涼音に聞かれる前に答える。


「夜は勉強しなくていいのよ。という訳で、来たわよ!」


 寝ころびながら、してやったりといった表情で答えた涼香。


 そういうことなら別にいいかと、涼音もベッドに潜り込む。


「明日はどうするの?」


 ベッドに入るや否や涼香が口を開く。


「特になにもしませんよ」

「それなら、出かけるのはどうかしら?」

「暑いじゃないですか」


 今まで外に出ていたのは、菜々美ななみが車を出してくれていたからだ。車じゃなければ、こんな時期に進んで外に出るなんてしたくない。それに、涼音にはそうやって遊ぶ友達はいないのだ。


「それはそうでしょうけど、暇でしょう?」

「別に。それに、遊ぶ相手なんていませんし」


 すると、そんなことを言った涼音のスマホから通知音が鳴る。


 こんな時間に誰だろうかと、可能性があるとしたら、菜々美やここね、若菜辺りの涼香の同級生だが――。


 そう思って確認した涼音の表情が固まる。


「……誰?」


 そう呟いた涼音のスマホを覗き込む涼香。


夏美なつみよ」


 メッセージを開いてみると、友達として『追加する』『追加しない』と表示される。迷うことなく涼音は友達として『追加しない』を押す。


「もうっ、どうして消すのかしら」

「知らない人からの遊びの誘いなんて、受けると思いますか?」

「知らない人ではないでしょうに。夏美はあの子よ、学校で話していたでしょう?」


 そう言われて涼音は記憶の底からそれらしきものを引っ張り出す。


「あっ……あーあれか」

「思い出したみたいね」


 連絡先の交換はしていなかったはずなのだが、なぜ夏美が涼音の連絡先を知っているのか、考えられる理由は一つ。


「ってなんであたしの連絡先教えてるんですか!」

「マリアナ海溝よりも深い理由だけど、聞く?」

「聞いてやりますよ!」


 なにを勝手に人の連絡先を教えているのだろう。


「友達と遊びなさい‼」

「友達じゃない‼」


 そう言ってタオルケットに包まる。


 そんな涼音を優しく撫でながら、涼香が困ったように笑う。


「たまには、そういうのもいいのではないの? 私は明日も一日中勉強だし」


 その言葉にくぐもった声で涼音が返す。うまく聞き取れなかった涼香が聞き返す。


 涼音はタオルケットから顔を出してもう一度言う。


「それなら、明日も先輩と勉強します」


 夏美と遊ぶか、涼香と一日中勉強の二択を迫られたら、間違いなく涼香といる方を選ぶ。


「それなら、お断りの連絡は自分でしなさい」


 自分のスマホを少し操作した涼香が不敵に笑う。


 次の瞬間、まるでタイミングを見計らったかのように、涼音のスマホから着信音が鳴る。


「友達に追加して出なさい」


 無視しようとしたが、涼香に阻止される。


 渋々追加して通話に出る。即答で答えて切れば問題ないだろう。


『あっ檜「無理」


 通話に出て、そうとだけ言って切ろうとする涼音の手を止めた涼香。


「涼音!」

「…………」


 強い口調で言われ、ほんの一瞬涼香と睨み合う。すぐにスマホに目を向けて、顔をしかめながら電話に出るのだった。

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